十四話「夢と現実」
俺は寝ていたようだ。ゆっくりとまぶたを開く。
すると目の先に木目のついた分厚い板―――よく見ると机が映る。どうやら俺は机に突っ伏して寝てしまっていたらしい。体を起こす。案の定、ここは教室だった。
でも、なぜ俺は教室に? さっきまでわけのわからない世界の建物にいたはずなのに。
そこまで考えて思い出す。俺は・・・俺たちは『何か』に襲われたんだ。他の皆は? 草本は!?
いや、それともあれは夢だったのか? 夢の中で見たこともない人物を作り上げ、身近な人が死んでいく悪夢。そう考えれば全て説明が付く。
しかし、その考えもそれを見た瞬間に崩れ去る。
教室には人がいた。ここからだと背中しか見えない。ただ、その後姿はどう見ても草本であった。
「よかった・・・。無事だったんだな。・・・ってかあれは俺が見た夢の中の出来事か。わかるはずないよな。悪い。今の忘れてくれ」
と後ろから急に話しかけてみるが、彼女から返事は返ってこない。
「・・・・・・? 草本?」
首をかしげながら呼びかけてみるが、やはり反応はない。
そのとき、草本の前に誰かがいることに気づく。ここからだと草本の背中が邪魔してそれが誰かわからないので横に回って確認する。
そこには俺がいた。
俺に似てる誰かとか映像でできた俺とか、そんなのじゃなくて、紛れもない俺自身が。
そうして気づいた。あれは夢なんかじゃない。こっちが夢だということに。
「谷山。はい、これ」
夢と気づいて絶望しかけた瞬間、草本がもう一人の俺に何かを渡す。
礼を言って受け取ったもう一人の俺の手にはお守りのようなものが握られていた。あのお守り、どこかで見たことがあるような・・・。
「これは?」
お守りを手に不思議そうに訊くもう一人の俺。
「お守りだよ」
「いや、そりゃ見ればわかる・・・」
このやり取り・・・どこかでしたことがある・・・?
「うーん、でも正確にはお守りじゃないかもね。体育祭で勝てますようにって作ったやつだから」
―――そうだ。思い出した。
これは確か、体育祭数日前の放課後。クラスが優勝できるように草本が皆に作ってきてくれて、それを皆に配っていて、それを俺も貰ったんだっけ。
そして体育祭が終わった今もお守りとしてポケットに入れていたはずだ。
ポケットの中を漁る。手に四角い形でできた柔らかい布の感触がした。
そうするとつまり、これは俺の記憶? でも、なんで?
突然、視界が歪みはじめた。
いや、違う。歪んだのはこの教室、つまり景色だ。
机が、黒板が、草本が、もう一人の俺が正確な形をなくして渦のように回転している。
そうして教室も渦のように回転して・・・
気が付くと俺は図書室に立っていた。
本の棚の前では草本と俺・・・もう一人の俺がいる。
この記憶は覚えてる。つい最近のことだ。状況が状況だったために随分前のような気がするが。
俺は和弥に頼まれて、草本は華奈魅に頼まれて、偶然に図書委員の仕事をしていたんだ。そのときにおかしな本を見つけたんだっけか。あの本は・・・あの詩は一体なんだったんだろう?
そんなことを思っていると先ほどと同じように景色が歪み始めた。
ちょうど草本が本の角でもう一人の俺を叩いたところだった。
次に立っていたのは再び教室。
教室に入ってきたもう一人の俺は机にカバンを置いて和弥のとこに向かおうとするが一人の女子に話しかけられる。
草本だった。
「えっと・・・谷山君、だよね?」
「うん? そうだけど? どうかした? てか新しいクラスになったばっかなのによく俺のこと知ってるね」
「華奈魅梨恵を知ってるでしょ? 私、彼女と同じ部活で、梨恵からよく君のこと聞いてたんだ」
「へぇーそうなのか。んでどうした?」
「いやーこれからお世話になると思うし、先に挨拶しとこうかなと思って」
「あ、そうなの。えっと・・・」
「私は草本。草本美奈」
「草本、ね。これからよろしくな、草本」
「こちらこそよろしくね、谷山君」
これは二年生に進級してすぐの記憶か。
そうだよなあ。最初は草本から話しかけてきたんだよなあ。んで谷山君ときた。あいつに君付けされると今では違和感が・・・。
また景色が歪み始めた。
今度も教室だ。和弥と華奈魅がクラスにいるってことは一年のときの記憶か。
俺と今あげた二人の計三人で仲良く喋っていた。
またまた景色が歪む。
また教室。草本がいるから二年だな。草本が珍しくしょんぼりとしている。
そういえばあいつに元気がなかった日が何日かあったな。理由は今でもわからない。
けどすぐ元に戻ったし、あまり気にかけるほどのものでもないと思う。
また歪む。
もう一人の俺と和弥が話している。といってもいつものように砕けた感じじゃない。ちょっと堅い。つまりこれは入学してすぐのことか。
またまた歪む。
そうしていくつもの記憶を巡っていく。まるで走馬灯のようだ。
といっても一つ一つの記憶を眺める時間は一つ見るたびに短くなっていく。
一体、いくつの記憶を思い返したのだろうか。それもわからなくなる。
次に視界に飛び込んできたのは・・・何かの花。
桜の木に似た何かの花。それが横一面にずっしりと並んでいる。その木々の反対側には塔のようなものが建っていた。そして木の下で花を眺める少女が立っていて、こちらを向いて俺に微笑んだ。その瞬間、何か強烈な懐かしさがこみ上げてくる。
―――なんだこれ? 俺はあの場所も知らないし、花も知らない。それにあの少女も知らない。なのに・・・なんでこんなに懐かしく感じるんだ――?
