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一話「谷山宗谷」
 どこからか音が聞こえる。ジリリリ、と何度も何度も。・・・もう少し寝たいなあ。昨日は遅くまで友達とメールしてたから眠いんだ。それにこのやかましい音、もう何十何百と聞いた。いい加減飽きてきた。
 そんなことを考えながら目覚まし時計に手のひらを叩きつける。いつものようにバシンと軽快な音が部屋に響き渡る。

「7時・・・5分、か」

 そう呟いてから、ベッドから下りる。そしていつものように洗面所に向かい、顔を洗う。それを終えて、部屋に戻る。中学生のときに着ていた制服よりも一回り大きいワイシャツを取り出し、着る。本来ならネクタイを締めなければならないが、今学校ではクールビズという大変ありがたい政策をとってくれている。
 起きてからやることを一通り終え、一階のリビングへ向かう。

「あら、おはよう。ご飯は出来てるから先食べちゃいなさい」
「はいはい、言われなくてもわかってるって。いただきます」

 テーブルのイスに座り、その上に並べてある朝食を食べだす。

「あ、母さん。テレビ点けてくれる?」

 はいはいちょっと待ってね、と言いながらテレビのリモコンを取り、テレビを点ける。すると、マイクを持ったスーツ姿の男のアナウンサーが映る。彼は淡々と喋る。

「・・・あれから五年が経ちました。いまだに失踪者は一人として見つかっておらず・・・」

 画面の左上に生々しい文字で「あれから5年。失踪者は今!? そして真実はどこに!?」と書かれている。

「そうか、あれからもう五年か」
「そういえばあったわね、そんな事件。まだ一人も見つかってないのよね? 失踪した人達はどこで何をしてるんでしょうね?」

 母さんは他人事のように言う。

「そうそう、この事件が起きたとき宗谷はまだ中学一年だったのよね? それが今は高校二年生。月日が流れるのは早いわねぇ」
「母さん、同じようなこと俺言ったから」
「それにしても来年は三年生で受験なのよねぇ。こんなんで大丈夫なのかしら。今の高校に入るときも・・・」
「それは言わなくていい!」

 俺の言葉を無視した挙句、俺の知られたくない過去まで話そうとする。
 ・・・高校受験のとき、「時間はまだたっぷりあるし大丈夫」とか言ってまったく勉強しなかった。けど周りが本気になってきて、さすがにやばいと思い、勉強を始めたのだが、思いのほか、一、二年生の授業内容をほとんど覚えていなくて、一からやり直したら、目前まで受験が迫ってきていて、死に物狂いで勉強し、なんとか今の高校に入ったのだ。我ながら恥ずかしい話である。

「・・・っと。そろそろ時間か。ごちそうさま」

 立ち上がって玄関へと向かう。靴を履き、そばに置いてあるカバンを取る。
 そして玄関の扉を開けながら言う。

「いってきまーす」
「いってらっしゃーい、気をつけてねー」

 母さんの声を背に、俺は太陽の光で輝くアスファルトの上を歩いていく。



「部活、みんな頑張ってるなあ」

 教室の窓から校庭を見ながら言う。
 部活は、高校になっても続けよう。そう思ってた。実際、入部だってした。でも、先輩たち、それどころか同学年のみんなとも、俺は実力の差がありすぎた。もしまだ部活を続けていたら俺はお荷物部員と呼ばれていただろう。それぐらい差があった。
 まだ始めたばかりだし、これから伸びていくことも理解できていた。けれどやる気が起きなくなった。実力を上げるにはどうしてもやる気が必要だ。やる気がなくなった俺は実力が上がらない。だから辞めた。
 でも部活がないから学校がつまんないってわけじゃない。むしろもの凄く楽しい。だから、別に気にしなくてもいいだろう。

「おい宗谷! 一丁前に外見てもの思いにふけってんのかあ!?」

 後ろから目覚まし時計と同じくらいやかましい声が聞こえてきた。

「お前がもの思いにふけるとか・・・なんかキャラに合ってないぞ」
「それ以前に俺のキャラ何よ?」

 振り向かず、外を見たまま言う。

「えっとー・・・ツッコミキャラ?」
「・・・そうかもな。いつもいつもお前にツッコミ入れてるもんな。大変だぜ、まったく」
「・・・それはどういう意味でございますか、宗谷君?」
「お前が壮絶なボケキャラってことかな」

 んだとー、と怒りむき出しで襲ってくる友をひらりとかわす。

「ふふふ・・・まだまだ甘いな、和弥」

 チッチッチと右手を突き出して人差し指を横に振る。

「ふーざーけーんーなー!」

 俺が和弥と呼んだこの男の名前は菊池和弥きくち かずや。短い髪にワックス付けて、髪をツンツンにしている。認めたくないけど、それがとても似合っている。顔は結構男前でキリッとしてる。多分、イケメンの部類に入るのだと思う。それととにかくノリがいい。

 ある程度逃げ続けていると、チャイムが鳴った。朝練終了のチャイムだ。
 後ろを振り返る。誰もいない。・・・きっと教室で待ち構えているのであろう。
 ゆっくりと歩きながら教室へ向かう。

「はん、ここで会ったが百年目! 先ほどの恨み晴らすべからずー!」
「わかったわかった。わかったから黙れ。もうすぐ先生来るぞ」
「そんなことはどうでもいい! 宗谷、お前の命いただ・・・」

