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Chain134 今でも鮮明に残っていた君の声


 ありえない場所での出来事だったのに、俺は自分を呼ぶ声がかつての愛しい存在のものだと確信していた……



 『あ〜疲れた。まさかイギリスでイタリア語なんか使うとは思わなかったわよ』

 『ごめんね、綾子サン』


 レストランで大きく背伸びする綾子サンに手を合わせて謝る。別れてからは“川島先生”と呼んでいたのに、今では再び付き合っていた時の呼び方を自然と口にしている。そんな俺の肩をリカルドが軽く叩いてきた。


 『ルイ。お前、今彼女を名前で呼んだな? てことはお前、本当に彼女と……』


 大声で叫びそうになったリカルドの口を慌てて塞ぐ俺を見て、綾子サンはクスクスと笑っていた。何とか叫ぼうと抵抗するリカルドを解放すると、軽く頭を叩いて大人しくさせる。


 『バカ! 彼女は昔の彼女だよ! 勘違いして暴走するな』


 って彼女には変わりないじゃん……ぶつぶつ文句を言うリカルドは、俺に叩かれた頭を自分で撫でていた。そう、綾子サンは今まで付き合ってきた女性の中で君を抜くと一番のいいオンナ。でもまぁ、そんな事は俺にとっても彼女にとっても今では大した思い出にもなっていないけれど。でも正直言うと、彼女は今でも俺の心の中に綺麗な思い出として残っていた。


 『それにしても、こっちでもあんなトラブルに巻き込まれるなんて……流石は宇佐美クンってとこかな?』

 もう……そんなリカルドが食いついてきそうな話題は、日本語で話して頂戴よ。後で質問攻めにあうのは俺なんだから。

 『て言うか、彼女どうして俺の名前知ってたの?』

 確かに。さっき綾子サンはエレンの前でリカルドから声を掛けられた時、自然に彼の名前を出している。迷う事も無く自然に口から出していたので、その時は俺も全く疑問にすら感じなかった。


 『やだ、それ本気で言ってるの? あなた、モデルのリカルドでしょ? 最初はそっくりさんかなって思ったけど、宇佐美クンと一緒にいるから本物と断定しちゃったけど、そうよね?』

 さすがは綾子サン。俺がモデルの仕事をしていた事もちゃんと覚えてくれていたんだ。賢い女性だし、本当にそういう所は好きなんだけどね。そんな俺の隣では満足そうな笑みを見せるリカルド。まぁ、こいつも俺も周りの自分達に対する認知度を自覚していないから、さっきみたいな愚かな疑問を抱いてしまったんだな。そりゃ、彼女も呆れて笑ってしまうよ。


 『ねぇ、さっき言ってた“彼女”の事なんだけど……宇佐美クン、彼女出来たの?』

 サラダを食べながら彼女は核心に触れてきた。ホント、一瞬の出来事も見逃さないから誤魔化しようがないな。

 『できた。綾子サンも知っているよ。夏海だよ、槻岡夏海』

 夏海の名前を出した途端、綾子サンは驚いたのか目を大きく開かせていた。女遊びばかりしていた俺が最終的に選んだのは、身近な幼馴染みという事に驚いたのか? それとも他にも理由があるのかな?


 『槻岡さん? じゃあ、もしかしてあの時の“鳥”っていうのは……』

 何でそんな事まで覚えているんだよ。その良すぎる記憶力に感心しながらただ頷いた俺に、綾子サンはさらに驚いていた。ホント彼女には頭が上がらない。


 『ナツミ……ナツミ・ツキオカ……って、えぇっ!?』


 少しは大人しくしていたリカルドがそう叫んでは、俺のシャツを掴んで自分の方へと引き寄せてくる。

 『お、お前! ナツミととうとう付き合う事にしたのか!?』

 『い、いてぇよリカルド……』

 痛くない! と、訳の解からない事を言うリカルドは、そのままの状態で俺に問い詰めてくる。

 『そうだよ! アンタも知っている夏海チャンですよ!』

 シャツを掴んでいる手を両手で払いのけてそう答えると、リカルドは驚きの限界を超えたのか今度は絶句状態で目を開かせている。

 そんな彼のリアクションを、綾子サンは面白そうに眺めていた。


 『はぁぁ……ルイがとうとうナツミと……』

 そう呟くリカルドの表情は変な笑みを浮かべていて正直気味が悪かったが、それでも俺は悪い気分ではなかった。

 渉と同じで俺が自分の気持ちを自覚する前からさりげなく応援してくれていた人物だから、タイミングは違えどこうして君との事も言えたから俺もまた一つ胸の痞えが取れた感じがした。

 『それで? K2とアリサは知ってるの?』

 『あっ……』


 そういえば……俺まだ二人に君との事を話していなかった。兄貴には送別会の時に言ったけれど、二人にはまだ……。

 本当ならロンドンへ来た時に言うつもりだったのに、俺があんな風になったからなぁ。タイミングを逃してしまっていたんだ。


 『あら、ご両親も槻岡さんとは昔からの付き合いなのでしょ? それなら、大体は予想出来ているんじゃないかしら?』

 クスクスと笑いながら言う綾子サンだったが、それは違いますよ。だって、綾子サンは俺が何故ロンドンへやって来たか理由を知らないからそう言えるんだ。

 それでも、そう答えるつもりはない俺はただ笑みで返す。


 ――――


 『それじゃあ、私こっちだから。突然の再会だったけれど、会えて嬉しかったわ』

 『俺も、元気そうで良かったよ』


 店を出た所で俺たちは軽く握手をして言葉を交わす。そして、手を振って去っていく綾子サンの後姿を見送る俺に、リカルドは肩に手を置いてくる。


 『彼女……まだお前に気があるのかなぁ』

 『はっ? 何言ってるの?』


 突然の思いがけないリカルドの言葉に、俺はリカルドを見ては尋ねる。しかし、そんな俺に対してリカルドは離れると


 『ん? 別に〜』


 それだけ言って綾子サンが去った方とは別の方へと歩いていく。



 突然の綾子サンとの再会の後の意味ありげなリカルドの言葉に、動揺したのは間違いなかった……


 だって、俺は別れて四年も過ぎた今でもかつて愛した人の声を鮮明に覚えていたから……


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