Chain132 無垢な彼女
今回のお話で使われている『』マークは英語、「」マークはイタリア語となっています。
『それじゃあエレナ、ルイにもっと近付いて』
とあるスタジオでは、俺と見知らぬイタリア女との必要以上に密着した写真撮影が行われている。見知らぬイタリア女といっても今日初めて会ったモデルだけど。
今回は“べライラル・デ・コワ”新作香水の撮影で、イメージモデルとして男性用が俺で女性用がエレナというモデルが起用された。
そんな新作香水のテーマが“エロティック”……それじゃあ、ここまで密着もするわな。
正直、この新作の香水は好きな香りでは無い。特に女性用の方! それをまぁ惜しげもなく付けたくったオンナとこうして密着するのは、極刑に近い。頭がクラクラしそうになりますよ。
『OK! 休憩に入ろう』
カメラマンのカットに思わずホッとした俺は、すぐに彼女から離れるとイスに座って近くにあったミネラルウォーターに手を伸ばした。思い切り鼻をかみたい所だが、すぐ傍には彼女がいるからそれも遠慮してしまう。
この仕事は日本には回らないからと聞いたのでOKしたが、かなりのリスクはあるみたいで思わずため息もでる。
『ルイ? ここいいかしら?』
慣れない英語で話しかけてくるエレナは、香りを抜けば年齢より幼く見える外見のせいで可愛く感じる。そんな時、ついかつてのクセが出てしまうんだ。
「あぁ、イタリア語でも大丈夫だよ」
彼女の国の公用語であるイタリア語で返事をすると、安心したのか彼女からは笑みが零れた。十八歳と聞いていたが、もう少し幼く見える彼女はこの仕事が自分を売り出すチャンスとして必死になっているらしい。さっき、彼女のマネージャーらしき人物が囁いていたのが聞こえた。
「あの、私エレン=カロティナ。エレナはモデルの時の名前なの……」
「あぁ、エレンね。俺はルイ、ルイ=ウサミ」
顔を赤らめながら自己紹介をしてきたエレンに、俺は彼女と同じく名前だけの簡単な自己紹介をした。すると、彼女は慌てて持っていた雑誌をペラペラとめくると、たどり着いたページを俺に見せてきた。
「私、この記事を見て貴方といつか仕事がしたいと思ってこの世界に入ったの!」
その雑誌はK2のパリコレの時の記事で、確か高校生の時のものだった。隣にはりカルドも写っているし、俺に間違いないのだが……
「でも、これがよく俺って分かったね。こんな奇抜なメイクが施してあったらあまり分からないと思うけど」
そう、どの写真もナチュラルなメイクを施したものは一枚も無い。どれもすべて奇抜なメイクを施したまるで別人のようなものばかりだった。
「あ、それは私がこの出版社に聞いたから……。どのモデルさんも素敵だけど、貴方だけ何ていうか他の人には無い華やかさがあったから」
未だに俺の顔を見ないで恥ずかしそうに下を見ながら答えるエレン。その仕草は本当に可愛いよ、けれどそこから俺に何を求める?
「私、貴方の事もっと知りたいわ! だから、その……」
「最後まで言わなくても、君の言いたいことはちゃんと分かっているよ。つまりこうだろ?」
エレンが言い終わる前にそう言うと、そのままエレンの顎を軽く指で押し上げて顔を近づける。そんな俺にされるがまま目を瞑るエレン。そして……
「は〜い! そこまで! 全く油断もスキも無い奴だよ」
あと少しで唇が触れるという所で、リカルドの邪魔が入った。突然の事に目を丸くするエレンに対して、俺は軽く彼女にウインクしてリカルドとその場を去った。
『サンキュ! マジで助かったよ』
『バ〜カ! 俺が行かなかったらお前本当にキスしていただろ?』
バレた? と軽く笑いながらリカルドの背中を叩く。
そう、もちろんさっきのは演技。あぁしないとエレンが何をしてくるか分かんないし、リカルドが来ていると分かっていたからあえてあんな風な態度を取ったけれど……リカルドが間に合って良かった。そうじゃないと、ねぇ?
俺には君がいるのに……確かにイタリア女との浮気は禁止されていないけど、俺にはさらに魅力的になる(予定)君がいるだけで十分だった。けれど、あの雑誌を見て俺と仕事がしたくてこの世界に入ったなんて子は初めてだったから少し感激したのは事実。あと少し賞賛の言葉を掛けられたら、顔に出ていただろうな。
『それにしても、エレン=カロティナ? あの娘、これからお前にどう影響してくるか楽しみだな』
『はっ? やめてくれよ、冗談じゃない』
リカルドの足を蹴りながら答えた俺だったが、何だか変な寒気がするのはなぜだろう? この寒気の原因は……?