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Chain122 異国の地に降り立って


 十五年間、当たり前のように傍に居た君から初めて離れた俺。ロンドンへ一緒に持っていったものは、簡単な手荷物と決して使われる事の無い一枚のチケットだけ……


 ロンドン ヒースロー国際空港に着いた時に口から出たのは、言葉ではなく深いため息だった。



 以前、同じようにこの地を踏んだ時は当たり前のようにいた君の姿は……今は居ない。あるのは、無造作にしまわれた持ち主の無いチケットだけ。


 “まったく……川島先生に悪いわよ!”


 そんな風に言われた嫌味も、今は遠い昔の事のように感じる。日本を発ったばかりなのに、もう君とは長い事会っていないような気持ちになるのは、この地も君との思い出が残っていたからだろうか。


 そう思いながら足を進めていく内に着いたロビーで俺を待っていたのは、久しぶりに見る母さんの姿だった。


 「母さん……」


 懐かしい穏やかな笑みを浮かべて、久しぶりに会う母さんは俺の方へ近付いてきた。その時はもう二十歳を過ぎた俺でも、つい気が緩んでは涙を流して頭を下げて立ち尽くしてしまった。そんな俺を母さんは優しく包んでくれる。


 「お帰りなさい、琉依」


 お帰りなさい……本当の家は日本にあるのに、それでも母さんからそんな台詞を聞いたのは何年ぶりの事だろうか。思わずその一言に体を預けたくなる。

 兄貴から全てを聞いているのだろう、母さんは何も聞かずにただ俺の頭を撫でていた。身長だけが無駄に成長した中身はただの子供のように、俺は母さんに体を預けた。


 母さんと空港を出た時、前に止まっていた車の運転席から降りてきたのはK2ではなく

 『リカルド?』

 『久しぶり〜、ルイ』

 アメリカでの仕事以来の再会に、俺は改めてここはロンドンなのだと実感する。しかし、どうしてK2ではなくリカルドが俺を迎えに来ているのか……。

 『K2は今日は仕事だから、俺がアリサを連れて迎えに来たんだ……って、お前何泣いてるの? 久しぶりにママと会えた感激の涙か?』

 豪快に笑いながら俺をからかうリカルドをすかさず蹴る俺。彼と会えば必ずこうなる。あ〜あ、おバカと接していたらさっきまでの暗い気持ちもどこかへ飛んでいきそうになる。


 ―――――


 『ここは?』

 車を走らせる事二十分。とあるアパートの前に降りる母さんとリカルドに続いて降りる。その問いに何も答えずに、二人は階段を昇って三階の一室の前で止まると鍵を開けて中に入った。

 そこはすぐにでも生活できるように家具も揃っていて、服も……って

 『これ、俺が送った服や家具じゃないか!』

 『そうだよん。俺とK2達で全て片付けました〜』

 片付けました〜って、何を勝手に。でも、ということはここは俺の部屋なのか? てっきり俺は両親の家で生活するものだと思っていたのに。


 『琉依、今日からはここでリックと生活するのよ』

 『はっ? リカルドと?』

 リカルドはただニコニコ笑顔で答えていた。そういえばよく見ると、俺の服や家具の別の私物などが置かれている。

 「尚人から聞いているわ。あなたも私たちといるよりも、しばらくリカルドといた方が落ち着くんじゃないかしらって響とも話したのよ」

 大変だったのね……日本語でリカルドに分からないようそう伝えると、再び俺の頭に手を置いた。俺と母さんは身長差が三十センチ程あるので、必死に背伸びしているのについ笑ってしまう。

 『何を日本語で喋ってるんだよ〜。俺にも分かる様に英語で話せ!』

 『バ〜カ! お前の悪口だから分からないように話さないといけないだろ!』

 俺の返事にすぐ手を出すリカルド。あぁ、確かに彼となら今までの苦悩が少しずつ和らいでいくかもしれない。両親はそれを察して、俺をリカルドと同居させる事にしたのだろう。


 『まぁでも、今日からは俺様と一緒に過ごすわけだ。何かあれば俺を頼りに……いてててて!』

 たった一つしか変わらないくせに、威張りながら言うリカルドの話をまともに聞かずに俺はそんな彼の足を思い切り踏む。そして、踵に力を込めてグリグリと回す。

 『コ、コラ! 痛い! やめろ!』

 「あ〜、俺英語さっぱりわかりませ〜ん」

 『て、てめ〜! また日本語でしゃべりやがって!』

 足を掴んでは撫で倒すリカルドを放っておいて、俺は新たな生活の場となる部屋を一室一室見て回る。


 キッチンにバスルーム、リビングにリカルドの部屋。そして、そんな彼の隣にある部屋の扉を開けると、そこは日本でも見慣れた物が置かれた俺の部屋だった。

 母さんが片付けてくれたのだろう。そのレイアウトは、日本での俺の部屋のものとほぼ同じだった。

 少しでも違和感が無いようにと、気を利かせての行為だ。俺は早速ベッドに飛び込んで目を瞑る。


 使い慣れたベッドの上で、目を瞑ったまま思い浮かべるのは笑みを見せている君の姿。別れ際の悲しいものではない、俺が一番気に入っている君の笑顔。


 『じゃあ、リック。あとはよろしくね。後で、響と来るわ』

 『OK! でも、ルイも疲れているだろうからまた明日にでも来たら?』


 そんな二人のやり取りが微かに聞こえる。リカルドはどこまで知っているのだろうか? 俺がロンドンで滞在する理由を、母さんたちからはどのように聞いているのだろうか……。

 でも、どっちにしろ俺はリカルドにも気を遣わせているわけだ。


 ねぇ、夏海。初めて丸一日お互い顔を合わせない日がやって来るけれど、君はどう思っている? 君の事だ、特に動じる事も無いままメンバーと過ごすだろう。

 俺? 俺はね、ただ疲れたって思いだけ。これまでの疲れが今になってどっと来たって感じがして、今は何も出来やしない。

 ずっと張り詰めていた所為か、何だかそれが緩んだ途端何も考えられなくなっている。ありえないくらいの眠気が襲ってきたり、疲労感もある。そして……


 主に逆らって涙まで流れてくるよ……




 こんばんは、山口維音です。

 今回から、ロンドン編が始まりました。再びリカルドの登場ですが、次回にはもう一人のおバカキャラも登場します☆


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