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十七話「答え」
 街は漆黒の闇に包まれていた。建物がかろうじて見えるのは雲の隙間から照らす月のお陰だ。それ以外に灯りはない。街は闇に吸収されているだけであった。
 そんな中でも、ここで吹く風はとても心地よかった。周りにある闇をも吹き飛ばしそうだ。
 宗谷は、その風が吹く屋上にいた。
 いたといっても、そこは屋上の真ん中・・・つまり安全な場所にいるのではない。端――いつ地上に落ちるかもわからないすれすれの場所に立っている。
 これは気が狂ったためとかそういうわけではない。宗谷が自分自身の意思でここに立っているのだ。
 彼は今まで、ずっと考えていた。それは罪を償うための方法か。はたまた罪から逃げるための方法か。どちらなのかはわからない。
 そうして長い間思考して、彼は答えを出した。
 それは、自殺。
 宗谷は毎日のように罪悪感という地獄から抜け出すための方法を考えた。だが、結局、それは思いつかなかった。
 それもそのはずだ。普通、罪を犯したのなら法律によって裁かれる。その内容は本人にとってはとても辛いことかもしれない。しかし、それは罪を償うための処置なのだ。例えば良心的な人が過って交通事故を起こしたとする。事故によって被害者が亡くなってしまえば、その人は当然、法律によって裁かれ、刑務所いきになるはずだ。刑務所に入ったその人はどう思うだろうか? 自分は悪くない、などと罪を否定するであろうか? いな、その人は良心的である。つまりは良い人。きちんと自分の罪を認識し、償おうとするだろう。自分では一生償えない、と思うかもしれない。けど、それでもやはり、周りからみれば罪は償われたことになる。罪悪感が残る残らないは人それぞれだが、刑務所に一定の期間入ったことによって罪は償われた。ただ、中には、罪の意識を感じていない人もいるかもしれないし、人によって考え方はそれぞれ違うのでこれが絶対とは一概にはいえない。
 そして罪を償うための「法律の処置」というのがこの世界には存在しなかった。それどころか、人を殺したことに対して罵倒する人間も、罪をやさしく包んでくれる人間も、罪悪感から解放されるための方法を教えてくれる人間も、今では宗谷の周りに誰一人としていなかった。そのため彼はその感情をどうしていいかもわからず一人で悩み続けた。だが、大切な人たちを失い、心に大きな傷を負った状態ではとてもじゃないが答えが出るはずがない。それでも彼はある答えを見出した。それが自殺だったのだ。
 地上を見下ろしながら宗谷は考える。
 夢の中で―――いや、あれは俺が自我を失って彼女を斬る直前に言われた言葉かもしれないが、草本に『生きて』と言われた。だけど、それはできなかった。許してくれないかもしれないけど・・・ごめん、と。
 重心を地上に向けて傾かせる。身体全体の重力がなくなってフワッと浮いた。直後、全身に猛烈な風が当たる。
 彼が自殺をしようと思い立ったときに、なぜ飛び降り自殺をすることになったか。その理由は単純だ。
 宗谷は小さい頃、空に憧れていた。父に「空はどこまでも広がっていてとても綺麗なんだ」と話されたことがあったからだった。それは小さい子に夢を持たせるための言葉であったんだろう。小さい宗谷は見事にその言葉によって憧れを持った。そうしていつか、飛行機のような乗り物を使わないで自分の身体だけを使って空を飛んでみたいという夢を持った。けれど、成長していくと同時に、その夢は薄れつつあった。物心がついて、そんなことは無理だということにも気付いていったからである。そうしてその夢は小学校中学年の頃にはほとんどなくなり、中学に入ってからは一切なくなった。高校に入ってからはそんなことを考えていたことすら忘れてしまった。けど、この「自殺」を考えたときにこの夢を思い出した。どうせ死ぬのなら・・・最後だけでも空を飛ぼう。そう思ったからである。
 最初で最後の飛行。地上がもの凄いスピードで、しかしゆっくりと近づいてくる。全身に当たる風が凄かった。空を飛ぶということはこんなに風にあたるのか、と当たり前なことを今さらに思う。なんだか風になったような気分であった。
 そのせいか、周辺からは風を切る音しか聞こえない。なのになぜか、その中に少女の叫び声がどこからか聞こえたような気がした。一瞬驚く宗谷だが、空耳だと思ってこの飛行に意識を集中させようとする。
 そんな彼に夢の中での彼女の言葉が頭に響き渡った。

『皆を守って』

 その皆はどこにもいない。だから守るも何もない。だからこのことは考えないことにした。だが、この皆が、文字どおりの「皆」だとしたら? それは宗谷と会って一緒に行動した「皆」ではなくて、助けを求めている人間「皆」を守れ、という意味であったとしたら。
 もしそうなら、宗谷に与えられた罪を償う方法とはまさにこの言葉そのものではなかったのか。
 たとえ彼に生きる価値がなくなったとしても、皆を守らなければいけないという使命がある。そうなればそうやすやすと死ぬことなんてできない。そしてその使命はいつしか、自分の罪を解放するための償いになるのではないか。自分で自分の罪を許せなかったとしても、これをすることが自分の生きる意味になるのではないか。
 宗谷は今になって気づく。自分の罪を償う方法がすぐ近くにあったことを。
 俺は・・・なんてことをしてしまったんだろうか。もう取り返しのつかないことをしてしまった。言葉の意味に気づくのが遅かった。もうどうしようもない。罪悪感よりも、このことに気づけなかったことに胸が締め付けられる。
 助けたい。「皆」を。そして守りたい。「皆」を。
 これは俺の生きる意味だ。一度生きる意味をなくして、生きることをやめようとした俺への。周りから見ればただの偽善者かもしれない。それでもいい。今、俺が唯一やれること。やらなきゃならないこと。
 ――助けたい。
 だが、それももう遅い。地面はもう目前まで迫っていた。宗谷の目からは涙が溢れていた。それは風が強いせいではない。悔しかったからだ。気づいたのに、近くにいるのに助けられない。それがとても悔しかった。
 地面に直撃する直前、先ほどの少女の悲鳴がもう一度耳に届いた。けど、宗谷は無残にも地面に叩きつけられていた・・・はずだった。
 宗谷が目を開けるとそこは屋上。飛び降りる前のそのまんまのところにいた。
 今のは一体なんだったんだ・・・?
 彼は疑問に思う。あれは夢だったのか。それとも幻想か。あるいは妄想か。もしかしたら、現実だったのかもしれない。
 しかし、今はそれどころではない。
 あれは夢だったかもしれない。所詮夢の中の絵空事の考えかもしれない。あの少女の悲鳴もそうだ。それでもいい。さっきもいったが、俺は偽善者だ。やることができたんだ。まだ死んではいけない。死ぬとしても・・・それは「皆」を守ったあとだ。
 今は・・・前に進むしかない!
 宗谷は踵を返して走り始める。
 彼にはこの闇の中で光が視えはじめていた。


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