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Chain114 やっと手に入れたのに


 俺がロンドンへ行く事を決意した事で、君が俺の存在に気付くなんて……

 これも、俺への罰なのだろうか





 ずっと思い続けていた甲斐があったといっていいのか……昨夜、君はやっと俺の想いを受け入れてくれた。

 ずっと描き続けていた俺の理想が、こうして現実になったのだ。


 そして、その翌朝……ベッドの上で上半身だけを起こしている俺の隣では、静かに眠っている君の愛らしい姿。何度も体を重ねてきたというのに、お互いの気持ちに任せて寝たのは今回が初めてだった。

 これまではお互いの欲望に任せたり、俺の……狂気に任せた行為モノだったが、こうして俺は初めて自分を愛してくれている君をいだく事が出来たのだ。


 これで君は俺を見てくれる……その笑顔も愛らしい姿も、すべて俺だけのものになったんだ。

 本来ならばそう喜んでいた……しかし、現実はそういう訳にはいかない。

 なぜなら、俺のロンドン行きは消えてなどいないのだから。いくら自分の想いが叶ったとしても、俺の中に潜む狂気は決して消えてはいない。

 君を傷つけようとしている俺の狂気は、君に想いが伝わった事など知らぬかのように確実に増している。

 この幸せをずっと君の傍に居て実感していたい……叶わぬ希望おもいを抱きつつ、俺は隣で未だに眠っている君の額にキスを落とす。

 ゆっくり離れては君に触れて今の現実を感じる。ずっと変わらない大切な君を守るために、そして俺の醜い姿を君に見られる前に俺はやはりロンドンへ行くよ。


 だから、君がもし昨日の俺の言葉を真に受けていつか返事をくれるなら……それは“NO”でありますように……

 君は日本ここで、自分の生き方を見つけて欲しい。今の気持ちに左右されず、ここでは俺から離れて自分の生きたいままに……


 「……っ」

 そう思っているのに、その思いに偽りはないのにそれでも俺の瞳からはその意志に逆らって涙が流れていた。


 琉依……オマエは本当はどうしたいんだ?


 そう誰かに問われているかのように、俺の瞳からは涙が止まる事を知らずに流れる。

 「ん……っ」

 ふと君の口から漏れてきた声で我に返った俺は、君が目覚めてしまうと察知して涙を拭っては再びベッドに潜って目を閉じる。

 目を覚ましたのだろうか、時折俺の髪にぎこちなく触れている君の指の感触がくすぐったく感じる。

 間近にいるからたまに感じる君の吐息すら愛しく思える。そう思っていた時……

 「見てなよ……。絶対に夢中にさせてやるから」

 君の秘めた決心を聞いてしまった俺は、嬉しくて思わずにやけてしまいそうになるのを必死に堪えていたが、君が再び俺の前髪に触れた時つい目を覚ましてしまう。

 「期待していますよ」

 そう意地悪な笑みを見せて答えると、君は驚いたのか恥ずかしくなったのか目を大きく開かせていた。

 「お、起きてたの?」

 「当たり前でしょ? やっと手に入れた俺の彼女の寝顔を……」


 ボスッ!


 俺が言い終わる前に、君は枕で顔を殴ってきた。

 頭ではなく顔を殴ったのは、赤くなっているであろう自分の顔を見られるのが嫌だったからかな?


 「今日、大学行くでしょ?」

 「行くけど、みんなに打ち明ける為だけで、終わったら帰るよ」

 ベッドから出て着替えながらそう答えると、俺はドアの方へ歩いて行った……が、すぐに足を止めると、

 「それに、浅井クンにも謝らないといけないし?」

 「浅井クンに? 何をしたの?」

 「ちょっと、彼に嘘をついてしまったんだ」

 君の問いに俺は階段を下りながらそう答えた。そして、階下に下りてはすぐに伊織に電話する。

 「もしもし、いお……」

 『あんた! あの退学届けは一体何なのよ〜っ!』

 開口一番ではまず怒鳴られると解かっていたので、携帯を耳から離していたが……正解だったな。

 それから俺はメンバーを喫茶店に集めるよう言うと、これ以上説教を受けないうちに電話を切る。そして、準備を整えた君と朝食を摂ってから大学へと向かった。

 大学へ向かう車中、これから長年付き合ってきた仲間に別れを告げるというのに、なぜか俺の心はすっきりしていた。それは、君と想いを通じ合えたから?

 それとも、俺は何かを吹っ切れていたのか?

 しかし、かすかに不安が混じっていたのかハンドルを握る俺の手は必要以上に汗ばんでいる。

 すっきりしているのでは無い、やはり不安なのだ……。



 「琉依!」

 大学に着いて喫茶店に入った瞬間、伊織が立ち上がってこちらに向かって叫んできた。他のメンバーも次々と席を立つ。そんな彼らを、俺はただ寂しげな表情で見つめるしかできなかった。

 そして君が見守る中、俺はメンバーに別れの言葉を告げる。

 「ホントごめんね、心配掛けて……。みんなにはもっと早くに言うべきだったね」

 もっと早くに言うべきだった……こんな事決して思ってなどいないのに、俺は穏やかな表情を見せては笑みを浮かべる。そんな俺を、メンバーは黙って見ている。

 「みんなも知っていると思うけど、先日退学届を出してきました。俺は……語学勉強の為に、来月イギリスに行きます」

 思いもしなかったであろう意外な発言に、メンバーそれぞれが驚きの表情を隠せないでいる。

 「えっ……」

 「マジかよ……」

 次々と声を出すメンバーの中、君はずっと俺の手を握り締めていた。

 「みんなにはちゃんと言っておきたくて、こうして集まってもらったんだ」

 「どれくらい、イギリスにいるつもりなんだ?」

 一通り説明した俺に対してまだ誰もまともな返事が出来ない中、浅井クンがやっと尋ねてくる。そんな彼の質問は、まだ君にも伝えていなかったし俺自身も考えてなどいなかったから答えるのを躊躇してしまった。

 しかし、それじゃあ不審がられてしまうと思い、頭を上げて浅井クンの方を見る。

 「三年は向こうに居ようかなと思っている。中途半端では投げ出したくないから」

 嘘を更に嘘で重ねる。それをメンバーは疑いもせずに納得するのだろう。優しいメンバーの事だ、きっと“頑張って”と応援してくれているに違いない。

 止めても俺がその意志を曲げるはずが無いと解かっているから、決して彼らは俺の決意に口出したりはしないのだ。


 「頑張ってね。琉依の夢を現実にする為に……」

 「寂しくなるわね……。仲間が遠くへ行ってしまうのは」


 梓や伊織の言葉を俺は微妙な心境で聞いては、苦笑いを見せて返す。かすかに残る罪悪感……大切なメンバーに偽ってまで行くロンドンから三年で帰って来れるとは保障できないのに、それでも決して真実を言えずにいるのだ。

 

 「ちゃんと日本に帰ってくるから……」


 そんな彼らに言えるのは、このたった一言だけしか無かった。

 そして、彼らにそう告げた俺は大学側にもきちんと説明しに行かなければとその場を立ち上がって事務所へと向かった。



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