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魔法研究の第一人者

 クリストフ・アングラードは、この国における魔法研究の第一人者である。

 少なくともこの国でクリストフより魔法に詳しいものはいなかったし、クリストフにもその自負があった。


 もっともそれも、ほんの数時間前までの話ではあるが。


「……くそっ」


 その心境を表すが如く、音を立てて砕け散った魔法陣を眺めながら、クリストフは悪態と共に溜息を吐き出した。


 光の粒子と化していくそれを見るのは本日五度目となるが、それそのものはそれほど珍しいことではない。

 むしろ日に十も二十も見ることがあるのから考えれば、まだまだ少ない方だろう。

 だがにも関わらず、その胸中に苛立ちが募っているのは――


「ちっ……駄目だな、こりゃ。全然集中できやしねえ」


 もとより魔法に集中は不可欠であるし、クリストフのやっていることは、集中していればどうにかなるようなものでもない。

 その集中さえ出来なければ、上手くいくはずもなかった。


「本当にクソだな……」


 誰に対してか、何に対してか分からぬ悪態を吐きながら、クリストフは背もたれへと体重をかけていく。

 極度の集中によって疲労した目を揉み解しつつ、そのまま力を抜けば、自然と大きな溜息が吐き出された。


 そのまま瞼を上げれば、視界に映るのは当たり前のように見慣れた天井だ。

 かざすように右手を突き出すも、それに意味などがあるはずもない。


 だから、そこでふとそれに思い至ったのは、ただの気まぐれだ。

 或いは、最初からそれしかないということなど、とうに理解していたのかもしれないが――


「――給水」


 地面に転がっているものを適当に手に取り、呟けば、一瞬の後にその中には水が溢れた。

 その際に視界に映った魔法陣と魔法式に、舌打ちを漏らす。

 まったく。


「本当に、嫌になるぐらい完璧だな、くそっ」


 三度悪態を吐きながら、三度目の溜息を吐き出した。











 クリストフがそれに気付いたのは、魔導士として目覚めてすぐのことであった。

 より正確に言うならば、初めて魔法を使った直後と言うべきであろうか。


 クリストフが初めて使った魔法は、灯火の魔法だ。

 火の基礎とも呼ばれるそれを一年かけて再現し、使った瞬間に、何かが違う、おかしいと、そう思ったのである。


 嘘のようにも聞こえるが、本当のことだ。

 そこに誇張は一切なく……ただ、付け加えるならば、それだけでしかなかったというところだろう。

 何が違い、何故おかしいと思ったのか、その理由をまるで理解していなかったのである。


 クリストフがそれを理解出来るようになったのは、学院に入った後のことだ。

 ミレイユ・ブランシャールと、当時そう呼ばれていた少女の放った魔法を見た瞬間、クリストフは自分に足りていなかったものを理解したのである。


 ただ、それと同時に理解出来たのは、自身が求めていたのはそれではないということだ。

 結果を見てしまえば同じ。

 だがその結果に辿り着けなければ、何の意味もないのである。


 端的に結論を言ってしまうのであれば、クリストフが覚えていた違和感というのは、魔法の非効率さであった。

 或いは魔法式のと、そういうべきか。

 あまりにも無駄が多すぎるそれを、クリストフは違和感として認識していたのだ。


 勿論そうだという結論を得られるまでには相応の時間が必要であったし、実際クリストフがそれを確信したのは学院生活も後期に差し掛かった頃である。

 しかしその意味は十分にあったと言えるだろう。

 今自分達が使っている魔法には無駄がある、ということが認識できたことで、魔法には改善の余地がある、ということが分かったのだから。

 クリストフが魔法研究の第一人者と呼ばれるまでに至ったのも、元を正せばそれが理由である。


 ちなみに、ミレイユの使用している魔法が自分の求めているものとどう違うのか、ということが認識出来るようになったのもその頃だ。

 クリストフがそう思った理由は結局のところ単純であり、ミレイユの使用している魔法は、本当の意味で彼女独自の魔法でしかなかったからである。


 要するに、それは確かに効率がよかったのだが、ミレイユ以外のものが使うことは出来なかったのだ。

 故に意味はないと、そういうことである。


 ただ、それで色々と調べたからこそ今があるのも事実だ。

 特に、魔法にとって重要なのは、魔法陣ではなく、それの元となっている文字の羅列――クリストフが魔法式と名付けたそれだということが分かったのは大きい。

 魔法を改善するということは、それを改良することだということが分かったからだ。


 ――まあ、もっとも。

 それが分かったところで、実際に改良できるかは、また別の問題ではあるのだが。


 魔法式というものは、先に述べた通り、ただの文字の羅列だ。

 少なくともクリストフ達には、それ以上のものには見えない。


 要するに、それが何なのか、何を指し示すものなのかがまるで理解出来ないのである。

 好き勝手に弄ったら魔法が発動しなくなったり、暴発してしまうことが分かっても、どこをどう改良すればいいのかは分からなかったのだ。


 否、こういうべきだろうか。

 今を以って分かってはいない、と。


 だからクリストフのやり方は、完全な手探りだ。

 魔法式は詠唱によっても影響を受けるということも分かったから、多少詠唱を変えるとか、そういうことである。


 尚、魔法式を直接弄れることは知っているが、それを行なってはいない。

 その理由は単純で、かつて弄ってみた結果、あわや学院が消滅しそうになったからだ。

 それ以降、自戒を込めて弄ることはなくなったのである。

 勿論、学院どころか、国からもやめるよう言われてしまったのも、一因ではあるが。


 そんなことをしでかしておきながらも、未だに研究を続けることが出来ているどころか、こうして学院を卒業しても仕事として行なうことができているのは、多少とはいえ成果が出ているからだろう。

