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二話「草本美奈」
 どこかでジリリリ、と音が鳴った。深い意識の底から引っ張り出され、起きる。

「ん・・・」

 片手で目をこすりながら目覚まし時計を止める。
 眠いなぁ・・・。二度寝したい。私はそんなことを思いながら時計を見る。七時半だった。

「七時半かぁ・・・。ならもう一度・・・寝られ・・・る・・・」

 そうしてまた意識の底に落とされそうになるのだが、なんだか妙な違和感を覚えた。
 七時半・・・何かおかしい・・? ん? 七時? 七時半? 六時半じゃなくて・・?
 そうして気づく。この違和感の正体に。

「し、七時!? ち、遅刻だぁぁぁああああ!」

 その一言でまだ寝ている全ての細胞が目覚めたと思う。
 いつもなら制服に着替えてから下に降りるのだが、緊急事態のため、パジャマ姿のまま一階のリビングへ向かう。

「お、おはよう、美奈。朝っぱらからうるさ・・・」
「ちょっと、お兄ちゃんなんでそんな呑気に新聞読んでるの!? 遅刻だよ、遅刻! 朝練で梨恵とペア組んで一緒に練習しよって昨日約束してたのにー! 急がなくちゃ!」
「お、おい美奈。今は・・・」

 お兄ちゃんが何か言っているが、そんなのを聞いてる暇は無い。

「朝食食べないと! ・・・って朝食が作られてない!? まさかお母さんも寝坊!? う、うわあああ!!」

 大変だああ、と頭を抱える。

「美奈!」

 急にお兄ちゃんの声が強くなり、反射的にひるむ。

「な、何・・・お兄ちゃん・・・?」
「美奈、まずは落ち着け。深呼吸だ深呼吸。落ち着いたら、しっかりと時計を見るんだ。いいな?」
「う、うん・・・」

 そう言って、言われたとおりに深呼吸する。・・・うん、大分落ち着いた。
 次に時計を見る。なんでお兄ちゃんはこんな非常時に落ち着い・・・て・・・。

「・・・・・・えっと六時半? あれ? あれれ?」

 わけがわからない。頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされる。
 そんな私を見かねて、お兄ちゃんはため息をついて、言う。

「はあ・・・わかったか、美奈。今は七時半じゃない。それより1時間早い六時半だ。遅刻じゃない。お前の単なる勘違いだ」

 そう言われて、私が勘違いをしていたことを知る。同時に遅刻ではなかったという安心感、そして勝手に勘違いしてひどく取り乱したことへの恥ずかしさが込み上げてくる。顔がカァァーと熱くなる。

「え、あ、勘違いじゃなくて、その・・・この時計が一時間遅れてるんだよきっと」

 もしそうなら遅刻しているのだが、あまりの恥ずかしさにそんな言い訳をしてしまう。

「俺の腕時計も六時半だけど? なんならテレビ点けてニュースとかで時間確かめるか?」

 お兄ちゃんはニヤニヤしながら言う。

「え、えっと・・・。た、たまには私が朝食作るよ」

 こんな感じで、私、草本美奈くさもと みなの一日は始まった。



 朝練終了のチャイムがなった。
 いつもはこの時間帯に学校に来ているのだが、昨日は少し早く行きすぎてしまった。家に居ても暇だし、たまには早く行くのもいいかな、とか思ったのが間違いだった。早めに学校に行った俺を待っていたのは和弥の追いかけっこというハードなものだったからだ。
 そんな風に昨日の出来事を思い出しながら教室に入る。

「お、宗谷。おはよう」
「ん、和弥か。おはよう」
「なんだよ、昨日はいつもより早く来ていたのに今日はいつもと同じかよー」
「早く行くのもたまにはいいかなーって一度は思ったんだけどな。お前のせいでその気持ちがぶち壊れたよ」
「え、俺のせい?」
「うん」

