Chain106 興味を抱いてしまった俺は
ねぇ、夏海。俺がどうして君が傷付いている時にあえて退学届けを出したか知っている?
それは、俺がね……
退学届けを出した翌日、いつの間に親しくなったのか君が浅井クンをメンバーにも紹介したいと言う事で、渉の家に集まる事になった。
あらかじめ君から聞いていた話では、彼は何に対しても興味を持っていないから何か一つでも興味を持てるような事を見つけてほしいという思いから決めたことだった。
……だからと言って、それをどうして君がするのかなぁ。
それじゃあ、君が彼に興味を抱いているって言っているようなものじゃないか。そんな感情を抱いているという事を、よりによって俺が退学届けを出してから言われるなんて……。
「はぁ……」
渉の家の前で、俺は深いため息をつく。用事があった為、みんなよりも遅れて来た俺は何だかそこからなかなか一歩を進めずにいた。
本当はあまり……いや、かなり来たくなかったのだが、
“いい? 必ず来るのよ!”
という伊織からのお達しで、しぶしぶここまで来たのだが……
「まったく……そんな思いやりがあるなら、俺にも分けてくれってカンジ」
ぶつぶつ言いながら門に手を掛けたときだった。
「あら〜っ! ルイちゃんじゃない!」
玄関の扉が開いた先から出てきたのは、そう声を掛けては俺の元に走ってくる渉の母=晃子だった。
「おぉ、晃子じゃん! 何か久しぶりだね〜」
そう言って俺は近づいてきた晃子を抱きしめる。梓と違って、晃子はそんな俺の抱擁にも拒む事無くそれどころか晃子も俺を抱きしめてきた。
「皆なら、もう来てるわよ〜! ルイちゃんだけ居ないから、晃子はもう寂しかったんだから〜」
「マジで? えっ、それで晃子は今から俺を迎えに来ようかと思ってたの?」
家の前で堂々と恋人同士のように話す晃子に、俺は乗り気になりながらも答える。すると、晃子は少し残念そうな顔をしながら
「それがね〜違うのよ。今から出かけるのよね」
あら、そうなの? 晃子にならって、俺も残念そうな顔を見せる。そして、そのまま門を出て行った晃子に手を振って俺は家の中に入っていった。
「来たよ〜」
「お〜! 上がって来〜い!」
家に入ってそう声を掛けると、二階から渉の返事が聞こえてくる。そして、階段を上がって渉の部屋のドアを開けると、そこにはいつものメンバーと彼らに囲まれて話をしていた浅井クンの姿があった。
「こんにちは」
ふと目が合った彼にそう言われた俺は、笑みだけを浮かべると
「コンニチワ」
そう言って渉の隣に座る。あまり関わりたくない……これが俺の本音だったから、こうして彼からは離れた所にいるのだが……
しばらくしてから気が付いた、たまに感じる彼からの視線。
俺はソッチ側の人間じゃないから、同性からの視線を貰ってもあまり嬉しくは無いのですが……
そう思っていたのに、そんな俺の思いとは裏腹に彼は行動に出る。
「ちょっと……いいかな?」
しばらくしてから、俺の元に彼はやって来るとそう声を掛けてきた。そんな彼に振り返っては作り笑いを見せて
「ここでは、無理な話かな?」
その問いに彼は頷く。そんな彼の様子を見ると、嫌でもその会話の内容が見えてくる。きっと、君の事に違いない。
「で、俺に何の話かな?」
渉に頼んで部屋を一つ借りて浅井クンと二人になったところで、俺は改めて彼に話しかける。大体の内容は解かっているのに、それでも俺は意地悪く彼に尋ねた。
「槻岡夏海サンの事だと言ったら分かるかな?」
分かるかなだって……それの他に何があるっていうのか。俺の意地悪に、彼も少し小馬鹿にした感じで答える。
そんな彼に対して、俺は怪しげな笑みを作っては
「さぁ? 何の事かな?」
その返事に、彼は一瞬だが目を細めては俺を睨んでいた。さっきも聞いていた君との関係を改めて聞こうとしているのだが、そんな事俺から答える必要は無い。
聞きたいのなら、ハッキリとそれを言葉に出せばいい……
さっきその質問をして来た時点で、俺は彼が君に対して興味を抱いている事を確信した。そして、それは近いうちに恋愛感情へと変化していくのだ。
何にも興味が無かった彼が初めて興味を抱いたのが、俺の大切な君。それに気付かずに君は彼の力になろうとしている。
そんな君も、彼の気持ちに気付いたら……その時はどうする?
