六話「見知らぬ土地」
目が覚めたとき、視界にはいったのは見慣れない天井だった。
なんだ? 何かおかしい。それに今日はなぜかうるさい目覚まし時計が鳴らない・・・。
起き上がって、まだ半開きの目を辺りに配らせる。窓際には小さな茶色い机があり、その上には赤い花が生けられている花瓶があった。窓と真逆の方向にあるドアの壁には本棚があった。本はどれも分厚く、内容も難しいものだと思う。
ただ、俺の部屋はこんな簡素な部屋ではない。他にテレビやらタンスがあり、彩られていたはずだ。
―――おかしい。
寝惚けていた脳は既に起きていた。ベッドから下りて、ドアに近づき、叫ぶ。
「親父ー! 母さーん! いたら返事してくれー。おーい!」
しかし返事は返ってこない。
空気の入ってないふうせんぐらいの不安が、どんどん膨れ上がっていき、大きなふうせんとなっていく。
実は俺は何か重い病気、もしくは現在の医学では治せないような病気とかにかかり、知らぬ間にここに隔離されているのではないか。さすがにそれはないと思うけど。
しかし、それが絶対に違うという確証はどこにもなかった。
不安と焦りを少しでも和らげるために、それとここがどこであるのかを知るためにもドアを開けて外に出る。
外は長い廊下だった。左右に道が分かれていて、ドアがいくつも並んでいた。それぞれの通路の奥には上と下に通じる階段があるようだ。
この部屋のすぐ向かいのドアの表札に「二0四」と書かれている。それを見てこの部屋のドアも確かめる。そこには「二一四」とあった。どうやらここは建物の2階らしい。
とりあえず外に出よう。右の通路の奥の階段は上にしか通じていないようだった。なので左の通路に行くしかない。左の道に行き、奥の階段を目指すべく歩く。
「おーい、そこにいる君・・・って宗谷か? 宗谷ー。おーい!」
不意に後ろから声が聞こえた。
振り向くと、そこには同じクラスの信原純一がいた。
目の前には、私が想いを寄せている彼がいた。彼は私のことをじっと見つめてくる。彼の顔がまともに見れない。もし、彼の顔を見たなら、きっと顔が赤くなってどうかしてしまうだろう。
私と彼は向き合ったまま、一言も喋らない。沈黙に耐え切れなくなった私はなんとか言葉を紡ぎだす。
「な、何よ・・・何か一言ぐらい言いなさいよ」
しかし彼は口を閉ざしたままだ。
「ちょ、ちょっと、そんなに黙って一体何を・・・」
「俺は草本の本当の気持ちが知りたいんだ」
「へ・・・?」
思わず間抜けな声を出してしまう。
その言葉の意味を理解したとき、私の顔が火傷するように熱くなった。
「な、わ、私の本当の気持ちを知りたいって・・・」
意味は大雑把に理解しているはずなのに訊き返してしまう。うう、恥ずかしい・・・。
「そのままの意味だよ。君の俺に対する想いを聞かせて欲しい」
彼は平然と言う。
その発言によってさっきの言葉の意味は確定した。高鳴る鼓動を聞きながら、緊張を解くために深呼吸をする。よし。
「え、えっと、わ、わたわたわわた、私は――」
落ち着いて話すつもりだったのにいざ喋ってみるとこれだ。自分に呆れる。けれど、私の口は止まらず
「あなたのことが、谷山宗谷のことが好き!」
言い切ってしまう。
私は嫌でも自分の顔が赤くなることがわかった。今の私はきっとトマトのような顔だろうな。
私の告白を聞いた彼――谷山宗谷はニッコリと笑顔を浮かべて
「その言葉ずっと待ってた。俺も君の事が好きだった。付き合ってください」
彼は手を差し出して頭を下げた。私はその手に自分の手を重ね合わせることも忘れ
「や・・・」
やったああああああと、叫びながら勢いよく起き上がる。
「両想いだああああ!! ・・・ってあれ?」
ようやく私は我に帰る。見たこともない部屋に私はいた。あれ?
