四話「白紙の本」
「なぁ、宗谷。お前に頼みがある」
手を合わせながら和也は言う。
「お前が頼みごととは珍しいな。なんだ、一体」
「実はな・・・」
「放課後図書委員の仕事で残らなければいけないんだけどお前、頼めるか?」と和也は続ける。
「頼みはわかった。けど、なんでだ?」
「いや、それがさー今日仕事あるのすっかり忘れてて、友達と遊ぶ約束しちまったんだよ。今からじゃ断りにくくて・・・。な、頼むよ」
「いや、それって自業自得だろ。頼むよ、って言われたって仕事とかわかんないし・・・。残念だが、代わりはやらん」
「今度チーズバーガーセット奢るから頼む!」
「テリヤキバーガーだ」
「て、テリヤキ・・・少し高いが・・・くそ、わかったよ。今度それ奢るから頼む!」
「よし、ならいいだろう」
思わぬところで奢りの約束がゲットできたので少し嬉しくなる。
けどすぐに我に返って、聞く。
「そういや、さっきも言ったけど仕事、何すればいいかわかんないだけど、何をすればいいんだ?」
「ああ、それについてはもう一人の図書委員の子が知っているからそいつに聞いて」
彼はいたって真面目な顔で答えた。
「やばい、すっかり忘れてたー!」
廊下を全力で駆ける。
帰りのHRが終わって、いつも通り帰ろうとしたら、和也が「じゃあ放課後頼むぜ」って話かけられて思い出した。下駄箱は図書室とは正反対のところにあるから少し距離がある。
図書室と書かれたプレートが目に入り、その部屋に飛び込む。
「遅れたー! もう一人の図書委員さんよ、ごめん!」
頭を下げて全力で謝罪する。
次の瞬間、先にここにいたもう一人の図書委員さんが怒鳴る。
「遅い、菊池! きちんと時間を守れー・・・ってあれ? 谷山?」
・・・はずだったんだが、それは途中で止まる。
「ひぃぃ・・・すいませ・・・って草本?」
そのもう一人の図書委員は草本だった。
「・・・んで。なんでこんなことになってんだ?」
「それは私が聞きたいわよ」
俺と草本は図書室のカウンターに座りながら言う。
俺が和也から聞いた話じゃ、もう一人の図書委員は別のクラスの華奈魅という、去年同じクラスだった女子のはずだった。それなのに、図書室にいたのは草本で、たいへん困惑した。
彼女も、和也が来ると聞かされていたようで、俺が来たときは大層驚いてたようだ。
なんでも、彼女も俺と同じように友達の代役として来ているとのこと。
「まったく、いつもなら山村先生が放課後やってるのになんで今日に限って・・・」
「あれ? 山村先生どうかしたの?」
「谷山・・・まさか何も知らないの?
「うんまあ。和也のやつ、俺に何一つ教えてくれなくてさ」
ハハハ、と笑って誤魔化す。
草本はため息をついてから話し始める。
「まったく菊池ったら・・・山村先生、今日は出張なんだって。それで今日出張ってことは前から決まっていたことだから二年生から男女各一名ずつ、山村先生の代わりをすることになって、じゃんけんで代表決めたらしいの。じゃんけんの結果負けた二人が菊池と梨恵ってわけね。けど二人は揃いも揃って用事。それでなぜか私たちがやるはめになったってわけ」
「・・・そういやあいつ、前にじゃんけん負けたーとか騒いでたな」
そう言うなり、カウンターにぐったりと倒れる。
「てか、誰も来ないじゃん。放課後に本借りる人っているのか?」
「毎日じゃないけどいるらしいよ。それに私も一度放課後借りたことあるし」
へぇー、そうなんだーとカウンターの上でうなだれながらいかにもやる気なさげで言う。
そうやっていると、ある案が思いついた。
「なぁ、人も来ないし、先に出来る仕事やらねーか?」
「あ、それいいね」
「今出来そうな仕事、何かある?」
「うーん・・・本の整理とか?」
「よし、じゃあそれやろう」
「そーだね。じゃあ私はそこからそこまでやるから残りは頼める?」
彼女は指を指してテキパキと指示を出す。
「おう、任せとけ」と言って指示された場所へ歩いていった。
「うーん、ほんの整理整頓って意外と大変なんだな」
一人でぶつぶつ喋りながら手に持っている本を本棚に並べる。
大変と言いつつも、もうほとんど終わっていて、残りはここだけだった。
「あー、これも場所ちが・・・ん?」
手に取ったのは一冊の分厚い本だった。見た目は緑一色でいかにも一昔前の本みたいな感じだった。なんだか図鑑にも見える。
その本のタイトルを見てみるとこう書かれていた。
「おかしな世界の終わらぬ悲劇」
なんだ、これ・・・?
