十九話「倉庫」
「―――大丈夫か!?」
宗谷は目の前にいる少女に話しかける。その少女は宗谷も知っている華奈魅梨恵なのだが、この状況下ではそんなことには気づけなかった。それでも、彼女が無事だということを確認し終えて彼はほっと胸を撫で下ろす。
そんな彼にもう一体の『何か』が背後から襲う。彼はそのことには微塵も気づかない。だが、彼の後ろがしっかり見える華奈魅が叫ぶ。
「――後ろ!」
その一言で宗谷は瞬時に体を反応させる。体を捻るようにして背後に振り向く。それと同時に刀も体と共に大きな遠心力をつけつつ、弧を描いて宗谷の背後をそのまま一閃する。宗谷と『何か』の距離がちょうど刀の範囲内であったため、『何か』は腹を境に上半身と下半身に体が切断される。その分かれた二つのものから血が泉のように湧き出す。切断面からは腸がはみ出ている。
人間でなくても、その光景はとてもグロテスクだった。そのような光景に慣れていない華奈魅は思わず小さな悲鳴を漏らす。宗谷もこの非常事態ではなかったら平静を保てていないだろう。しかしこの状況ではそんなことにいちいち気をとられている暇もなかった。あくまで宗谷は『何か』を倒すことだけに集中している。
「あと、何体いる!?」
突然の声と質問に一瞬だが華奈魅は怯える。
「え、えっと・・・正確にはわからないけど四〜五体ぐらい・・・」
「そうか。ありがとう! 君はコンテナの陰に隠れてろ! 絶対に出てくるな!」
「う、うん・・・わかった・・・」
彼女は先ほどとはまた違う怯えを感じる。宗谷の迫力に押されているのだ。
しかし、彼女は次の宗谷の言葉の中に悔やみの感情が含まれていることを見逃さなかった。
「・・・でないと、君を巻き込まんでしまうから」
宗谷は言い終わると同時、コンテナが四隅に置かれるところの中心――道がちょうど東西南北の四方に分かれるところに移動する。
そのうちの左右、東と西に『何か』がいることを確認する。三体目はいなさそうだ。彼はどちらが襲ってきても大丈夫なように体勢を整える。
『何か』はいつもより呼吸を荒くしていた。それは人間でいう憤慨してるのと同じようだった。もしかしたら『何か』は俺が思っているよりも頭がいいのかもしれない。仲間が殺されて、それで怒っているのであろう。もしそうならば、殺した張本人である俺を狙うはずだ。こちらとしては好都合だが、少しでも気を抜いて行動を間違えた瞬間、俺は死ぬ――!
両者とも一定の間合いを取って一歩も動かない。これは俺と怪物の心理戦だ。どのタイミングで動き出すかによって両者の生死の結果は変わる。
先に動いたのは『何か』だった。それは宗谷の懐へと一直線に向かう。宗谷に近づくと、肘を引き、そのバネを使って勢いよく前方へと突き出す。それはまるでフェンシングで相手を突く動作に酷似している。
宗谷はその攻撃を手に持つ剣で必死にガードする。金属と金属がぶつかり合う音が倉庫の中を響き渡った。
宗谷は次にどう行動するかを、僅かの時間で考える。だが、彼の足元に影ができる。それは段々と大きくなり――それが『何か』の影ということに気づいた。『何か』は宗谷の頭上から襲いかかろうとしていた。しかし、ギリギリのところで気づいた宗谷は、剣で抑えている『何か』を突き飛ばし、咄嗟に横に転がる。『何か』の攻撃は空振りに終わった。
だが、『何か』の猛攻はこれでは終わらない。
先ほど突き飛ばした『何か』が走り幅跳びと同じように跳んで宗谷に襲い掛かる。
「くそっ・・・!」
体勢がまだ立て直せていない彼にはその攻撃を防ぐことはできなかった。なので前回りをして『何か』の攻撃の軌道から外れる。そのままの勢いでなんとか立ち上がることができたが、その瞬間に後ろからもう一体の『何か』が命を奪おうとする。彼は体を横にずらし、『何か』の攻撃をスレスレでかわす。ただ、完全に避けられなかったようで、肩に浅い切り傷ができていた。
その傷から赤い液体が溢れてくる。それと同時に痛みという感覚も宗谷の内に入り込んでくる。肩を剣の持っていない、空いている手で傷がある肩を押さえる。痛みを我慢しながら剣を構える。
・・・再び、最初の状態になる。左右には『何か』がそれぞれ一体ずつ・・・。
『何か』は二体同時に動き出した。片方は二つの足でこちらに向かってただ単純に走ってくる。もう片方は走り幅跳びをするようにこちらに向かってくる。
