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Chain111 言葉や胸が詰まる程の愛しい君


 果たして、俺は言えるのだろうか……

 十五年も一緒に過ごしてきた君へ“さよなら”の一言を……





 お祖父様の墓参りを終えたが、家に帰る気になれない俺はそのまま近くにあるお祖父様の家に寄った。


 自宅に帰っても待っているのは、大学からのしつこい電話だ。出る気にもなれないそんな電話のコールを聞くだけでも、耐えられない。


 キィィ……


 リビングに入ると最初に目に入る壁に貼られた多くの想い出たち。

 そんな想い出に触れては、俯いてまた触れる。この繰り返しを一周していく。


 「バイバイ……さよなら……じゃあね……元気でね」

 だめだ……こんなありきたりな言葉だと、気持ちが伝わらない。

 君にだけはちゃんと伝えないといけないのに、それなのに……


 「こんな言葉しか……思い付かないよ」

 今までの十五年を、こんな言葉で終わらせてしまう?

 嫌だけど、それでも他に言葉が出てこなかった。

 ねぇ、夏海。傷付いた君を残してロンドンに行く俺を、君はどう思う?

 俺がロンドンに行くって伝えたら、君はどんな顔を見せるのだろう……。

 何て言ってくれるのだろう……。


 君のその手で、少しでも俺の腕を掴んでくれるだろうか。

 俺の腕を掴んで、少しでも俺を困らせてくれるだろうか。


 困らせて、その口から言ってくれるだろうか……


 “行かないで”の一言を……


 椅子にゆっくりと座っては天井を見上げる。

 そのまま目を閉じると、今までの出来事がありえない早さで駆け巡る。


 “琉依、夏海ちゃんよ。仲良くしようね”

 “ブス!”


 「……っつ」


 “もう、俺に構わないで……”

 “琉依、どうして……ねぇ何があったの?”


 「くっ……」


 “ファーストキスだけじゃなくて、セカンドキスも奪った事を怒ってるの?”

 “最低っ!”


 「……っつみ」


 “その関係に必要なものは欲望を満たす体……そして、不必要なものは……”

 “愛情でしょ?”


 「なつ……み」


 昔の事を繰り返しては、自然と溢れて来る涙。更には言葉も詰まってくる。

 何も言えない……ただ、愛しい夏海(キミ)の名前しか出てこない。


 どうして、自分はこんな人間になったのだろう……。

 生き方一つ違えば、ロンドンに行く事も無かったのに。君から離れなくても良かったのに……


 「あぁ、そうか……」


 これは罰だ。今まで十五年間、俺がしてきた君への仕打ちに対しての罰。

 君だけじゃない、数多の人間を傷付けた事もそう……

 その罰が今まとめて与えられた、ただそれだけの事だ。

 ふっ……

 そう思うと、思わず笑みも浮かんでくる。

 「じゃあ、受けないといけないよな」

 さっきまで溢れていた涙を流し切った後に出て来るのは、もう何が何なのか解らなくなった笑みだけ。

 片手で目を隠しては、ククッと笑う。


 お祖父様……貴方の大切な孫は今までこんな俺といたんだよ?

 蝶よ花よと可愛がっていた貴方の夏海は、貴方の存在が無くなった後に汚されていったんだ。

 しかも、それがよりによって貴方が信頼していた俺の手によって……。


 キスして抱き締めて……そして、無理矢理抱いた。

 泣かせて泣かせて、酷く傷付けた。


 「でもね……」


 それが俺の愛情だった。綾子サンの時とは違う愛し方は、到底他人には理解出来ないだろう。

 しかし、君の体に刻んだ傷は今でも鮮明に残っている。そして、これからもずっと……一生。


 ふと気がつくと、外はもう暗くなっていた。この辺りにはあまり住宅も無いので、暗闇が一層不気味に感じる。

 「そろそろ、帰るか」

 そう立ち上がってそばに置いていた携帯を見ると、


 “着信三十件”

 “メール二十三件”


 ディスプレイに記された文字を見ては、苦笑いを浮かべる。

 しかし、それらを確認する事なく俺はお祖父様の家を後にした。


 ――――――


 誰も居ない自宅に着いた瞬間、更に湧き上がる虚しさ。

 そして、間もなくやって来るであろう君に別れを告げる時。

 「どうせなら、早く言った方がいいや……」

 微かに笑みを浮かべてそう呟いた俺は、携帯に手を伸ばす。そして、掛けた先のコールを冷静に聞いていた。


 『はい……』

 君の家に掛けたが、ちょうど帰って来た所なのか思っていたよりも早くに君の声が聞こえてきた。


 「……」


 そんな君の一言も愛しく感じた俺は、何も言えないでいたのだが……

 何か自分の気持ちを言わなければ……そう思った俺の口は自然に開く。


 「……会いたい」


 微かに呟いたその言葉は君にちゃんと届いたのだろうか?

 君はそのまま電話を切ってしまった。

 君の事だ……きっと家を飛び出して俺の元に来ているに違いない。


 優しい君だから……



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