ただの一冊の本なのに、なぜだか妙に気になった。
そっと本を開く。すると一つの文章が目に入った。
『「ああ、もう一度貴方に会いたい」
と夜の王女は嘆きました。
「ああ、もう一度君に会いたい」
と昼の王は嘆きました。
夜の国は平和でした。
昼の国も平和でした。
けれどその平和は突然破れました。
「ここは危険です。今すぐ逃げてください」
と王の家臣は言いました。
「この世界はいつまでも平和です。ゆっくりと玉座に座っていてください」
と王女の家臣は言いました。
これが、全ての悲劇の始まりでした。』
それはこう書かれていた。
「・・・・・・えっと」
さっぱりわからない。個々の意味はわかるが、これを一つの文章として考えるとわけがわからなくなる。
けど、なんだか面白そうだったので次のページをめくろうとする。
「谷山〜、本読んでサボってる暇なんてあるの〜?」
すると後ろから超低音の草本ボイスが聞こえてくる。
冷や汗をたらしながらゆっくりと後ろを向く。
「・・・えっと、これはですね、本の内容がいかがわしいものじゃないかとチェックしておりまして。てかあなたこそ仕事は?」
「そんな仕事初耳だけど? それに仕事はもう終わった・・・ったく、目を離すとすぐサボるんだから」
「いや、この棚で最後だし。本の内容が・・・」
「はいはい。わかったから早く終わらせてよねーってあれ? その本って・・・」
「この本がどうかしたのか?」
「いや、前に読んだことある本だなーって」
「へぇー。これ面白かった?」
「うーん・・・面白かったって言えば面白かったけど、それ後半からページが白紙になってるの。面白い作品だけにもったいないというか残念というか・・・。とりあえずその本は読まないほうがいいと思うよ」
「ふーん・・・つーかお前もこういう本読むんだな。なんか意外」
「・・・それどういう意味・・・あ」
そういうことか、と彼女は手のひらをポンと叩く。
「私にはこんな女の子らしい趣味なんて似合わないと思ってるんでしょ? まあ、そう思うのも当然だよね。性格もこんなんだし、男勝りなところもあるし。私にだって読書っていう女の子らしい趣味があるんだよ」
「・・・何言ってんだお前? 男にも読書が趣味ってやつはたくさんいるぞ? 俺が言ってるのは、草本もこういうファンタジーもの読むんだなーって。女の子ってファンタジーものより恋愛物とかをよく読んでると思ってたから・・・」
「・・・え? あれ? あれれ?」
「それに、お前自分自身で言ってたけどさ、別にそこまで男勝りでもないぞ。ただ単に強気のちゃんとした女の子だろう? こいつやっぱ女の子だなー、って思ったことは何度かあるけど、草本って男っぽいなー、なんてことは一度も思ったことないし・・・」
「な・・・な・・・」
なぜだか草本の顔が赤くなる。俺なんかそんな赤くなるようなこと言ったか?
「ったく、変なこと言わせやがって。時間も時間だしこの本片付けてかえ・・・」
「そ、そんな・・・何変なこと言ってるのよー!」
言葉を全部発する前に、草本の本の角チョップが飛んでくる。
「ちょ、角はやば・・・やめ――!?」
次の瞬間、頭に本の角が突き刺さり、衝撃で脳が揺さぶられる。
草本も我にかえったらしく、慌てて俺に近づく。
薄れ行く意識の中で「だ、大丈夫!?」と叫ぶ草本が見えた。それを最後に、俺の意識は途絶えた。
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