Chain124 抜け出したくない靄
気分が悪くなるほどの体のだるさだったが、それは徐々に心地よいものへと変わって言った。
それは、俺が堕落していっている確かな証拠……
無意味に、時だけが流れていく……
『ルイ! 煙草はやめろと言っただろ!』
部屋に戻ろうとする俺を、リカルドは慌てて呼び止める。そんなおせっかいに、わざと聞こえるように舌打ちをしてはりカルドの方を振り返る。
ジロッと睨む先には、心配という気持ちを秘めた厳しい目つきで俺を見ては手をこちらに出しているリカルドが立っている。そんな彼に、俺は持っていた煙草をキツく握り締めては高く上げる。
しかし、手を出して渡すよう示しているリカルドに対して、からかうかのように投げる仕草だけを見せるとそのまま俺は部屋へと入った。
『ルイ!』
ドアを閉める前に聞こえたリカルドの声。心配と怒りが混じったその声は、今の俺には届かない。むしろ、その心配を俺は軽くあしらって届かないようにする。
あれから何度も母さんやK2が訪ねて来ては、俺の様子を窺おうとしていた。しかし、そんな両親をリカルドは決して俺に会わせようとはしなかった。
こんな俺の姿を、二人には見せられないという……
“余計なお世話だ。母さん達を連れて来いよ!”
“ルイがちゃんと治るまではダメだ”
治る? 何を治すというのだ。
リカルドは、無理にでも出ては母さん達と会おうとする俺を見かねて、俺の部屋のドアに外鍵を付けては閉じ込めるようにまでなっていた。
それは玄関もそう……自分が仕事でいない時に俺が抜け出せ無いようにと、当初の鍵を付替えたのだ。
最初はもちろんそんな勝手な事ばかりをするリカルドに対して怒りが募っていたが、今ではもう諦めているのかそんな感情すら出てこない。
外に出ても仕方がない……今の俺の姿では周りの人間に不快感を与えるだけ。今は仕事も無いから、手元にある金も僅か。何も出来はしないのだ……
「はぁ……」
部屋のドアを閉めてため息をつく俺の視界にうつるのは、この家に来たばかりの時とはかなり変わり果てた自分の部屋。
カーテンは引きちぎられていて、壁に打ち付けられてめちゃくちゃになった時計や置物。破り捨てられたカレンダーに、散乱している衣類。
そして、床に転がっているたくさんの空の酒ビン。その所為もあってか、この部屋はアルコールの匂いがかすかに充満している。
明かりを点けないから、一日中暗いままの部屋は今の俺にはとても心地がいい。外見が変わった俺には、これくらいの部屋が丁度いいのだ……
「あれ……また来ている」
ふと視線を移した先にあるパソコンには、メール受信のマークが点灯している。でも、それが誰からなのかは見なくても解かる。
「尚弥だ……」
俺がロンドンへ来てからしばらくして、尚弥からのメールが頻繁に届いていた。内容は自分の事やメンバーのこと。しかし、その中には約束通り君の事は何一つ書かれていない。
蓮子が渉と付き合った事も書かれているし、兄貴の事も書いてくれている。
しかし、そんなにも送ってくれるメールに対して、俺はまだ一度も返事を返してはいなかった。
何を書けばいい? ロンドンへ来てだいぶ時は流れているのに、未だに俺は尚弥に知らせるような事を一つもしていない。
夏海と離れて寂しがっている宇佐美琉依は、酒や煙草に溺れて散乱している部屋の中で変わり果てた姿となって生活しています?
そう返信すればいいのか? ハッ、そんな事が出来るものか……こんなに変わっても、変なプライドだけは崩れては居ないのだ。自分からそんな醜いことを曝け出してたまるか。
だからと言って、そこから抜け出そうとは思わないのだ。いや、抜け出したいとすら思わない。すでに心地よくなっている今の状況を、どうして抜け出したいと思うだろうか。
大好きな酒と煙草に体を委ねては何もしなくてもいい……十分体に浴びた後は、ゆっくりとベッドに沈めばやって来るのは心地よい睡魔。
そんな堕落した生活の長さは、伸びてきた髪がそれを証明している。暗くてアルコールの香りを漂わせる醜い部屋に居る醜い人物。誰も来ないから、それは更にエスカレートするだけ。
こんな俺の姿を、メンバーはどう思うだろうか? 語学留学と偽って来ているのだ、彼らにとって今の俺は大学で勉強をしていると思っているに違いない。
誰一人として、今の俺の状況を思ってもいないのだ。
女好きで夜遊びが絶えない、しかしモデルの仕事は誰よりも大好きな宇佐美琉依は今はもう居ない。居るのは、頬がこけて髪もだらしなく伸びた酒と煙草無しでは生きていけないただの男。
堕落した俺の生活は、コートが手放せない季節からコートを脱ぎ捨てて陽気に当たりたい季節へと続いていった。