十八話「鬼ごっこ」
少女は街を駆けていた。正確には逃げていた。もしくは追われていた、という表現のほうが適切であろう。
彼女も宗谷たちと同じように気づけばこの世界にいた。最初はとても戸惑ったものの、同じ境遇の人達と出会うことによって平静を保てた。
だが、先程、ある事件が起きた。その彼女の仲間の一人が殺されたのだ。
最初の悲鳴は仲間の無残な姿を見たときの反応だ。そして近くには仲間を殺した何者かがおり、残った仲間達はバラバラに散って逃げていった。そのため彼女はただ一人、孤独のなか逃げていた。
彼女は仲間を殺した犯人―――『何か』に追われているのだ。
夜の街。それはここでは死を意味するのと同じだ。なぜかは宗谷たちの一件を思い出せばわかるはずだ。
彼女も夜は危険とはわかっている。だが、逃げずにはいられない。僅かな生存本能が彼女の足を前へ前へと動かす。
後ろから足音が聞こえなくなった。そのことに気が付くと彼女は足を止め、後ろを振り返る。
よかった・・・逃げ切れた・・・。
しかし、そう思うのもつかの間。彼女のすぐ前方から『何か』が飛び掛ってくる。ギリギリでそれに気が付いた彼女は必死の思いで体を横に動かす。なんとか致命傷は避けたものの、完全に避けられたわけじゃなく、腰を少しかすっていた。
「きゃあ!」
痛みと驚きから思わず悲鳴をあげてしまう。
腰から血がダラダラと出てくる。命に別状はないが、止血をしないと・・・。だけど、今は逃げ切るのが先だ。
襲い掛かってきた『何か』がいる方向と逆の方向に走り出そうとする。しかし、そちらにも『何か』がいた。鋭い爪がある腕で突こうとするのを彼女はかわす。
「きゃあああああ!」
だが、代わりに再び悲鳴を上げてしまう。それにつられて近くにいる『何か』が集まってくる。本来なら助けを呼ぶための行為が、ここでは仇となってしまった。
『何か』の数は見える限りでは4体。数を考えれば絶望的な状況だが、幸い四方を囲っている
わけではない。彼女の逃げ出す道があるのだ。
『何か』がいない方向へと彼女は走り出す。『何か』も別段攻撃はしかけてこなかった。ただ、彼女の後ろを追い始める。それはまるで小さな子供が鬼ごっこを楽しむようだった。実際、これが遊びだとするのなら鬼ごっこであろう。だが、捕まったら鬼になる、なんてことはない。そこでゲームオーバーだ。
彼女はひたすら鬼から逃げる。鬼は人間をわざとゆっくり追いかける。
しばらくすると、後ろに『何か』の姿が見えなくなる。それでも彼女は走り続けていた。血が溢れる腰の痛みに耐えながら。
そのとき、ある建物を見つけた。それは今までの縦に長い長方形のビルではなく、横に長い、倉庫のようだった。いや、そのまんまの倉庫であった。中に入るとまず、コンテナが目に入る。それは三つあって、それらは一定の間隔を空けて横一列に並べられていた。
痛む腰に手を当てて、足を引きずるようにして倉庫の奥へと進んでいく。入り口の正面からは三つしかコンテナがないように見えたが、縦に二列並んでいた。つまり、縦×横の計六つのコンテナがこの倉庫にはあるのだ。それはどれも一定の間隔を空けて置かれている。今までの建物よりは遥かに大きいが倉庫という点ではそれほど大きい倉庫ではないようだ。
彼女は一番奥――縦二列目、左側のコンテナの陰に隠れる。コンテナによりかかると、ズルズルと体が滑っていき、座る形になる。ちらっと入り口を見るが、そこに『何か』はいない。彼女はほっと胸を撫で下ろす。
その後すぐに持っていたハンカチで腰にそれを当てる。白いそれは一瞬にして赤く染まる。ハンカチを当てた際に激痛が走り、声が出そうになるがそれを必死で抑える。
少しそのままにしていると痛みも収まってきて、気が抜けてくる。
しかし、そのすぐ横には『何か』がいた。
彼女が気づいたときはすでに遅し。『何か』の腕が、今にも振り下ろされかねない状態だった。
彼女は反射的に目をつぶる。それと同時に、『何か』は獲物を狩る目で、振り上げていた腕を彼女―――華奈魅梨恵に向けて振り下ろす。
彼女はそのとき、死を覚悟した。 ――ああ、私、死ぬのか。もう、お父さんにもお母さんにも、友達にも、親友にも、美奈にも、谷山君にも・・・会えなくなるんだ。彼女の両目から涙が流れて頬を伝った。
しかし、いくら待っても、何も起きない。痛みすら起きない。
不思議に思った彼女は恐る恐るくっついていたまぶたを離す。
すぐ横に『何か』はいた。だが、それの胸からは刀が突き出ていた。
その刀が『何か』から引き抜かれる。すると『何か』は支えをなくして地面に倒れこんだ。そして二度と、動かなくなった。
それによって『何か』の後ろにいた少年がが露になる。
少年は華奈魅に向かって呼びかける。
「―――大丈夫か!?」
彼女の瞳には少年―――谷山宗谷が映っていた。
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