Chain133 異国の地での思わぬ再会に揺れつつある何か
今回のお話で使われている「」マークはイタリア語で、『』マークは日本語となっています。
前回に続き、ややこしくてスイマセン!
「ル〜イ〜!」
ガラッタゼッターの新作コレクションの撮影で、某スタジオに来ている俺とリカルドの元にこだまする聞き覚えのある声。今回はメンズのみの撮影なので、ここにいるはずの無い人間の声。
「エレン……」
横ではリカルドが必死に笑いを堪えているのを軽く睨んで、パタパタと走ってくるエレンに目を向ける。エレンはオフなのだろうか、傍にマネージャーらしき人物もついておらずスタジオにいた俺のところまで駆け寄ると、息を整えてチラッと俺の方を上目遣いで見つめてくる。
「エヘッ、来ちゃった〜」
「どうして、ここに?」
好意を抱いた相手に会いに行く理由なんていらない事くらいは分かるけれど、先日初めて仕事しただけの人間がここまで行動力があるとは思いもしなかった。僅かな時間の事だったからすぐに忘れると思っていたのに……どうやらエレンを甘く見すぎていたようだ。
「あのね、もうすぐしたら仕事終わるでしょ? 一緒に食事でもどうかな〜って」
……行きません。て言うかリカルドも助けてくれてもいいのに、ずっと隣で笑いを堪えているし。
―――――
「エレン、言っておくの忘れたけれど……俺には日本に彼女がいるんだよね」
仕事を終えて三人で外を歩いていた時に発した突然の俺の言葉に、エレンは大きな瞳を更に開かせていた。今思えば、初めからこう言っておけば面倒な事にはならなくて済んだんだな。
「そうそう、可愛い子だよ〜」
やっと笑いが止まったのか、リカルドが重ねて言ってくる。俺の彼女が夏海だって事なんて知らないくせに、よくもまぁ言えたもんだヨ。
「日本に彼女が……そうなんだ」
そう言って俯くエレンは、それからしばらく無言で何かを考えているようだった。そんな彼女を見て少し申し訳ないと思っていた時、エレンはすぐに先ほどの明るい表情を見せると
「じゃあ、私はイタリア人の彼女って事でどう? イギリスにいる間は一人じゃ寂しいでしょ?」
……っ。エレンのポジティブさに言葉を失ってしまう俺と、その隣で今度は遠慮なく豪快に笑うリカルド。そして、そんな俺たちの前で笑顔でいるエレン。今までこんなバカな子とは付き合っては来なかったから、どう対処したらいいのか分からなくなってくる。
空を見上げて悩む俺の腕を掴んでは揺らしてくるエレンをどうするべきか……そう悩んでいた時だった。
『宇佐美クン?』
久しぶりに聞く日本語……しかし、その声は聞き覚えのある懐かしい声だった。
懐かしいというよりも、微かに愛しいとさえ感じさせる声。そんな声がした方をゆっくりと振り返る。
『綾子サン……』
あまりにも意外なところでの意外な人物の声だったので、まさかとは思ったが本当に彼女がいたので驚いてそれしか言葉が出なかった。そこにいたのは、かつて俺や君が通った高校の保健医であり、あの時俺にあることを教えてくれた人物だった。
“鳥だって羽があるんですもの、自由に飛びたいに決まっているわ”
君が高月と付き合い始めた時にふと漏らした綾子サンの言葉。これが俺に更なる狂気を生み出すきっかけになったなんて、貴女は思いもしなかったでしょうね。君を犯し、俺自身を苦しめてこうして今ここにいるのだから……。
『久しぶりだね。どうしてここに?』
もう教師と生徒という関係じゃないから、つい言葉も崩してしまう。とは言っても、在学中もそれ以上の関係はあったけれど……。
『うん、ちょっとね。でも、まさかこんな所で君に会うとは思わなかったわ』
こんな会話のやり取りをしている俺たちを不思議そうに見ているリカルドとエレン。ふとその時ある事を思いついた俺は、目の前にいる綾子サンを抱き締めた。
『ちょっ、ちょっと琉……宇佐美クン?』
『黙って。今から俺のわがままに付き合ってよ』
そう言うと、そのまま綾子サンを二人のもとへ連れて行った。エレンは気に入らないのかずっと彼女の方を凝視している。
「エレン、ちょうど良かったよ。彼女がさっき言っていた日本に残した俺の彼女」
「えっ?」
俺の言葉にエレンだけではなく綾子サンも驚いた様子を見せかけたが、頭のいい彼女はすぐに状況を把握して“宇佐美琉依の彼女”らしく振る舞っていた。それにつられてリカルドも合わせてくる。
「やぁ、久しぶりだね」
「リカルドもこっちにいたの? 懐かしいわね」
三人のうわべだけの演技に唖然としていたエレンだったが、すぐに我に返ると俺と綾子サンを引き離した。
「ルイ! どうしてさっき言っていた彼女が突然ここに現れるの?」
確かに不自然といえば不自然だよね。確かに驚いた表情は見せたけれど、嬉しい表情は全く見せなかったしハグも遅かったかも。
「ありえない事だったから状況が飲み込めなかったんだよ。でも、俺にも黙って突然やってくるなんてホント可愛いよね」
可愛い……彼女いくつだっけ? そう思いながらも思いついた言葉を適当に言い訳にしてエレンに投げかける。そんな俺に対してエレンは更に不満気な表情を見せていたが、それもそう長くは続かない。
「わ……私、帰ります! とても食事なんて気分にならない!」
ふてくされた顔のまま背を向けると、そのままエレンは走って去っていった。俺の事だからすぐに追いかけてきてくれるだろう……そんな甘い感情も抱いているのかもしれないけど、そんな面倒なことはしないよ。それは日本にいた時からそうだったから。
『ねぇ、面倒な事も済んだし……どう? 気分直しに食事に行かない?』
エレンが見えなくなったのを確認した綾子サンが振り返ってそう誘ってくる。
『ん〜、いいね!』
さっきの借りもあるし、それに久しぶりの再会という事もあり俺がそれを断る理由も無かった。
『もちろん、リカルドもよ』
えっ? リカルドも?
俺は隣でニコニコ笑っているリカルドを確認して綾子サンを見た。
こんにちは、山口です。
今回、久しぶりに綾子が登場しました。数年ぶりに……しかもありえない異国の地で再会した琉依の心は確かに何かでゆれつつあります。