表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/185

Chain97 俺が殺すものは



 兄貴が君を守る為に俺に勧めてきた事が、俺を日本から離れさせること……




 日本を……離れる?


 しばらく部屋を離れたと思えば、戻ってきて言った兄貴の言葉に俺は動揺を隠せないでいた。しかし、それは兄貴の顔を見れば冗談じゃないと言う事が嫌でも分かる。

 しかし、一体どういうつもりなのか……


 「あ、兄貴? 日本を離れるってどういう事なんだよ……」

 「琉依、それが今のお前にとって一番いい方法じゃないか?」

 俺の問いかけにそう答える兄貴。確かに、今の俺だとここに居ても君を今以上に傷付けてしまうかもしれない……

 守りたいと思っても、今の俺ではそれは叶う事ではない……それは、俺自身が一番解っている事だった。

 「悪いが、K2に話したんだ」

 「兄貴!?」

 さっき、ここを離れたのはその為だったのか? しかし、兄貴に話しただけでも辛いと感じていたのにそれをK2に話すなんて……

 「K2は? 俺が直接ちゃんと説明してくる」

 「無駄だよ」

 控え室を出ようとした俺を、兄貴はその一言で制する。理由を求める俺の表情を見て、兄貴はため息をつくと顔で時計の方を示した。

 「あっ……」

 「な? 無駄だって言っただろ?」

 俺は自分が思っていた以上に意識を無くしていた時間が長かった事を痛感した。時計が示していた時間は、もう昼を過ぎていた。昼……K2はもう、日本には居ない。

 K2だけではなく、母さんも日本を発っていた。


 まだ日本に帰国したばかりの頃に母さんが教えてくれた。“K2”の撮影が終わったらそのまま帰国しなければならないと……

 ロンドンでも2つのショーを抱えているから、その準備もしなければならないと母さんは言っていた。

 だから、今日の撮影が終われば見送りに行くつもりだったのに……

 「まだ、空港にいると思ったから、簡単に説明だけしたんだ」

 「そう……」

 兄貴の言葉に、俺は一言そう答える。そして、そのままソファに座ると落ち着いて今の自分の状況を考え直す。

 「K2がな、お前に伝えておけって言ったんだけど……」

 「うん……」

 俯いたまま兄貴の話を聞く。今、兄貴がどういう気持ちで俺の前にいるか……そんな事を考えるのも心が痛くなってくる。

 「琉依にロンドンへ来ないかって言ってたよ」

 「えっ!?」

 兄貴の言葉に、思わず俯いていた顔を上げる。


 ここを離れて、ロンドンへ? 俺が?


 「俺もその方がいいと思う。お前はしばらくここを離れて自分の気持ちを整理した方がいいから」

 確かにそうかもしれない。さっきは咄嗟に口走ってしまったが、君を殺しそうなんて事まで言うなんて……今の俺はもうどうしようもないくらい狂ってしまっているんだ。

 今はまだ、何とか自分の状態を解ってはいるけれど、このままだと自分が何をしてしまうかわからなくなってくるに違いない。

 そうなる前に、俺は……君から離れた方がいいんだ。

 「いつロンドンへ行くかは、お前に任せるってK2は言ってたよ。もちろん、お前は大学生だ。そっちの事もちゃんと考えなければならない」

 そう、俺には君だけではなく大学や親友もいる。君から離れるって事は大学も辞めなければならないし、長く付き合ってきた親友とも別れなければならないのだ。


 「モデルの仕事は、向こうでも続けられるよう手配してくれるとは言ってたよ」

 「仕事はできるんだ……良かった」

 しかし、兄貴やK2が言う“此処を離れる”“なっちゃんと距離を置いた方がいい”と言うのは、俺に君を忘れろという意味を込めているに違いない。

 君が高月アイツと付き合っているのは、兄貴は知っているし恐らくK2も兄貴から聞いているに違いない。それなら、二人はまず君の事も考えて俺をロンドンへ行かせようとしているのだ。

 そう……ロンドンへ行くって事は、俺の君に対する歪んだ愛情や束縛したい欲望を捨てるって事なのだ。


 それでも、俺は日本ココを離れられるのか?

 今の君を守るために、俺は自分の気持ちを捨てる事が出来るのか?


 しかし……今の俺には、もうそれにすがりつくしか方法が無かった。俺がロンドンへ行けば、君も幸せになれると思うし……俺も救われる。

 「まあ、急な話だからな。お前も時間が必要だろうから、ゆっくり考えてみるといい」

 そして、兄貴は俺を連れて控え室を後にする。そして、駐車場まで向かう途中では今日の撮影は後日改めて行うという暁生さんからの伝言も聞いた。

 大切な仕事をダメにしてしまう程、俺の精神ココロは壊れているのに……兄貴はそんな俺にまだ選択肢を与えてくれている。


 日本に残るか、ロンドンへ発つか……

 君を守るか、君の傍に残るか……

 君を殺すか、俺の想いを殺すか……


 そんな事、決まっているだろ?


 「兄貴」

 「ん?」

 駐車場に着いて、車に乗ろうとした兄貴に声を掛ける。ドアを開けてそのまま俺を見ている兄貴に向かって、重く閉ざしていた口を開いた。


 「俺、ロンドンに行くよ……」


 俺が心から大切にしたいと思うたった一人の君の為に……

 俺は自分の気持ちを……消そう


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