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Chain121 別れと空しく残るチケット



 そして、別れの時は迫ってきた……




 とうとう、日本を旅立つ日……


 「それじゃあ、行こうか」

 「……そうだね」

 一通り自宅の全ての部屋を巡った後、兄貴はボーっと立ち尽くしていた俺に声を掛けてくる。そして、俺はそんな兄貴に返事をすると、足元に置いていたバッグを手にして玄関へと向かった。

 自宅を見るのはこれが最後って訳ではないが、しばらくは入る事も出来ないので何だか未練がましく周りをみていた。

 そして、兄貴の運転する車の中からでも俺は視界から消えるまでずっと自宅や君の家を眺めていた。

 「お祖父様の家には行かなくていいのか?」

 そんな俺を察してか、兄貴が声を掛けてくる。しかし、お祖父様の家は十分過ぎるくらいこのこの目や心に焼き付けたので、それは首を横に振って答えた。

 「母さんには連絡したから。空港まで迎えに来てくれるって」

 「そう……」

 寂しさが募る所為か、兄貴の一言にも俺はそっけない返事しか出来なかった。そんな兄貴ともしばらくは会えないというのに、それでも俺はそんな事を思う余裕さえなかったのだ。


 そして、空港に着いて車を降りた後、俺の代わりに手続きをしに行く兄貴と別れて俺はそのままロビーへと足を進めた。

 これから向かう所は異国の地……何度も海外へ行った事はあるのに、こんなにも重い足取りになったのは初めてだった。


 「おっ! 琉依〜!」


 そんな気分を消し去るような明るく俺を呼ぶ声が前方から聞こえてきたので頭を上げると、そこには俺に手を振っては自分たちの場所を知らせるメンバーの姿が確認できた。

 なんで? それが最初に感じた俺の感想。だって、彼らには今日の俺の出発時刻など教えてもいなかったのに……って、あぁそうか

 「兄貴だな……」

 伊織か渉あたりが兄貴にでも聞いたのだろう。長い付き合いの彼らの事だ、俺に聞いても無駄だと解かっていたんだな。

 そんな彼らに笑みを浮かべながら、俺は彼らが待つ方へと進んでいく。



 「何ていうか、ここまでみんなが来てくれるとイギリスへ行く実感が全く出てこないよね〜」

 国際線ロビーの椅子に座ってそう言っては笑う俺を、メンバーは呆れた表情で見ている。

 「まったく……このバカはイギリス行っても通用するのかしらね」

 呆れたように伊織が呟いていた。そんな嫌味を言っているが、それでも彼らはこんな俺でも緊張しているって事くらいは解かっているだろう。

 俺だっていつものように接する事が、こんなにも辛いって思ったのは初めてだ。出来るだけ暗い表情を見せないよう気をつけている。

 だから、メンバーには言わずに一人で行こうと思っていたのになぁ……。


 「琉依! 荷物預けてきたぞ!」

 戻ってきた兄貴はそう言うと、俺にチケットを差し出してくる。そのチケットには確かにロンドンと記されていた。そんな文字を見ると、やはり俺は彼らと離れ離れになるのだなと改めて痛感する。

 そう感じると、自然と俺の手も微かに震えてきた。

 ふと視線を君の方へ向けると、そんな俺の手を眺めている。やはり、君には何でもお見通しなんだね。


 「さて、俺たちは先に屋上に行ってるから。夏海、恋人との束の間のお別れをちゃんとしろよ!」

 微妙な気持ちを抱えていた時、渉は気を利かせてくれたのかそう君の肩を叩いては告げてきた。そして、屋上へと向かう彼らと握手を交わしては、別れの挨拶を終える。

 

 みんなの気遣いで与えられた、俺と君の二人だけのわずかな時間……。でも、何を話していいか解からないから、二人の間にはただ沈黙が流れるばかり。たった僅かの貴重な時間なのに、無駄に時は流れるばかり……

 しかし、そんな沈黙を君の開いた口によって破られる。


 「て、手紙を書くから……」

 「手紙なんか出しても、返事書かないよ」


 せっかく言ってくれた君の一言を、即答で否定の返事を与える。


 「で、電話かけてもいい?」

 「だめ。一生出ないから」


 それなら……という気持ちで言った君の二つ目の提案も、俺はあっさりと断った。だって、手紙や電話があったら意味ないじゃないか。そうでしょ?