やはり、『何か』はある程度の知能を持っているようだった。今回の攻撃、一件単純に見えるが、二つの攻撃が同時に宗谷に当たるタイミングでやつらは向かってきているのだ。これも落ち着いて考えればすぐに避けられるのだが、反応が遅れた彼には避けることができなかった。たとえ片方の攻撃を防いだとしても、もう片方の『何か』にやられてしまう。まさに絶体絶命の状態だった。
だが、彼はある方法を思いついた。
彼はあろうことか、自分に向かってきている『何か』に突進していく。『何か』は動揺も何もせず、ただ向かってくる『敵』を殺そうとする。
宗谷は『何か』の攻撃が当たるギリギリまで『何か』と距離を近づけ、十センチ手前までひきつけた。そこまでくると宗谷は、跳んだ。背後にいるもう一体の『何か』と同じように。彼は『何か』を飛び越して、その先にある地面に着地した。
『何か』は完璧に宗谷を捉えていたと思い込んでいたことから、眼前から宗谷が見えなくなっても彼がいた場所まで進んでいく。
彼らはちょうど宗谷に同時に攻撃が当たるタイミングで飛び出した。それはつまり、
宗谷がいた地点で二体の『何か』はぶつかり合うということ。
『何か』が気づくときには時すでに遅し。走り幅跳びをして襲い掛かってきた『何か』の攻撃は、走ってきた『何か』に当たるのであった。
攻撃をくらった『何か』は一瞬で絶命した。
予想外すぎる展開にもう一体の『何か』は困惑する。
死体と化した『何か』の胴体からゆっくりと鋭い爪を引き抜く。それには生々しい真っ赤な鮮血が染まっていた。一滴のそれが地面にポトリと落ちる。
次の瞬間、『何か』は叫び声をあげた。金属と金属がぶつかりあった音にエコーをかけたような咆哮が倉庫を駆け抜ける。それは今までのような、禍々しい咆哮とは違い、悲しみに帯びた悲鳴のようだった。それは、草本を殺めてしまったことに初めて気づいたときに上げた悲鳴にとても似ていた。
宗谷はこの光景を見て確信する。『何か』にはある程度の知能があるということを。多分だが、あの悲鳴は、仲間を殺してしまったことから出たもの、俺も経験したあれを、目の前の『何か』は感じているんだ。そしてそれを感じ取れるということは、仲間意識がある、つまり知能を持つということに繋がる。
『何か』の悲鳴が止まる。ゆっくりと宗谷のほうに体を向ける。
『何か』は悲しみと怒りと後悔――あらゆる感情を含む咆哮を上げながら一直線に宗谷に突っ込んでくる。こうなった全ての元凶である彼をただただ殺すために。
しかし、我を失っている『何か』の攻撃を避けるのは今の宗谷にとっては容易いことだった。
「――じゃあな」
突っ込んできた『何か』に、彼はカウンターを浴びせる。水平に一閃させた刀は『何か』の上半身と下半身に分かれた。下半身はその場で倒れ、上半身は慣性の法則によって下半身よりも遠くに飛んでいった。そのとき、血が雨のように倉庫に降りわたる。ドサッと上半身が地面に降り立った。下半身からは小腸らしき臓器が血とともに外にはみ出ていた。
こうして『何か』は死んだ。ここにいた四体の『何か』が、全部。谷山宗谷というたった一人の高校生の手によって。
「はあ・・・はあ・・・終わった、のか?」
肩で息をしながら周りを見渡す。そこに動くものはいなかった。
「彼女は・・・無事なのか・・・?」
足を引きずるようにして華奈魅の元に歩き出す。戦いに勝ったとはいえ、彼も相当なダメージを受けている。
そこに華奈魅がコンテナの陰から姿を現す。
「終わった・・・の?」
彼女の姿を見て彼は胸を撫で下ろした。強張っていた体から力が抜けていく。
「ああ。終わ―――!」
言葉を言いかけて、彼はその少女の正体に初めて気づく。
「な・・・君、まさか、かな・・・」
そのときだった。彼の頭に衝撃と鈍い音が響いた。
宗谷はあまりにも突然のことで何が起きたかわからなかった。気が付くと地面に横たわっている。彼女が呆然とした顔で彼を見ているのを、宗谷は見た。
頭から何か温かいものが顔を流れる。 ――ああ、これは血だ。俺は鈍器で頭を殴られたんだ。
薄れゆく意識の中で必死に考える。
彼は意識を失う直前に、大きな石を持って自分を見下ろす人間の姿が視界に入った。
ちくしょう・・・。せっかく、守れたのに・・・。
悔しさを最後に感じて、宗谷は闇の底に落ちていった。
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