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Chain100 一日一日を大切に



 君を見ているよ。

 俺がここから離れるまでは……




 「それじゃあ、モデルを始めたきっかけはご両親の勧めだったの?」


 二回生になってからしばらく経った今日、俺は大学を休んで雑誌のインタビューに応えていた。


 “人気モデルのすべてを暴くっていうコーナーなんだけど、どうする?”


 数日前、事務所へやって来た俺に芳賀さんはそう言って書類を差し出してきた。そこには女性ファッション誌の名前が記されていたのと、インタビューの内容などが一緒に記されていた。

 “もちろん、ありがたくお受けいたしますよ”

 日本で出来る仕事はどれも断らずに受けようと決めていた。それが、例え俺の過去を聞かれるような内容の物であっても……


 「ええ、そうですよ。ある日突然、父がモデルの話を持ち出して来たんです」

 「お父様って、あの宇佐美響一氏だよね。それは、自分のブランドのイメージに合っていたからかな?」

 ええ、そうです……なんて、答えたらまた嫌な風に捉える奴も出るだろう。そう思って、俺は出掛かった言葉を飲み込んだ。

 「いえ。当時、退屈そうにしていた俺を父は何となくの気持ちで勧めて来たのではないかと俺は思っています」

 俺の答え一つ一つを逃さないよう、録音しながらノートに書き込んでいるインタビュアーは頷きながらさらに質問を続けていった。


 「ベライラル・デ・コワやsEVeNなど、世界のブランドでも活躍しているけれど、海外で活躍するとかそんな話は来ていないのかな?」

 また……タイミングのいい話だな。まるで俺がロンドンへ行く事を知っているかのような質問に、俺は引きつった笑みを見せた。

 「まさか。まだ俺は日本ここで色々な勉強をしたいですよ」

 あまり沈黙を置くとかえって疑われるので、俺は適当な答えを見つけては彼にそう応える。

 「大学もありますし、何より俺には親友もいますから」

 ケラケラと笑う俺に、彼は疑わずに一緒になって笑っている。良かった……こんな所からロンドンへ行く事をバレてはならない。


 ―――――


 「もしもし、芳賀さん? 今、取材が終わったから。次は二時からだったよね?」

 『あ、ああ。そうだけど、お前大丈夫か?』

 「ん? 何が〜?」

 取材を終えてから掛けた電話で、芳賀さんはそう心配してくる。真琴さんの代わりに事務所をまとめている彼が、俺のロンドン行きを知らない筈が無い。

 ロンドンへ行く事を決めてから急に仕事の量が増えた俺を、彼なりに気遣っているのだろう。

 しかし、ロンドンへ行くまでの一日一日を俺は大切にして、それまでやって来た仕事を後からでも思い返せるくらいいい物にしたかった。

 日本ここで出来る仕事……俺には、ロンドンに行ったら“ある事”を決めていた。その為にも、俺はここでたくさんの仕事をしては自分にもみんなにも記憶に残るようしたい。

 「とりあえず、俺は次の取材に行くからね」

 そう言って、電話を切った俺はそのまま車に乗る。

 そして、次の仕事の時間まで俺はただひたすらドライブをしていた。街中を走る中、たまに見るポスターや看板の中には自分がこちらを見て笑みをみせたり、気取った表情のものもあった。


 昔、ロンドンへ行った時、K2の家に行くまでに見た街中に飾られていたリカルドのポスターや看板を見て、いつかは自分もそうなりたいと思っていた。

 決して親の七光りでは終わりたくない、“K2”以外の仕事も取ってみせると誓った時から長い時を経て叶った俺の夢。

 これらを見る度に、俺の心は少しでも満たされていた。自分の存在を認めてくれている……そう感じられるから。

 「大丈夫、大丈夫……」

 車中で何度もそうつぶやく。


 ―――――


 そして、すべての仕事が終わった後に俺は再び携帯を手にしていた。

 「もしもし、俺。元気?」

 『元気ですよ〜』

 携帯の向こうから聞こえてくるのは、俺も知っている通りいつでも元気なK2の声だった。

 「あのさ。俺、ロンドンへ行く日を決めたから」

 『わおっ。決めたって、そんなに早く来てくれるの?』

 最初の取材を入れて、俺は今日だけで三誌のインタビューに応えた。これらの雑誌が出るのは、早くて冬になるそうだ。

 だから、俺はその雑誌が出る前にここを発とう……

 君がこの雑誌を見る前に、俺は日本ここから離れることにするよ。


 「今年の……冬にはロンドンへ行くから」


 そして、秋には大学にも退学届けを出してしまおう……

 君にあの雑誌を見られるまでに、俺はここを発つ事にするよ。それまでは、ただ一日一日を大切にする。

 けれど、我が侭を言うならば……


 それまでに一度だけでいいから、何か君との想い出になるような事が起こればいいな……



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