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Chain115 俺と君の誓い


 長年付き合ってきた仲間にさえも、俺のロンドン行きの本当の理由を言えなかった。

 初めての偽り……それが、こんなにも胸を苦しくさせる。





 先日、メンバーにロンドンへ行くと告げた後に大学側にも説明して、やっと俺の退学は正式に認められた。


 そして、それから数日後。俺は部屋の荷物をほとんど片付けて休んでいた時に、君から電話が掛かってきた。


 “琉依、今から行ってもいい?”


 その言葉で、わざわざ来るであろう大体の用件は把握できた。

 おそらく俺に返事をしに来るのだろう。ロンドンへ行くか……行かないか。


 その答えが、俺が希望しているものでありますように……そう願いながら、部屋で君がやって来るのを待つ。


 しばらくして、階下からドアの開閉音が聞こえてきた。思ったよりも早い君の来訪に、俺は閉じていた目を開く。

 そして、まだまとめていなかったアルバムを手にしては開いて眺める。

 そんな俺の様子を、部屋に入ってきた君は慌てて近付いてきた。

 「こ、こらこら〜っ! どこから引っ張って来たの! 恥ずかしいから捨てなさいよ!」

 そう言っては俺の手から取り上げようとするが、それを拒んではページを捲る。

 そこに写るのは、俺や君を始めとするメンバーや兄貴、そして俺達の両親の姿があった。中には懐かしいお祖父様の笑顔も、綺麗に残っている。

 どれも素敵な思い出だから、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに……。

 「何で? こんなにも可愛いのに。本当、何で気付かなかったんだろうなぁ。

君は妹なんかじゃないよって」

 手をつないではこちらを見て笑ってピースを作る幼い俺と君……この時から、君はもう俺の“特別”だったんだね。

 憎しみはあっても、俺の“特別”には変わりない。

 「今頃、私の魅力に気付くなんて遅いわね」

 「そうだね」

 そんな君がちょっと嬉しそうに言うものだから、俺もつい意地悪っぽく言っては笑う。そうすると、君は少し困った表情を見せるんだ。


 「琉依、今から真面目な話をするから聞いてね」

 さっきまでとはガラリと変わった君の様子に、俺は持っていたアルバムを閉じてベッドに置いた。

 そして、黙って君を真っ直ぐ見る俺を、君は少し戸惑った様子を見せてから口を開き始める。


 「私、自分が思っていた以上に琉依が私の事を考えてくれていた事、すごく嬉しかった。だから、私もちゃんと考えたよ。これからの事を……」

 私が思っていた以上? 当たり前だよ。長年重ねてきた俺の思いを、君に理解出来る訳が無い。そうして解ったような言い方をしているが、それも実際あるうちの十分の一程度だ。

 「一緒にロンドンへ行こうと言ってくれて、本当に嬉しかった。琉依は私を必要としていてくれてるって、すごく嬉しかった」

 あっ、それは違う。確かに君を自分のそばに置いておきたいと思ってはいるけど、あの時の俺の言葉は本音を隠した偽りの言葉……だから、それにとらわれないで欲しい。

 そう思うが、既に君の答えは決まっているのだろうから今さら足掻いても仕方が無いか。

 「私は琉依が好きだよ。一緒にいたいです。自分の手が届く所に琉依にいて欲しいと思ってる。だから……」

 だから? その言葉の後に続く君の答えは何?

 すぐに解る事なのに、それでも俺は焦ってしまう。


 「だから……一緒にロンドンには行けない……」

 「――!」

 君の言葉に一瞬だけ驚いたが、それを表情には出さずに君を見る。

 ロンドンへ行かない? 確かに君の口から聞いたその言葉に、俺はホッと安心した。

 「琉依が好きだから、本当は行きたい。けど、行ったらそこでまた琉依に甘えてしまう。それに、自分がロンドンにいる意味を堂々とみんなに言えないから」

 これはまた俺を驚かせてばかりいる。いつから君は、こんなにも自分の意見を言えるようになったのか。確実に成長している君に、俺は思わず笑みをこぼす。

 「だから、こっちで私は頑張るよ。自分がしたい事を自分で決めて、現実にする為に頑張るから。琉依の隣で堂々と出来るようになったら……出来るように……」

 あぁ、せっかくいい所まできていたのに、やっぱり泣いちゃうね。ホント、いくつになってもその泣き虫は変わらないのだから。

 かつては鬱陶しいと思っていたその涙が、今ではこんなにも愛しいものになっている。ほら、堪えようとしても余計に溢れてきている。

 愛しいのか面白いのか、そんな想いを抱きながら俺の指は君の涙を拭っていた。そんな俺の指の温もりをしばらく感じた後、君は自分からそれを離して再び見上げる。

 「琉依の隣で堂々と出来るようになったら、ロンドンに行くから」

 へぇ……これは楽しみが出来たよ。素直に嬉しいと感じたせいか、表情も明るくなる。

 「私がそっちに行くまで何年かかるか分からない。もしかしたら、その間に琉依がイギリス女と付き合ってしまうかもしれない……」

 イギリス女って……いいかも。なんて頷いている俺を、君は少し拗ねながら叩いてくる。

 「でも、そうなったら今度は私がアンタを誘惑してやる」

 一瞬だけ、俺の片眉が上がる。君の言葉に驚くが、すぐに君が俺のシャツを掴んで君の方へと引き寄せられる。

 「アンタに別に好きな人が出来ても、もう一度振り向かせて今度は二度と離れられなくなるくらい魅力的な女になってやるから」

 「……」

 息継ぎを忘れて言ったのか、君の顔は真っ赤になっている。しかし、それを指摘出来ないくらい、俺も自分の顔色をコントロールするので精一杯だった。しかし、君が

 「……あの〜、琉依さん?」

 そう言っては俯いていた顔を上げるから、俺の表情を見られまいと君を抱き締める。

 そして、今度は俺の気持ちを君に伝える。

 「夏海からそんな言葉が聞けるとは思わなかったよ。でも、最高の殺し文句だね」

 何故か力が抜けて俺に抱き締められるがままになっている君を、俺は更に強く抱き締めては話し続ける

 「待ってるよ。魅力的になる夏海に負けないように俺も頑張るよ」

 何を頑張るかちょっと考えるが、それでも今の俺がまずしなければならない事を、君がロンドンへ来るまでに成し遂げよう。


 自分の中で蠢くこの狂気を一切無くすよう……君に誓うよ



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