「ひどいやあああ」と泣き叫びながら(もちろん嘘泣きだが)、廊下に飛び出して、そのまま消えていく。おそらく廊下を走っているのだろう。ダダダーって音が聞こえるし。
 次にあいつが教室に入ってくるときは先生と一緒に並んで入ってくるな、きっと。
 そんなことを考えると、和弥が出て行ったドアから草本が入ってくる。なんか、ものすごく疲れているように見える。

「お、おはよう、草本・・・」
「・・・うん? あ、おはよう、谷山」

 

 気がつくと、私は教室に入っていて、谷山に挨拶を返していた。

「な、なあ草本。お前、なんか疲れてる?」
「うん、疲れてるよー・・・」

 そう言って席に着き、それと同時に机にぐったりと倒れる。
 谷山の言うとおり、今日は本当にやばいほど疲れてる・・・。
 谷山は「そう・・・」と言って座り直す。けど、こちらを何度かちらっと見てくる。まあ、いつも元気な私がこんなんじゃ驚くよね・・・。

「ねぇ、谷山」
「ん、何?」

 疲れて声も出すのに辛いのに、なぜか自然と口から言葉がこぼれる。

「早起きは三文の徳ってなにかと言うじゃん? そんなのは嘘だよ。信じないほうがいいよ。待ってるのは三文の徳じゃなくて三文の疲労だからね・・。うふふふふ」
「草本、口調がなんかおかしいし、怖い。ホラー映画じゃないんだから」

 私と話している彼の名前は、谷山宗谷たにやま そうや。菊池みたいにワックスなどをつけたり、髪を染めたりなどは一切していなくて、自分を着飾っていない。そんな普通の高校男児なのだが、顔は結構キリッとしていてかっこいい。性格は、時々悪ノリすることがあったり、時々意地悪なとこもあるが、それがあまり目立たないぐらい心優しい。
 私はそんな彼が好きだったりする。



 下校の時間を知らせるチャイムがなった。
 私たちは二人並んで校門を出る。

「梨恵、今日はまともに朝練できなくてごめん!」

 手を合わせて梨恵に謝る。

「別にもういいって言ってるじゃん。私がちゃんと練習できなかっただけだし」

 彼女は意地悪そうにニヤニヤする。

「だって・・・仕方ないじゃん。私が勘違いして早く起きちゃって、朝食作って食べたとこまではよかったけど、時間はまだあるからってもう一度寝たら朝練が始まる時間に起きて・・・」

 梨恵に、というより一人で勝手に愚痴っているような感じだった。

「美奈、それ部活で何度も聞いたよ? 別にいいって言ってるじゃん。私が練習できなかっただけだし」
「うう・・・梨恵の意地悪。さっきから同じことばっかり言って私を苛めて・・・」

 あははは、と彼女は笑う。

 朝練で一緒に練習しよう、と約束していた彼女の名前は華奈魅梨恵かなみ りえ。肩まである髪はうすい茶色をしている。けどこれは染めたわけではなく、生まれつきだとか。そんな彼女は明るくて優しくて、おまけに可愛くて、男女問わず人気者である。

「ねぇ、そんなに許してほしい?」

 彼女は唐突に言う。

「許してくれるの!?」
「ただじゃないけどね」

 彼女は少し間を空けてから

「私、図書委員で、明日本当はそれの仕事で放課後残らなきゃいけなかったんだけど、実は明日ちょっと用事が出来ちゃって無理なんだ。だからさ、私の代役として残ってくれると嬉しいんだけど・・・頼める?」

 と言う。

「明日は特に用事ないし・・・。うん、引き受けるよ」
「本当!? ありがとう、美奈。仕事の内容とかは紙に書いて明日渡すよ」
「わかった。私にドーンと任せなさい。あ、あとこれで今日のことはチャラにね」
「うん。もう美奈本人にはいじめないよ。話のネタとしては使わせてもらうけど」
「な、な・・・」

 そんなのあり・・・? 梨恵はニヤニヤと笑っている。

「うう、そんなの卑怯だー!」
「ふふ、でも嘘はついてないよ?」
「そうだけどそうだけどー!」
「あはは」

 私は梨恵と別れるまでこんな感じでずっといじられ続けながら帰宅した。

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