 突然、和弥が顔から倒れる。ガン、と鈍い音がした。頭から煙が出ている。・・・きっとかなり痛いだろうな。

「うるさい! 他のクラスメイトの迷惑になっていることも考えなさい!」
「はあ・・・助かったよ、草本。センキューな」

 ため息をつきながら、和弥の後ろから現れた少女に礼を言う。

「まったく、あなた達二人はいつもこうね。もうちょっとおとなしくしてられない?」
「俺はおとなしくしてるぞ」
「嘘言うな」

 即答されて少しへこむ。

 草本と呼んだ彼女の名前は、草本美奈くさもと みな。髪はロングヘアーで、腰まではいかないが肩には余裕で届いてる。運動部に所属しているせいか、肌が少し焼けている。けれど髪が黒髪せいか、それはあまり目立たない。・・・彼女は分類するならきっと可愛い部類に入るだろう。
 俺はそんな彼女と席が隣で、よく話している。だから結構仲が良かったりする。
 ガラッという音が聞こえると同時にドアが開く。先生が入って来た。

「はい、みんな席つけー。なんか教壇の前で和弥が倒れているが、こいつは無視してHR始めるぞー」
「・・・ってちょっとー! 無視しないでくださいよ」

 教室にドッと笑いが起こる。

「あいつ、顔から倒れこんだのに元気だなー」
「本当・・・あのチョップがまったく効いてないように感じるよ・・・」

 そんな会話を繰り広げながら一日は過ぎていく。



「ただいまー」

 と言いながら玄関のドアを開ける。
 家に入って靴を脱ぎ、リビングへ行く。

「おお、宗谷。おかえり」
「あれ、親父? 帰り早いね」
「北海道に出張する前日に今日帰るって言ったじゃないか」
「いや、それは知ってる。俺が言ってるのは今日の夜遅くに帰ってくるんじゃなかったのかって」
「おいおい、今日の昼ごろに帰るって前日に一緒に言ったぞ。・・・ついに父さんも息子に存在を忘れられてきたか・・・」

 親父の顔が曇る。

「いや、そんなんじゃないって。ほら、学校の疲れが溜まってて、それでうっかり忘れちゃって・・・。いや、実は言うと普通に忘れてたが・・・」

 最後の一言は小声で言った。親父には聞こえていなかったようでほっとする。

「まあ、そんな冗談はおいといて、学校はどうだ、宗谷」
「ん、普通だけど」
「何か変わったことはなかったのか? 例えば、体育祭があったとか、新聞に載るような事件があったとか、彼女が出来たとか、彼女が出来たとか・・・」
「・・・あんたがどんな回答を期待してるのかは知らないが、あんたの望んでいる回答はないからな? 期待の眼差しで見られたって、回答はないぜ」
「なんだ・・・期待してたのに。父さんがっかりだよ」

 俺は親父にがっかりだ。帰ってきて早々こんな話をされてもな。でも、彼女ができない自分自身にもがっかりだ・・・。考えると悲しくなってくる。下手すりゃ涙まで出るかも。
 その気持ちを紛らわすためにもテレビを点ける。

「・・・時二十一分ごろ、埼玉県の秩父山地で五年前の失踪者が一人見つかりました」

 画面が映ると、ニュースキャスターの声が聞こえた。
 ニュースを聞いて目を丸くする。親父も新聞からこちらに視線を移す。

「ほぉー、ついに見つかったか。長かったなぁ。五年もの間何してたんだ? まさか、秩父山地で五年間遭難してたとか?」
「親父、いくらなんでもそりゃないよ。もしそうだとしても、他の人達はどうなる? まさか揃いも揃って秩父山地で遭難ってわけじゃあるまいし」
「冗談だよ冗談。それにしても本当に何してたんだろうな。三百人のうち一人だけ違う場所にいるっていうのは変だし。まず、本当に五年前の失踪者なのか?」
「それは・・・」
「ただいま。・・・ってあら? あなた帰ってきてたの? 今日帰ってくるのは覚えていたけど夜遅くと思ってた」

 母さんはリビングに入ってくるなり、そんなことを言う。

「・・・おい、母子そろって同じことを忘れるとはどういうことだ? まさか、俺本当に存在忘れられてきてるんじゃ・・・」
「やーね、ただの偶然よ」
「そーだよ、気にすることないって」

 母さんは頬に手を当て、もう片方の手を縦に振りながら笑う。
 俺は手を横に振りながら母さんと同じように笑う。二人とも、少しだけど苦笑いだった。

「それより宗谷。あなた勉強しなくていいの? いつもなら自分の部屋で勉強してる時間でしょ」

 落ち込んでいる親父をほっといて母さんは言う。

「そういえばそうだな。ニュースにすっかり夢中になってた。じゃあ俺は二階に行くよ。あの事件に進展があったら呼んでくれ」
「おい宗谷、ニュースにじゃなくて父さんと話しててだろ? 一家の大黒柱を無視するとは何事だーっ!」

 親父の言うことは聞き流して、廊下に出て階段を昇る。
 その際、少しだけどテレビの音が聞こえた。

「保護された男性は現在埼玉県の病院に収容されたとのことです。現在被害者は錯乱中で取り調べはできない状態ですが、今後、被害者の証言がこの事件の大きな鍵となりそうです」

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