「槻岡サンとは、本当に付き合っていないの?」
ほら、聞いてきた。もう、俺の勘ってどうしてこう嫌な時にだけ当たってしまうのだろうか。もう本当に嫌になってきて、思わず笑ってしまうよ。
彼の問いに対しても、俺は何も答えずただ笑みを浮かべているだけだった。そんな俺の反応に、君はどう捉える?
そして、俺の口から何て答えてほしい……?
“俺の一方的な片想い”
“君の俺への片想い”
それとも……
“そう、付き合っているよ”
さぁ、君はどんな答えを予想している?
そう思っていたのに、彼の口からはまた新たな問いが出てきた。
「じゃあ、質問を変えるよ。二人の関係って?」
「さっきの質問とあまり内容変わってないし!」
本気で言っているのか……そう思いながらも俺は笑ってしまう。そんな俺の反応に、とうとう彼もしかめっ面を見せていた。黙っていたと思えば突然笑われる……確かに気分は悪くなるよな。
「何? 浅井クンは夏海の事が好きなの?」
彼の質問に答える前に、俺が彼に質問を投げかける。答えを待っていた彼は、そんな俺の仕打ちに少し気分を害している様子だった。
「別に……好きだという訳じゃないけど」
そんな筈は無いよ……。それなら、そうしてそこまでしつこく聞いてくる必要がある?
アンタがあの子に恋愛感情に似た興味を抱いているからでしょ?
それも分からない君には……
「なら、答える必要はないよね?」
笑みを浮かべて答える俺に、彼は拍子抜けしたような表情で俺を見る。俺に聞けば何でも答えてくれると思っていたのか? 何で俺が出会ったばかりのアンタにそこまでする必要があるのか……。
呆れながらそう思っていると、目の前で少しうつむいていた彼が頭を上げて口を開き始めた。
「恋愛感情はまだ無いけれど、彼女に興味を抱いたんだ。彼女の事を知りたいと思ったんだ」
あれ……?
「へぇ……夏海にねぇ」
とりあえず返事した俺の言葉に、彼はまた苛立ちを見せている。しかし、この時の俺は彼の意外な面に少し驚きを隠せないでいた。
あそこまで意地悪をすると、たいていの人間は諦めていたのに彼に至ってはそんな様子を見せるどころか自分の意見をしっかりと俺に伝えてくる。
渉や伊織以外で俺にここまでついてきた男は初めてだったから、つい俺も彼に対して何らかの興味を抱きかけてしまう。
そして、それが何だか嬉しくなると笑みをこぼしては口を開いた。
「夏海とは幼馴染みなんだ。夏海の両親が共働きでね、うちによく預けられていたんだよ」
俺が彼の問いに答えたのが意外だったのだろうか、彼は驚いて俺の方を見てきた。
「同じ年だけど、姉のような存在だったり妹のような存在でもあったり……」
彼の答えにはなっていないが、それでも俺は自分なりの答えを彼に伝える。
「幼馴染みとかは君にとってはどうでもいい話なんだよね。でも、俺が答えられるのはここまでなんだ」
そう言って、俺は立ち上がると部屋を後にした。彼を置いて廊下を歩く俺は、少し考え事をしては
「危なかったかも……」
もう少し彼の事を知れば、俺は自分の気持ちを素直に彼に答えていたかもしれないから。
しかし、渉や伊織以外にこんなにも自分にたてつく彼を、俺はこの時既に興味を抱いていたのかもしれない。
だから……俺は彼にすべてを話してしまったんだ……