「・・・ってなことがあって、気がついたらここにいたんだ」
「メールがきたところからは俺も大体同じだ」
ベッドにはあぐらをかいて話す純一がいた。俺は壁によりかかってその話を聞いている。
「そうか。でも、本当にここはどこなんだろうな。さっきちらっと窓から外見たけど、俺等が知っているような建物は一つもなかったぞ」
「そうなのか? 俺はそんな外見てる余裕なかったから知らないよ。余りにも不安だったから、俺は重い病気にかかって隔離されてるんじゃないかって一瞬思ったよ」
「はは、なんだそれ」
二人とも笑い出す。けどそれは長くは続かず、少しずつ笑い声は消えていき、最後には沈黙が残る。俺も純一も俯いていた。
「なぁ、いつまでもここでうじうじしてたって埒が明かない。だからさ、外行って他に誰かいないかとか、ここがどこかとか調べないか?」
沈黙を破ったのは俺だった。
「いいかもな。ただ、いきなり外に行くのはまずい。まずはこの建物を調べよう」
「なんでだ?」
「ただでさえ知らない土地だ。何か危険なことがあるかもしれないだろ。それに、俺達二人だけだと心細い。人が多いほうがいいだろう。俺たちがいたんだし、この建物にまだ人がいるかもしれない」
「それもそうだな。よし、まずはこの階を調べよう。この階が調べ終わったら上の階を調べよう」
「よし、行くか」
二人ともその先にある希望を感じつつ、立ち上がった。
「おーい、誰かいませんかー?」
私は長い廊下で叫ぶ。しかし返事はない。
「・・・誰もいないのかな」
ポツリと呟く。寂しさと不安で胸が締め付けられる。
すると、どこかで音がした。
「誰かいるんですか!?」
返事はない。けどまだ音は聞こえる。耳を研ぎ澄ませて、もう一度よく聴く。人の息の音がした。それはすぐ横のドアの先からのものみたいだ。「四〇三」と書かれたドアを開け、中にはいる。
恐る恐る前に進む。音は一歩進むごとに大きくなっていく。音のする場所――ベッドが見えた。そこにはグーと呑気にいびきをかきながら寝ている先生がいた。
「非常事態だっていうのにこの人は・・・。もう、先生、起きてください」
私は呆れながら起こそうとするが、内心はホッとしていた。先生を何度か揺らすと先生の口が開いた。
「ん〜彩か〜? あと五分でいいから寝かしておくれ」
私を先生の娘と勘違いしているようだ。
「違いますよ、先生。先生のクラスの草本です。起きてください」
先生は眠たそうなに瞼をこすりながら私を見てくる。
「ん、なんで草本がここにいるんだ。ここは俺の家だぞ。まさか、俺に惚れて家に押し込んできたか?」
「違いますよ! 気がついたら知らない土地の知らない建物にいて、先生を見つけたんです。・・・ってそんなことより大変なんです!」
起きたばかりの先生にチョップを下しつつ話を続ける。先生はチョップされた部分を手で押さえながら机の上にあるメガネを取って、かける。
「何を言ってるんだ、草本。知らない土地に知らない建物? わけわかんな・・・・・・」
先生は突然言葉を切る。するとこの部屋をキョロキョロと見回す。次に窓のカーテンを開けて外を見る。しばらくそのまま外を見続けて、先生はゆっくり振り返えり、叫ぶ。
「大変だ――! 草本、知らないところにいるぞ――!」
「だから言ったじゃん」
私は冷たく言い放つ。非常事態のわりには呑気だな、私たち。
「どうなってるんだ? ここはどこだ? 草本は何か知っているのか?」
「いや、知りません。私も気がついたらここにいたんです」
「そうなのか。一体何が起きているんだ? 昨日はおかしなことは一つもなかったし・・・。あ、寝る前に変なメールがきたな。あれと関係してるのか? いや、そんなはずはないし・・・」
先生はぶつぶつと一人でに呟く。その中に一つ引っかかる単語があった。「変なメール」のところだ。
