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Chain129 不安から抜け出しての生還


 久しぶりに会った真琴さんによる叱咤で、俺の乱れていた心に光が射した。



 

 「真琴さん、わざわざ俺を叱りにここまで来てくれたんだ」

 「そうよ〜。でも、まさかここまで酷いとは思わなかったけどね」


 病院の屋上にやって来た俺が問いかけると、隣に座る真琴さんはさっきまでの態度から一変させて笑みを浮かべながら答える。

 「暁生さんは? 相変わらずアメリカで忙しく働いているの?」

 俺たちが高校生になってすぐに行ったきり、もう四年もアメリカで過ごしている暁生さんと真琴さん。その間、残っていた君は一人であの家に過ごしていた。寂しい気持ちを押し殺して、涙を誰にも見せずに……


 「それ! その事も今日はアンタに伝えに来たのよ〜」

 「な、何? 何々?」


 俺のシャツを掴んで思い切り振りまくる真琴さんに、俺は頭を揺らしながら問いかける。それでも興奮しているのか、真琴さんは俺を振り回す手を止めようとしない。


 「実はね! 暁生の仕事がやっと終わるのよ!」

 「えっ……?」


 暁生さんの仕事が終わる? ずっと続いていたアメリカでの仕事が終わる?

 って事は、二人はアメリカに戻ってくる?


 君は一人ではなくなる……


 「じゃあ、なっちゃんはやっと二人と過ごせるんだね」

 「ええ。これからは日本での仕事になるから、あの子にも寂しい思いをさせなくても済むわ」

 嬉しそうに話す真琴さんの顔を見て、俺は心からホッと安心した。

 安心した……それよりも、何かのしこりが綺麗に取れた感じがしてスッキリした気分だった。


 俺の中に残っていた不安……それは君が一人で居るって事だったんだ。


 ロンドンへ来てから気付いた君の不安……自分の事だけで精一杯だった俺は、すっかり忘れていたのだ。

 それがこんな状態になって狂乱した事で、皮肉にも俺は気付く事が出来たわけだ。そして、それを思う度に何かがこみ上げてきて嘔吐感を催す。

 治したくても治しようがなかった原因が、君への心配だったのだ……。


 そして、それが真琴さんの一言によって消し去った……そんな俺が今すべき事はただ一つ。君と交わした約束を今度こそ守る事……。

 “夏海に負けないよう俺も頑張るよ……”

 今度こそこの約束を守らなければならない……。今の俺に出来る事はこれだけ。君はもう暁生さんたちがいるから大丈夫。


 そう思った俺の足は自然と扉の方へと進んでいく。

 「琉依、どこへ行くの?」

 背後から呼び止める真琴さんの一言に、俺は振り返ると笑みを見せて

 「リハビリ! って言っても、そんなに必要じゃないと思うけどね」

 そう言うと、俺は立ってこちらを見ていた真琴さんに手を振って屋上を後にした。そして軽快に階段を下りて、自分の病室へと帰る。

 『お帰り。あれ、マコトは?』

 『屋上へ置いてきた〜。それより、リカルド手伝え!』

 俺は散乱していた部屋をとりあえず整理しながら、突っ立っているリカルドに声を掛ける。

 『手伝えって、何を?』

 『リハビリだ! 半年の間に筋肉とか衰えているから、さっさと失った分を取り戻すぞ!』

 『ルイ、お前……』

 この変わりようには、自分自身でも驚いている。君が一人では無くなるというニュースを聞いただけで、俺はこうも変われるのだ。

 さっさと着替えると、呆然と立っているリカルドの腕を引っ張って外へ出ようと促す。


 『半年のブランクなどすぐに乗り越えてやる。そして、すぐにお前にも追いつくからな!』

 やっと状況を把握できたのか、リカルドは笑みを浮かべると俺の肩を叩いて更に大笑いする。

 『ハッ! それは無理だわ! 俺様を誰だと思っているんだよ、スーパーモデルのリック様だぞ?』

 そう言っては仰け反るリカルド。大笑いしている彼も、半年の間ずっと俺を心配しては支えてくれたのだ。そんな彼に俺は自分を見下していると拒んだのに、それでもリカルドは俺をずっと支えてくれた。

 しかし、感謝の気持ちでいっぱいなのに、それでも俺はその気持ちを表に出さずにいた。まぁ出しても、リカルドは気味悪がるだろうけど。

 『調子に乗るんじゃねぇよ! いいから行くぞ、ついて来い!』

 『はい! って、何で俺がお前の言う事を聞かないといけないんだよ!』

 顎でサインする俺に、リカルドは軽く叩いてくる。以前と同じような雰囲気に戻った今、俺たちの間では既に蟠りは無くなっているのだ。



 それから、リカルドはオフの時には必ず病院へやって来ては俺のリハビリに付き合ってくれた。衰えてきた筋肉を取り戻すのだから、そんなに楽なものではない。

 筋トレの他にも、精神的なリハビリも行わなければならない。睡眠薬の後遺症がまだ残っているのか、頭の中に残る靄がたまに俺を気だるい状態へと導かせる。

 そして、僅かに混乱している記憶も医者や家族と一緒に元の状態へと戻していかなければならない。

 思っていたよりも困難なリハビリにたまに負けそうになる時は、リカルドが懸命に俺の背中を押しては励ましてくれた。

 当初は涙を見せていた母さんも気丈になって俺を支える。K2はと言うと、相変わらずの明るい性格で俺を励ましている。


 生活らしい生活をしていなかったロンドンなのに、俺の周りにはこうして支えてくれる人物がたくさんいるのだ。

 彼らの為にも、そして遠く離れた日本で待っている君の為にも俺は死ぬ気で頑張らなければならないのだ。


 ―――――


 そして、想像以上に長く続いたリハビリの果て……


 『ルイ、準備は出来たか?』

 『あぁ! 大丈夫だよ!』


 辛いリハビリを乗り越えてロンドンへ来た時と同じスタイルに戻った俺は、こうしてリカルドと堂々と肩を並べる事が出来た。


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