二十一話「一時の休息」
「はあー・・・」
俺は思わずため息をついてしまう。こうなることはわかっていたけど、それでも期待はしてしまう。
俺、谷山宗谷がこの建物で目を覚ましてから三日。今はここで華奈魅や御風さんたちともに日々を過ごしていた。あの元いた建物で起こった惨劇の後、こんなにゆっくり休めたのは、心を癒せたのは彼女達のお陰だ。本当に心から感謝している。
そんな俺がため息をついている理由は、目の前にいる少女、嶋田春菜が原因だった。セミロングで濃い茶色の髪をしていて、透き通るような瞳、整った顔立ち――彼女は雑誌でモデルをやっていてもおかしくないほど可愛かった。だが、その顔からは生気が感じられなかった。そう、彼女は華奈魅が話してくれた、「狂ってしまった男の恋人」だった。二人はとても仲がよかったらしく、卒業したら結婚するかもしれない、と嶋田さんの恋人は話していたと御風さんから聞いた。
その彼が亡くなってしまったからか、彼女は今の今までこの状態なのであった。自分も彼女と同じような経験をして、同じような境遇になったことがある。だからわかるんだ。そばに人がいるだけで、少しでも人とつながっているだけで心境は断然変わるって事を。だから、お節介かもしれないけど、彼女には元気を取り戻して欲しいんだ。
それで、彼女には会うたびに話しかけてコミュニケーションを計ろうと考えているんだけど、いかんせん返事が全く返ってこない! 今も話しかけたんだけど、無反応。こうなることはわかっていたとはいえ、これはため息が出ても仕方ないと思うんだ。
とりあえず、もう彼女に話しかけることはやめておこう。あまりしつこいと逆に嫌われるし。しでに嫌われてるかもしれないけど・・・。
食堂から出ると二階に上がって自分の部屋へと向かう。
「はあ・・・どうすれば心を開いてくれるかな・・・」
ベッドに横たわりながらそんなことを呟く。独り言なのはわかっているのに、こうやって口に出すのもなんか寂しい。
「・・・気分転換にシャワー浴びてくるか」
ベッドから起きて部屋を出ると、そのままシャワー室に向かった。
今まで説明していなかったが、この世界には元の世界と同じようなものが多くある。ゲーム機やテレビは流石にないけど、ガスコンロだったり、シャワーや風呂だったり、洋服だったりと、水道・電気・ガスなど生活に使うようなものはほぼ揃っていた(ただし、電機についてはどこも供給されてないので電気機器は使えない)。今はこの世界で見つけた洋服を着ているが、この世界に来た際に着ていたワイシャツや学校の制服などは、前にいた建物に置いてきた。血だらけの服を着続けるわけにはいかないからな。
一階の食堂から二室ほど離れたところにあるシャワー室の前に着く。
「さて、体の汗を流そ―――!?」
そのドアを開けた瞬間にそれは視界に入ってきた。濡れたせいでいつもより色っぽく感じる髪の毛に肌。男の俺に話ない、二つの大きな山。驚いてこちらを見る彼女の顔。
そう、ドアを開けた先には、華奈魅の風呂上り直後の華奈魅、つまり裸の華奈魅がいて・・・。
これが小説や漫画の主人公の特権。ヒロインの裸をアクシデントや事故で見ることができる権利。ああ、今俺、すごく主人公してる・・・!
ただ、この展開にはある代償がある。それは…。
「き、きゃああああああああああああ!!」
このように悲鳴を上げられるってことね。この後大抵誰かが来て、「お前、ふざけるなーっ!」とか言われて殴られるんだ。俺も御風さんに殴られるのかな?
ただ、でも今はそんなことを考えるよりも先に。
「し、ししし失礼しましたー!」
謝っておくことが先決だろう。俺はその勢いのままドアを閉めて部屋から撤退する。だけど部屋を出て廊下を曲がろうとすると、誰かと激突した。バランスを崩して尻餅をついてしまう。
「痛てて・・・悪い、大丈夫・・・か・・・」
謝罪の言葉を並べようとしたが、相手の顔を見て一気に血の気が引いた。なんでこう、タイミングが悪いときに会うのだろうか。激突した相手は嶋田さんだった。
「あんた・・・最低ね」
彼女も結構な衝撃を受けたはずなのに、立っているところから微塵も動かず、上からこちらを睨んでくる。その目には怒りも、哀れみも、何もない無表情な冷たい目だった。
俺完全に嫌われたな・・・。いや、嫌われたという表現では物足りないかもしれない。
残念ながら客観的に見ると彼女の言葉はその通りであって、俺は何も言い返せなかった。
嶋田さんは無言で俺から離れていった。彼女が見えなくなるまで待ってから、俯きながら食堂へと重い足取りで向かう。心の中では黒い海が漂ってるぜ、へへ。
食堂に着くと無言で適当な椅子に座って深いため息をついた。
「そんな今にも死にそうな顔して・・・どうかしたのか?」
食堂に入ってきた御風さんが話しかけてくる。
「まあ、ちょっとありまして・・・」
「ちょっとって?」
「シークレット情報です」
「なんだよ、つまんねーな」
御風さんはいい人だ。こうやってふざけて話してはいるけれど、多分俺のことを気遣ってくれているはずだから。
「あ、それよりも宗谷」
「はい。なんですか?」
「理恵ちゃんの裸どうだった・・・? 胸の大き・・・ぶっ!?」
御風さんを少しでもいい人だと思った俺が馬鹿だった。この人はただの・・・思春期真っ盛りな見た目大人な人だ。そんな人には体裁が必要だ。ということで殴っておいた。一応加減はして。