「先生、変なメールってどんなメールだったんですか?」
「ん? そうだな、中身はよく覚えてないけど、件名に‘心得'と書かれてたはずだ。どうせ迷惑メールとかでここにいることとは関係ないと思うけどな」
「――先生にも送られてきたんですか!?」
「先生‘にも’? まさか草本も・・・・・・」
「おーい、誰かいないかー!?」
先生の言葉を遮るように廊下から声がした。
「人の声? よかった・・・他にも人、いたんだ。先生、私呼んできます」
私は走り出そうとするが、先生に肩を掴まれて止められる。
「せ、先生?」
「草本、ここは俺が行く。君はここで待ってなさい」
先生は真剣な顔で告げる。ここは見知らぬ土地だ。何が起きるかわからない。それを考えて先生はこうしたんだろう。私はそれを悟っておとなしく待つことにした。
先生は廊下に出て行く。
「おーい、ここにいるぞー!」
先生の声が聞こえる。
「誰かいるんだろー、ここにいるぞー」
「あ、いたいた。おーい!」
廊下をパタパタと駆ける音が聞こえる。
「あれ? 先生?」
「――君たち」
よくわからないけど、会話を聞く限り先生の知り合いみたいだ。
「先生、いたんですね」
「君たちこそ。とりあえず二人とも無事みたいで何よりだ」
「先生こそ。あ、他に人、いますか?」
「ああ、いるよ。そこの部屋で待ってる。君たちも来るんだ」
複数の足音がこの部屋に向かって聞こえてくる。しかしすぐに足音は消え、ドアが開く。すると人が数人が部屋に入ってくる。
「ここだ。草本、大丈夫だ。同じクラスの二人だよ」
「え?」
それを聞いて私の中で嬉しさがこみ上げてくる。
ヒョコッと先生の背中からその二人が顔を出す。
「草本なのか?」
その二人のうちの一人は信原だった。残ったもう一人は、
「草本? いたのか。無事でよかった」
谷山だった。
「信原に谷山・・・。二人とも無事でよかった」
信原は二カッと笑った。私も微笑んでいたと思う。
谷山は笑わなかったものの、心底ホッとしたようで、強張っていた顔が緩んだ。そんな彼を見ていたら、さっきの夢を思い出してしまった。
「草本、なんか顔が赤いけどどうした?」
谷山が私の顔を覗くために近づいてくる。
「へ? い、いや、なななんでもないよ。大丈夫だからそれ以上近寄らないでー!」
なんだか最後の一言は彼を傷つけるような言葉になってしまった。なにやってんのよ。私のバカ。
「・・・・・・変なやつ」
歩みを止めて首をかしげる谷山。ああ、なんでそこで止まるの。私に近づいてその顔をもっと見せ――って何考えてるの私。第一、それ以上近寄らないでって言ったの私だし・・・。頭の中がぐちゃぐちゃに――。
そんな私たち(というか私だけ?)を見てる信原はニヤニヤしている。
「お二人さん、仲いいねえ。でも、いちゃいちゃするのは後でにしてくれよー」
『いちゃいちゃなんかしてない!』
私と谷山は同時に叫んだ。
すると突然、後ろから手を叩く音が聞こえた。私達は驚いてその音の方向を向く。
「君たち、再会の挨拶はそろそろいいかい? まだでも、今は時間がもったいないから後出にしてくれ。それよりも今は、なぜこんな状況に陥ってるかどうかを確認しなくちゃいけない」
―――そうだ。今の私たちは無人島に放り出されたような状況だったんだ。二人との再会が嬉しくてすっかり忘れてた。いや、忘れようとしていたのかもしれない。
「先生の言うとおりだな。今は自分たちの状況を確認するのが先だ」
「なあ、先生。今から外に出ましょう。他にも人がいるかもしれない」
「それはダメだ。さっき時間を確認したんだが、もう五時を回っている。今から外に出たらきっと暗くなってしまう。それにただでさえ知らない土地だ。何があるかわからない」
「そうかもしれないですけど、ならどうするんですか?」
「まず、昨夜寝る前に起きたことを一人一人話していこう。少し気になることがある」