 使用魔力消費量の、百分の一ほどの削減。

 最も上手くいったのがそれであり、クリストフにとっては不本意極まりないのだが、上にとってはそれでも十分だったらしい。


 だがそれで満足していないクリストフは、当然その先を目指し――そんな時に見たのが、アレだった。

 アランによる、給水の魔法。


 それを見た瞬間、クリストフは確信していたのだ。

 完璧だ、と。

 自分が目指していたものそのものが、そこにはあった。


「――給水」


 あの時のことを思いだしながら、再びそれを使用してみれば、やはり完璧だという以外の感想は浮かばない。

 違和感など欠片もないし、手を加えようとしたら、それこそが無駄になるだろう。

 完璧なのだから、当然のことだ。


 これが水球の無駄を省いた結果できた魔法だということには、すぐに気が付いた。

 何故ならば、自分が最終的な目標にしていたのが、それだったからだ。


 水球は水の基礎魔法だと言われているが、クリストフの感覚からすれば、最も無駄の多い魔法である。

 大体にして、水球というのは、本来水を使用するための魔法なのだ。

 だからこその基礎であり、だがその実体は無駄だらけである。


 何故ならば、水球は基本的に大きさを変えることが出来ない。

 つまり補給する先がそれより小さければ余分な分は零れるし、逆に大きければ何度も使用しなければならないのだ。

 魔法式以前の問題として、無駄だらけなのである。


 それでも誰もそれを問題としないのは、そういうものだと思っているからだろう。

 それに、仮にもっと効率のいい魔法を作ろうとしても、その基となっているのは水球である。

 結果として、最終的な手間はさして変わらないということになってしまうのだ。

 違いがあるとすれば、詠唱するのが一度で済む、というところだが、その程度では別の魔法をわざわざ作り出す手間に見合わない、ということである。


 しかし、アランの使ったこの魔法は違った。

 使用する魔力量は、水球の百分の一程だろう。

 しかも、クリストフはこれを一度見ただけで覚えることが出来たのだ。

 それは水球の魔法式を元にしているせいでもあるだろうが、それだけ無駄を排除したからでもある。


 正直に言ってしまえば、それを見た瞬間に覚えた感情は、歓喜であった。

 自分の考えは正しかったと、完璧な形で証明されたからである。


 だが直後に湧いたのは怒りで、嫉妬だ。

 何故それを作り出したのが自分ではないのか、という。


 しかしそんなことを言ったところで、出来なかった以上はどうしようもないのだ。

 故に次に考えたことは、取り込むということである。

 まあ向こうが上である以上、むしろこっちが取り込まれることになるのかもしれないが、そこはどうでもよかった。

 結局のところ、クリストフがしたいのは魔法をより効率化することであり、その手段にこだわりなどはないのだ。


「ま、あの馬鹿のせいで随分とグダグダになったが……最終的には丸く収まったんだからよしとするか」


 結論だけを言ってしまえば、アランはクリストフの誘いに頷いてくれた。

 まあその際ミレイユに自分も来るとか言われた時にはどうしたものかと思ったものだが、抑えてくれたアランには感謝するしかない。

 それに割としっかり考えてから答えてくれたことだし、期待してもいいのだろうか。


 まあ何にせよ、全ては明日からだ。

 アランの持つ知識を吸収出来るのか、或いはこっちが使われるだけで終わるのか。

 そこは、自分次第だろう。


「……ちと分が悪そうではあるがな」


 少し話を聞いてみたものの、内容はまったく理解出来なかったのだ。

 詳しく聞いてみたところで、理解出来るようになるかは何とも言えないところだろう。


 そこら辺は、やっぱり親子だというところだろうか。

 似て欲しくないところばかりが、似るものだ。


「いや、考えてみれば、アイツに似てるとこもあったか?」


 そう考えると、本当に不思議なやつらであった。

 魔導士にとっての親なぞ、所詮は血の繋がった他人でしかない。

 似るなど有り得ないし、そもそも言ってしまえば、親子関係などというものを続けているのも不思議なのだ。

 そんなことをしても意味がないことなぞ、誰よりも知っているだろうに――


「……別に俺が気にすることじゃねえか」


 そもそも何故そんなことを考えているんだと、急に馬鹿馬鹿しくなり、ずっと握ったままであったそれを放り投げた。


 当然のように中に入っていた水が宙を舞い、周囲に散らばる。

 だがそれが地面を濡らすことはなかった。


「炎よ、集いて纏い、灰燼と化せ――炎焼陣」


 その前に、その全てが蒸発し、消滅したからだ。


 しかしその結果を前にして、クリストフは満足することはなかった。

 むしろ不満気に舌打ちを漏らし――


「ったく、何やってんだか、俺は」


 アランに対抗するように、アランの魔法で作られた水を自身の魔法で焼き尽くすなど、無駄にも程がある。

 対抗するにしても、するのはそこではないだろうに。


「くそっ……しゃーねえ。やるか」


 いつまでも腐っていたところで何がどうなるものでもない。

 今から頑張ったところで、明日には何の成果も生じてはいないだろうが……それでも、何もしないよりはマシだろう。


 そうして意識を切り替えると、クリストフは今使ったばかりの魔法陣を展開し、さてどこを弄ったものかと、悩み始めるのであった。

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