Chain108 それでも君は我が侭を通してくる
君が目の前で繰り広げられている光景に目を奪われていた時、俺の中では快感という歪んだ感情が芽生えていたんだよ。
君と一緒に見てしまった高月が他のオンナといる現場。あれは、俺にとっては様々な感情を駆け巡らせていた。
怒り……哀れみ……そして、快楽という感情。
それから俺達はアイツに気付かれないように帰って行ったが、俺の家に連れて帰った時の君は一人では歩けないくらい弱っていた。
「大丈夫?」
「……」
俺のベッドで横になる君の瞳は、早くも赤く腫れておりとても痛々しかった。俺の問いに対しても何も答えず、ただ再び溢れる涙を堪えるのに精一杯といった感じだった。
「夏海……」
そんな君の顔に触れようとした俺の手を、君は先に掴んでは自分の頬に当てる。そして、そのまま涙を流しては声に出さずに泣いていた。
「ここは誰も見ていないから、我慢をしなくてもいいんだよ」
そう伝えても、君は首を横に振ってはそれを否定する。一体、何に対して意地になっているのか。何を我慢してはそう辛い選択をしているのか……。
俺? 俺に弱みを見せたくない?
それしか無いだろ。此処には君と俺しか居ないのだから、君が弱みを見せたくない理由は俺の他には無い。
俺が居ると君はちゃんと泣けない……そう思った俺は、君の手からゆっくりと自分の手を離すとその場を立ち上がって部屋を出ようとした。
しかし……
「――っ!」
腕を掴む君の手があまりにも強かったので、その場に立ち止まった俺は君の方を振り返る。すると、君はさらに泣きそうな表情を見せては首を横に振っていた。
「お願い、傍に居て……」
弱弱しい声でそう言う君は、その瞳でも俺に訴えかけていた。
「けれど、俺が此処に居たら夏海はちゃんと泣けないでしょ?」
「それでも、琉依が此処を離れる方がもっと辛いの」
いや、俺は君が我慢して強がっている方が辛いのですが……そう思っても、君がそう望むならと俺は立ち上がっていたのを再び座っては君の頭を撫でる。
「じゃあ、此処に居ますよ。夏海が落ち着くまで、ずっとここに居るから」
そう告げた俺に安心したのか、君はそんな俺の手に触れたまま再び涙を見せていた。
俺の目の前で涙を見せる君……しかし、泣きたいのは俺も同じなんだよ?
君の中にいる高月の存在が思っていたよりも大きいという事を思い知ったのだから。これじゃあ、俺が入り込む隙はありませんよ……そう痛感してしまう。
泣きたいのは俺も同じ、だけどそれは君の前では叶わない事。
しかし、君はそんな俺の気持ちなど知るはずも無いからこうして涙を自由に流しては俺に見せる事が出来る。
かわいそうだとは思うけれど、それでも君を憎いとさえ感じているんだよ?
どうして君はそこまで俺に弱さを見せる事が出来るのかと……ね。
「琉依……琉依……」
泣きつかれたのか、しばらくして眠りにつこうとする君の口から発せられるのは高月では無く俺の名前。掴んでいる俺の手の温もりを感じながら、君はそれに縋り付いては眠りにつく。
そして、何も聞こえなくなって君が眠ったのを確認すると、俺はそっと君から離れては隣の部屋に移る。
そこで煙草を出しては何本か吸うが、それでも俺の心の中はスッキリせず何か靄がかかったような気分だった。
―――――
「おい、琉依。夏海はどうした?」
「休み。月のモノで動けないんだと」
翌日、俺はまだ眠っていた君に書置きだけを残して大学へ来た。そして、ランチタイムに渉からそう聞かれたので、適当な返事をしたら伊織から殴られる。
大事な梓にはそういった言葉は言ってはいけませんとな。
そんなやり取りを梓や蓮子は笑って見ているのに、ただ一人だけ俺をじっと見ているであろう浅井クンの視線を感じた。
そんな彼を見るため彼の方を振り返ると、やはり俺を見ていた浅井クンの視線とばっちり合う。
ふ〜ん……やはり彼は単純な人間では無いんだな。まだ知り合って間もないくせに、俺の嘘もきちんと解かっている。それは、ただ君の事だけに関してか? それとも……
「ただいま〜って、起きてたの?」
自宅に着き、そのまま部屋に入った俺を迎えたのはベッドの上で上半身を起こしてこちらを見た君だった。
ショックを受けている君だから、まだ眠っていたと思っていたから少し意外だった俺に、君はベッドから降りてこちらへやって来る。
「琉依!」
そう言っては俺にしがみ付く君は、そのまま俺から離れようとはしない。俺に抱きつくその腕がかすかに震えているのを感じたから君の顔を確認したいのに、君はそれを許そうとはしない。
「夏海? どうしたの?」
様子を窺えない俺はそうやって声を掛けるだけだが、君は俺の胸に顔を埋めたまま
「お願い……傍に居て……」
あぁ、目が覚めたら俺が居なくなっていたから君は動揺していたんだね。ベッドの傍にはちゃんと書置きを残していたのに、それでも君は少しでも離れた俺を探していたのだろうか……
「大学へ行っただけだよ?」
そう答える俺だが、それでも君は俺の胸の中で首を横に振ってはそれを許さないでいる。大学にも行っちゃダメ? 本当に自分の事になると我が侭を押し付けてくるんだから。
そんな君をなだめるよう俺はゆっくりと君を自分から離すと、そのままベッドへと連れて君を寝かせる。
そして、その手を握っては笑みを見せて
「大丈夫。今度は離れないから……」
そう約束した俺は、守るという意味を込めて君の手を少しきつく握った。
そんな俺に、君はかすかに笑みを見せるとそのまま瞳を閉じた。
君の我が侭を果たすため、こうして俺は今日が大学生活最後の日となってしまった。
それを、君は知らずに眠っている……