先生はメガネを自慢げにクイッとあげた。
「・・・・・・んで気がついたらここにいたってわけです」
俺も話し終え、これで四人とも話し終えた。
「ふむ、四人とも特におかしなことはなかったか。ただ、四人とも寝る前に変なメールが送られてきたのか・・・」
「でもこれ、一斉に送信したただの悪戯メール、もしくは迷惑メールの可能性が高いんですよね。ただ、この二つが違ったら・・・」
俺たちはその事実を認めざるをえなくなる――と純一は言い捨てる。
四人とも、ただ昨日のことを話していただけならば「四人に変なメールがきた」というだけで終わるだろう。けど、草本が打ち明けた「見つかった失踪者の証言」を聞くと、ただごとではなくなってしまう。
草本のお兄さんが警察官っていうことにも驚いたけど、そのお兄さんが失踪事件の担当で、失踪者から話を聞いていたことにはもっと驚いた。
そのお兄さんが訊きだした失踪者の証言。そして今の俺たちの状況。この二つは余りにも似すぎていた。これが、似ているだけではなく、その通りだとしたら。
「――私たち、失踪事件に巻き込まれたってことだよね・・・」
草本は俯いたまま呟いた。その一言が重い沈黙を作ってしまう。
窓際にいる純一はカーテンを開けて外をぼんやりと見ていた。
「・・・俺達、これからどうなる――ん?」
その純一が何かに反応する。どうしたと俺を含めた三人は窓に寄り、純一が見ている何かを見る。
「ほら、あれ。何か光ってる」
ガラスの向こうに石で造られたいくつもの建物が連なり、そのうちの一つから光が漏れている。それは、明かりがついてることを表し、更にそれは、人がいることを示している―――。
「人だ・・・あそこに人がいる――」
俺を含めたみんなが目を丸くする。それと同時に「人がいる」という事実に安心感を得、歓喜する。
「よかった・・・。他にも人、いたんだ」
「マジか・・・先生、宗谷、草本! 急いであそこに――」
「いや、待て。あそこには俺一人で行く」
急ぐ純一を先生が止める。
「な、せ、先生。なんで―――」
「あそこにいる人物が絶対に話が通じるやつって確証はあるか。それにここはただでさえ知らぬ場所だ。それに加えて外は暗い。何が起こるかわからないし、君たちに――私の生徒に何かあったら俺は先生失格だからな」
先生はこのとき先生の顔をしていた。
「それでも―――!」
「これは命令だ。先生という立場だけでなく、人生の先輩としての立場からも言わせて貰おう。いいか。君たちはおとなしくここで待ってなさい」
「―――!」
純一は悔しそうに唇をかみ締める。
「あのなあ、行くといってもあそこにずっといるわけじゃないんだから。すぐ戻ってくるさ。どんなに遅くても明日の朝には戻るから。俺は大丈夫。心配するな。というかな、この会話の流れだと俺が生きて戻ってこないような感じだからやめとけ」
先生は俺達をなだめるだけでなく、場を和らげる。ただ、そんな不吉なことを言うと逆に不安になるのだが・・・。
先生は「じゃあ言ってくる」と言い残してさっさと部屋を出て行った。それは見方によっては逃げたようにも見えなくはないが、俺たち三人に心配かけたくない、早く行って早く戻って安心させようという気持ちのほうが強かったと思われる。
草本と純一は俯いたまま複雑な顔をしている。俺もきっと二人と同じような顔をしているんだろう。様々なことが頭の中で渦を巻いているが、その中で一番強かったのは不安だ。先生はさっき大丈夫だ、と言っていたがそれでもやはり不安なものは不安だ。
先生の向かう先―――窓の先にある、闇に包まれた街を見る。その闇はどこまでも続いてるようで、その無限の闇の中から何かに見られている気がした。
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