Chain118 無言で出た思い出の場所
自分の心の闇を全て浅井クンに打ち明けた事は、今の俺にとって正しい事だったのか?
「ん、ん……」
ゆっくりと目を開くと、視界に映ったのはいつもと違う天井。
「……あっ」
状況を把握するまで少し時間が掛かったが、ゆっくりと起き上がっては腰をさする。
ふと移した視線の先には、大量の空き缶や瓶が散乱している。そして、そんな床の上で足を広げて眠っている浅井クンの姿も……
「あれ? 何で浅井クンがいるの?」
――――
「それはだな〜、あれから二人で飲み明かしたからだよ」
しばらくして目覚めた浅井クンと朝食を摂りながら、そんな会話をする。あぁ、そういえば
話を聞いて貰った後に、飲んだような気がするなぁ。向かいに座る浅井クンは、相当飲んだのか頭をおさえているし。
それでも、まさかこうして記憶が飛ぶくらい飲んでいたなんて、また俺にしては珍しい事だよなぁ。そんなに、そのひと時が楽しかった?
それとも、何かを忘れたい気持ちがあったのか?
「それにしても、東條は知っていたけど宇佐美も料理が出来るんだな」
そう言っては、浅井クンは目の前に並ぶ朝食をまじまじと見てから口に運ぶ。
「あぁ、両親が早くに海外へ行ったからね。兄貴にばかり負担かける訳にはいかないから、俺なりに覚えたんだよ」
料理の他にも家事全般は困らない程度はできるが、それもほとんどは伊織から教わった事だけど。
そんな俺の答えに、ふ〜んと言いながら食事をする浅井クン。それにしても、やはり何だか変な感じがするな。
朝まで酒を飲むのもそうだが、こうして一緒に朝食を摂るというこの異様な風景。しかも相手は一番後に知り合った浅井クンときている。これを他のメンバーが見たら、あいつらは何て言うだろうか。
「それじゃあ、また今度」
「ホントに送らなくていいの?」
「あぁ。歩いて帰りたいから」
朝食を摂ってしばらくした後、俺は玄関で浅井クンにそう声を掛けるが彼は笑みを見せて答える。そして、浅井クンは礼儀正しいのかペコッと軽く頭を下げるとそのまま家を出て行く。
そんな彼を部屋の中から見送った後、俺は再びリビングへと戻っては椅子に腰掛ける。
「はぁ……」
今更ながら、浅井クン一人に俺の心の中を打ち明けた事に対して後悔の念が襲い掛かってくる。知り合って間もない俺の話を聞いた浅井クンは、こうして自宅に向かう途中で何を思っているのだろうか。
昨夜は酷く沈んでいたからつい彼に何もかも打ち明けてしまったが、こうして落ち着いてみるとその愚かな行動を振り返ってはため息ばかり出てしまう。
〜♪
そんな時、早朝にも関わらず伊織から電話がかかる。朝に弱い伊織にしては珍しい事なので、俺は素直に電話に応じる。
「おはよう。珍しいね、こんな早朝から」
『あら、アタシだって早起きくらいはするわよ!』
ずっと起きていたのかと思うくらい、伊織の声は朝なのにとても活き活きとしている。そんな珍しい事ばかりの伊織に、驚きながらも掛けてきた用件を問う。
『あのね。アンタ、今夜は体を空けておきなさいよ!』
……体を?
「何? 俺がロンドンに行く前に俺と寝たいの?」
『テメーっ! 朝から猥談なんかしてくるんじゃねぇよ!』
……っつ。大声で返してきた伊織に、俺は思わず持っていた携帯を耳から遠くに離す。そんな本気にしなくても、俺のいつもの冗談なのに……。長い付き合いだから、これくらい勘弁してくれよ。
「だって、伊織ったら勘違いしそうな事をさらって言うんだもん」
『言うんだもん? 可愛く言わないで頂戴! 気持ち悪いわ』
ホント、今日の伊織はいつもと違って変な感じがする。いつもの伊織なら、まずこんな時間に起きていないし起きていてもボーっとしているだけだからなぁ。
『今夜はね、アンタの送別会をするのよ。だから、アンタには必ず来てもらわなければならないのよ』
「そんなに気を遣わなくてもいいのに……って、今夜?」
そんな事、さっきまで一緒にいた浅井クンは一言も言いませんでしたよ? それに今夜だなんて……ホント、長い付き合いの中でも思っていたけど俺たちって事前に知らせるという事を知らないよな。相手の都合っていうのを気にする事無く、自分たちの都合を押し付けるっていうのが当たり前になっている。
それが、何故か浅井クンにもうつってしまっているし……
「クク……」
『ち、ちょっと……いきなり何を笑っているのよ。気持ち悪いからやめて頂戴よね』
思わず零れた笑みを、電話の向こうで伊織が気味悪がる。いやいや、改めてメンバーの共通点を見つけては笑っているだけだよ。こんなにも長く付き合っていると、こうして性格も似てくるもんだな〜って。
『とにかく、今夜NRNに来て頂戴ね! アンタが来ない事には始まらないのだから』
「はいはい。ありがたく参加させて頂きますよ」
そんな時でしか、言えない言葉だってあるからね。そう思いながら、伊織との会話を終える。そして、一通り片づけを済ましてからお祖父様の家を出る。
おそらく今日が最後の訪問になるだろうから……少し名残惜しそうに車に乗らずにお祖父様の家を見上げる。
“おっ! 今日も来やがったな、この悪ガキ共が!”
そう言っては、幼い俺たちにも負けないパワーで相手をしてくるお祖父様を思い出す。いつもこの家で俺達がやって来るのを待っていたお祖父様。俺に大切な孫を託したお祖父様……
「……」
墓参りした時のように“行って来ます”の一言も言えず、ただ無言のまま門をしっかりと閉めて俺は車に乗り込んだ。
あの一言を言えなかったのは、何が原因だった……?