 「何をするのもダメ! だって、せっかく夏海が魅力的な女になるのに、会うまでにそれが分かってしまったら嫌ですから」

 君に意地悪をしていると誤解されるのもイヤなので、俺はあえて自分の本音を君に聞かせる。すると、やはり誤解をしていたのか君はそんな俺の返事を聞いて安心した表情を見せていた。

 そんな君を見て、俺もまたホッと安心する。良かった……変な誤解をさせたまま別れるところだった。そう思いながら君を見ると、もう涙を見せている。

 これだからイヤだったのに……メンバーに対して強がるのも、君の涙を見るのもイヤだったから。結局は両方とも避けられなかった。


 ねぇ、夏海。せっかく想いが通じたのに、それから間もなく訪れたこんな別れって無いよね。君には本当に最後まで辛い思いをさせたと思っている。

 この手で幸せにしたいと思っているのに、それを叶わなくさせたのは他でもない俺自身。自分がもっと余裕のある人間であれば、こんな時が訪れる事は無かったのにね。


 俺がもっと大人でいる事が出来たら、今頃の俺たちは何をしていたのかな? 伊織や梓のようにメンバーの前でも幸せに過ごす事が出来たのかな。

 けど、実際の俺は君に何の約束も出来ずにこうして離れてしまう。


 ホント……最後まで残酷な奴だね。


 ―○○航空ロンドン行き××便ご搭乗のお客様は……―


 そう思っていた時、俺を呼ぶアナウンスが流れてきた。そして、目の前にいる君もそんなアナウンスを聞いてはさっきよりも更に表情を暗くさせる。

 しかし、それでも俺は君を慰める事は出来ずに向かうべき所へ行かなければならなかった。


 「それじゃあ、行こうかな」

 小さな手荷物を持って、俺は椅子から立ち上がった。


 “もう、行ってしまうの?”


 そんな一言を言いたげな表情をしている君に、俺は苦笑いを浮かべる。そして、そんな君の頭に手をやると


 「じゃあね」


 たった一言だけを残して、俺は君から離れて歩いていく。君の返事を聞く時間も与えず、俺は振り返る事無くどんどん進んでいった。

 あっさりした別れ方なんて俺らしい……そう捉える事も出来るが、今の俺はただ君に見せたくは無かった。

 溢れそうになる涙を……


 しかし、そんな意地を曲げるのに時間は要らなかった。やはり俺はそんな別れ方を耐える事が出来なかったのだ。

 だから、すぐに振り返る。もう俺の方を見ないで屋上へ行こうとしている君の姿を、俺は必死に逃さないよう口を開く。


 「なっちゃん!」


 その口から出たのは、久しぶりに呼んだ君の愛称。いつの間にか呼ばずにいた君の愛称を、どうして今になって出てきたのか……。思わず俺は自分に驚いてしまった。

 しかし、それは君も同じ事だった。屋上へと進めていた足を止めると、すぐに俺の方を振り返る。そんな君の瞳は、驚きを隠さず大きく開いていた。

 そんな君の元へ俺は駆け寄ると、君の目の前に立つ。そんな俺に何かを言おうとしている君を待たずに、俺は君へと手を伸ばす。


 「……!」


 片手で君の肩を引き寄せては、そのまま君に唇を重ねる。突然のことに、君はただ呆然と立ち尽くしている。

 そんな君の様子にも構う事無く、俺はゆっくりと離れてはそのまま抱きしめて最後の温もりを自分の体に感じさせる。

 そして、そのままの状態で俺は口を開く。

 「こういう場合、最後はやっぱりキスで締めくくらないとね!」

 「る……琉依!」

 慌てて離れた君は、悪戯に笑う俺に向かって手をあげる。しかし、そんな君の手を掴むと再び俺は君にキスをした。

 何度もして来た行為キス……けれど、こんなにも唇を離すのが惜しいと思ったのは初めてだ。

 しかし、無情にも時は流れる。迫ってくる時間に逆らえない俺は、再び君から離れる。そして、


 「……行ってきます」


 もと来た方を振り返って俺は再び君の元を去る。しかし、どうやら間に合わなかったようで、俺の瞳からは涙が流れていた。

 気付かれた? しかし、それもいい……これで君はまた俺の事を忘れない。そして、俺も君を忘れない……。




 機内の中で、俺は隣の空席に目をやる。


 『失礼します。お客様、こちらのお席はお客様のご予約でしたがお連れ様は?』

 離陸までもう少しといった時に、客室乗務員が俺の席までやってきてはそう尋ねる。そんな彼女に俺は笑みを浮かべると

 『あぁ……“彼女”に振られてね、どうやら来てくれないらしい……』

 『あ、あら……それは……』

 悲しげな表情に変えて答える俺に、彼女はどう答えていいのか解からないのかそのまま立ち尽くしていた。

 そんな彼女を適当に追い返すと、俺は再び隣の席に触れる。そして、ポケットに手を入れてはそこに無造作に入れていたものを取り出す。


 「……やっぱり、渡せなかったね」


 そう呟いた俺の手にあったのは、自分のものと同じ航空券チケットだった。


 俺の最後の未練は、自分の手で止められた。もしかしたら……そんな甘い感情が起こした俺の足掻きは、こうして誰にも知られる事無く終わった。



 そして、俺の隣は空席のまま……そんな俺の想いなど知られる事無いまま、飛行機は離陸して君との別れは決定的なものとなった。


 ホント……最後まで大人になりきれなくて困るよ……



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