吹き飛んだ御風さんに呆れを感じつつ俺は自分の部屋へと戻った。
「ん・・・」
どこからか音が聞こえた気がした。小さな音だけど、なぜかそれで目を覚ましてしまった。
あの後部屋に戻った俺は鬱になりながらベッドで横になっていた。それで気が付いていたら少し寝ていたらしい。
それにしても先ほどの小さな音はなんだったのだろうか? 今度は耳を澄まして聞いてみる。シャッ、シャッと紙を切るような音が聞こえる。
音は嶋田さんの部屋のほうから聞こえる。何かしているんだろうか。見に行くことはさっきのこともあって躊躇われるけど、だからといって行ってはいけないってことではない。先ほどの誤解、そして彼女とコミュニケーションをとるために会いに行こう。俺は部屋を飛び出して隣の彼女の部屋に向かった。
やはり音はこの部屋から聞こえてくる。
「すいませーん、谷山だけど、どうかしましたか?」
ノックをしてドアノブに手をかけて入る準備をする。しかし嶋田さんから返事が返ってこない。
「嶋田さん? 返事がないけどどうかしました? 部屋の中入っても大丈夫ですか?」
問いかけるも、依然返事がこない。
「すいません、失礼だけど部屋に入らせてもらいます」
一言そう述べてドアを開けた。
その先に嶋田さんはいた。だけど、俺はそれを見て驚いた。彼女は紙を切っているのではなかった。カッターを使って自分の腕を切っていた。
その光景を見て、俺は無我夢中で嶋田さんに向かって駆け寄る。
「嶋田さん! あなた、何してるんですか!」
彼女に怒鳴りながら手に持っていたカッターを奪い取る。
「見てわからない?」
「何をしてるかはわかります! でもなんでそんなことを・・・!」
「簡単な話よ。生きる意味がないから、生きている感じがしないから、だからこうしてそれらを感じようとしていただけよ」
「でもだからって!」
「あなたなんて一時は自殺しようとしたんでしょ? あなたに比べれば何倍もマシよ」
「・・・・・!」
そう言われたら何も言い返せない。それは全て事実だからだ。
彼女は俺を見て一つため息をつく。
「それにもう生きてても意味ないってわかるでしょ? もうじき皆死ぬんだから」
「なっ!? 何言ってるんだお前!」
「・・・まさかあなた携帯持ってない? だからあれを見ていないの?」
「なんのことだ?」
そう答えると彼女はポケットから携帯を取り出して俺に投げてきた。それを上手くキャッチする。
「なんで携帯? 第一、ここではどこも圏外だから使えないはず・・・」
そう、ここでは携帯が圏外で使えない。だから俺は元いた建物に置いてきたんだ。
「そんなのはわかってる。だけど私にとって携帯は彼との思い出が入ってる大切なものなの。だから持っているの。そしたらね、来たのよ。メールが」
「メール・・・? なんで、圏外なのに・・・?」
「そうよ。圏外なのにメールが来たの。私の推測だけど、この世界に来る直前に届いたメールと同じじゃないかって」
「・・・理屈は大体わかった。だけどなんでそれが皆の死に関係するんだよ?」
「携帯を見なさい。そこに全て書かれてる」
言われたままに携帯の画面を見る。画面にはメール一覧と書かれていて、一番上と二番目以外のメールは男の名前――多分彼氏の名前――のメールで埋め尽くされていた。少し胸が痛んだ。
そして一番上のメールを開く。件名はおろかアドレスすら書かれていなかった。本来メールっていうのはアドレスがないと送れないはず。それなのにこうして送られてきていると考えると、とても不気味な感じがする。
そのメールの本文にはこう書かれていた。
『街にいる皆さん。始めまして。元気に生きていますか? 多分怯えながら日々を過ごしていると思われます。さて、この度はこの世界にようこそおいでなさいました。私はあなた達をこちらの世界に連れてきた者です。ここに連れてきてから時間が少々経ちました。生存者の大半は未だに街に残っています。まだ怪物たちがあなた達を見つけていないから。だけど、今街にいるあなた達の位置は全員把握しました。なので明日ちょうど0時から生存者狩りをしたいと思います。時間は朝の六時まで。その間、あなた達のところに多くの怪物達が向かいます。六時間、そいつらから逃げればいい話です。難しいことはないでしょ? あなた達が美しいほど残酷な死を迎えることを祈っています。そして、生き抜いた者には私と会えることを祈ってます。それでは皆さん、頑張ってください』
「・・・なんだよ、これ」
俺はメールを見て絶句する。メールの内容が明らかに狂気に満ちてやがる。
それよりも今何時だろうか。部屋にある時計を見て確認する。現在二十三時五十分。このメールが本当ならば・・・あと十分で俺たちは・・・。くそっ、最悪だ・・・!
「・・・確かあなたは皆を助けたいって話してたよね? 時間は残り十分。さて、あなたならどうする、谷山宗谷?」
今回は前半ギャグ、後半シリアスとわけてみました。次はずっとシリアスです、はい。
次の更新は来週の土日になると思います。
ただ、若干遅れる場合、再来週の土日になります。
誤字、脱字などがありましたら報告お願いします。
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