Chain123 君は俺のドラッグ
君のいる日本から遠く離れた異国の地……
二度目の渡英時、俺の隣には君の姿は無い……
体が……だるい……
あれから何日経っただろうか……ロンドンへやって来て以来未だにきちんとした生活をしていない。
どこにも出かけていないし、何も見ていない。何も聞かないし、何も考えれない。
ここはどこだった? そう思ってしまう事が増えているだけ。自分がベッドの中に居る間、何度か誰かが部屋を訪れたけれどそれが誰だったのかさえ覚えていない。
その時、俺がどう対応したのかも解からない。
この部屋から出る時は手洗いや風呂、何かを飲む時のみ。俺が覚えている限りでは、まだ何も食べていない。
だって、食欲が出てこない……人間なら誰しも持っている“食欲”という欲望がまるで欠けているかのように、何かを食べたいと思わないのだ。
コンコンっ
『ルイ、起きているか?』
ドアをノックしてから入ってきたのは……リカルド。あぁ……そうだ、リカルドは俺と一緒にこの家で暮らしていたんだっけ。
『あぁ、リカルド。今から仕事へ行くのか?』
『? 何を言っている? 今は深夜の三時だぞ』
俺の言葉に眉間にしわを寄せるリカルドは、そう答えては傍にあった時計を俺に見せてからカーテンを少し開く。
ちらっと見えたカーテンの向こうは、確かにまだ暗い闇に包まれていた。あぁ、そうか。まだ夜だったのか……そう自分の中で理解しては微かに笑みを浮かべる。
『ルイ、まだ体調は戻らないのか?』
『……体調? 別にどこも悪くは無いよ。ちょっとだるいだけだし』
そんな俺の言葉など無視するかのように、リカルドは一旦部屋を出ると何かを持ってきて再び入ってくる。そして、俺の上半身を無理やり起こしては持ってきた鏡で俺を映すように出した。
リカルドが持ってきた鏡に映る俺……それは何とも言えない酷く変わり果てた俺の姿だった。俺の前に出されているんだ、そこに映っているのも俺なのだろう。認めたくはないが、そうなのだ。
鏡に映る“俺”……顔色が蒼白く、何も食べていない所為か頬も僅かだがこけている。商売道具の一つでもある目には見事にクマが出来ていて、目もどこか虚ろ……これのどこをどう見ればモデルだと解かるだろうか。
何日過ぎたかわからないが、数日何もしなければこんな風に変わり果ててしまうのか。俺が知っている宇佐美琉依はどこへ行ってしまったのか……
『ルイ。K2もアリサも早くお前に会いたがっている。けれど、そんな姿では会えないだろ?』
『何で? 別に大丈夫だよ。俺の両親なんだ、こんな姿を見てもそんなに驚かないよ』
驚かない? 俺自身でさえ結構動揺しているのに、どうしてこの口からはそんなのんきな事しか出ないのか。
あぁ、そういえばK2ともまだ会ってないや……いや、会ったか? どっちだっけ……まぁいいや。考えるのも面倒になってくる。
そんな俺の様子に何かを感じたのか、リカルドは再び口を開く。
『ルイ……お前、まさかドラッグをしていないだろうな』
ドラッグ……あぁ、麻薬の事か。くだらない、そんな事をするわけが無いだろ? しかし、今の俺の様子を見ればドラッグ中毒患者と勘違いしてもおかしくないか。
『していないよな?』
『していないよ。そんな余裕も無い』
そう言って傍にあった煙草に手を伸ばしたが、一瞬先にリカルドが俺の煙草を取り上げてしまう。そんな彼の仕打ちにジロっと視線だけを彼に移す。
『そこまで体調が悪いんだ。煙草を吸ってこれ以上悪くさせるな』
『ハッ……くだらない。俺の体なんだから俺が一番解かっているよ』
返せ……そう言いながらリカルドの手から煙草を取り上げようとしたが、リカルドはそんな俺をかわすとそのまま部屋を出て行った。
『リカルドッ!』
ドアを思い切り叩いたが、既に自分の部屋に戻ったのかリカルドから何の返事も返ってはこなかった。
「ちっ!」
大きく舌打ちをしては、此処へ来てからずっと置いたままだった手荷物をひっくり返しては煙草を探す。しかし、飛行機で来たのだ……厳重体制になっている機内に煙草やライターなど持ち込める筈が無い。
それらは日本で真っ先に処分していた事を思い出しては、再び不機嫌になる。
この部屋を探しても無駄だ。せっかく片付けてくれてすぐにでも生活できるこの部屋も、未だに俺は活用していない。そんなところに、都合よく煙草がある訳は無いのだ。
不機嫌になりつつも煙草を吸う事を諦めた俺は、再びベッドへと戻る。しかし、開かれたカーテンによって窓ガラスに映った“俺”と目が合っては、改めてその姿を気味悪く感じる。
どうしてこんな醜い姿になっている? モデルとして、男として常に外見には気を付けていたのに……
“待ってるよ。魅力的になる夏海に負けないように俺も頑張るよ”
そんな台詞を君に言ったのは誰だ? それがどうしてこんな俺を作り上げている? 君との約束をこんな形で裏切っているのか……。
でも、自分が思っていた以上に俺の中では君という支えがかなり重要だったんだ。離れる事で、俺の中の支えも力を失っているからこんなにも落ちぶれている。
君という光に照らされていないと、俺は俺で居られないんだ。
必要としていたのは……俺のほう。君が居なければ俺は何も出来ない。
正直、今回の選択が正しかったのか……その判断も鈍くなってきている。君を殺しそうになるくらい狂気が増幅していた中、俺は君から離れる事を決意した。しかし、離れて早々にこんな副作用が待ち受けていたのだ。
離れてしまえば俺は更に君を必要とする……アルコール・ドラッグ・煙草……それらの中毒者のように、俺は君を必要とする。
俺のドラッグは……君なんだ。
だから、少しでも離れると俺はこんなにも変わってしまう。
誰にも治せない……治せるのは君だけ。そして……一向に見せようとしない俺の努力だけ。