「なんだよ、これ・・・もう少し見せろ・・・・・」
しかし、その映像が映ったのは一瞬だった。なのでささやかなその願いは届くはずもない。
気が付くと、周りには何もない暗闇の中に立っていた。本当に何もない漆黒の闇。それなのに自分の存在ははっきりと見える。不思議な感じだった。
不意に他の何かがこの空間にいることに気づいた。いや、気づくというより感じたといったほうが正しいだろう。
俺はゆっくりと周りを見渡した。すると見つけた。
俺の後ろに誰かがいる。振り返ってすぐにそれを見る。・・・が、誰かは遠くにいてここからだと顔がよく見えない。あれは一体誰なんだ? ぼんやりと見える顔を見ると男みたいな顔つきをしているかと思いきや、女っぽい顔つきをしているようにも見える。
―――草本だ。
なぜだかそう思った。ただ一度そう思い込んでしまうと彼女にしか思えなくなる。
彼女が何かを語りかけてきた。遠くにいるというのに、耳に響いて頭の中できちんと録音できるようなはっきりとした声で。
『・・・・・・・・君は生きて。そして皆を守って』
皆を守れ? 生きろ? どういうことだ? なぜそんなことを言うんだ?
よくわからない。ただ―――この言葉はとても大切なことのような気がして―――――。
急に身体に今まで味わったことのない感覚が起きた。
今までとは違う、この感じ。俺という存在ごとブラックホールに吸い込まれるようなこの感じ。
それだけで俺が夢から覚めようとしているのがわかった。
「・・・くさ・・・・・も・・・と・・・・」
薄れ行く意識の中、呟くような声で彼女を呼んでいた。
なんだかとても不思議な夢を視ていた気がした。そのせいか体が重かった。
今日はあのうるさい目覚ましが鳴らないな。寝過ごしたかもしれない。そしたら遅刻だな。まあたまにはいいかもしれないけど、来年は受験生だ。今からしっかりしてないとやばいかもな。
とにかく起きよう。また和弥と馬鹿して、草本と変なことで盛り上がって、皆と遊んで・・・。
俺はゆっくりとくっついている瞼を離す。
目の前に何かが転がっていて、その周りには赤い何かが飛び散っていた。
「・・・? なんだ、これ」
呆然としている俺の手に何かがぶつかる。
そちらに視線をやり、それを拾う。
「・・・・・・これ」
それは刀だった。綺麗な銀色をしていて様々な光を反射していた刃は真っ赤な鮮血に染まっていた。
ここに刀があるということは・・・あれは夢じゃなかったのか?
少しずつ、寝ぼけていた脳が覚醒し始める。が、俺は無意識にそれを拒んでいた。
床に手を置いて、それを支えとして立ち上がる。
すると今までわからなかったものが一度で一瞥できた。
床に広がる赤い染みは血。そしてその床に転がるものは、動かなくなった『何か』とそれのどちらかの腕。
相手は怪物だというのに、これは残酷だと思った。
それよりも皆は・・・あの時一緒にいた草本はどうなった? 部屋を見渡すが彼女の姿は見当たらない。
代わりに・・・ベッドに何か違和感を感じた。俺の中でよくわからない衝動が起きた足が勝手にベッドに動く。
―――行きたくない。そこには、行きたくない。
そう心では思うが足は止まらない。
一歩ずつゆっくりと確実にそこに向かっていく。一歩進むたびに息が荒くなる。嫌な汗が頬を伝る。
そうしてベッドに着いた。
伏せていた顔をベッドが見れるように上げる。
ああ、俺は何を怯えているのだろう。わかってるんだ・・・。拒絶していても・・・わかってしまうんだよ・・・!
俺はベッドの上にあるそれを見る。
それは『何か』と同じように全く動かない。それの体には肩から斜めに鋭利な刃物か何かで斬られているような跡があった。そこから血が溢れ出ていて、円状に広がっている。
まるでそれは薔薇のようだった。
その薔薇の中心にはそれ―――草本が、いる。
「う・・・あ・・・あ・・・・」
言葉が何一つ出てこなかった。僅かに出るその声は怯えているようにも助けを請うてるようにも聞こえる。
反射的に口を押さえて後ろに後ずさる。
そのとき、音がした。それの正体を確かめると空いた手に持っていた刀が床に落ちていた。
次の瞬間、脳裏に謎の光景がフラッシュバックした。
灯りがない漆黒の部屋。周りには『何か』の残骸と、灯りがないため黒く見える血があった。
誰かが目の前―――ベッドの上で泣き叫んでいる。草本だ。
目の前にまるで一人称のガンシューティングゲームみたいに刀があった。
―――それはつまり、俺が刀を持っているということを示していて。
それがゆっくりと上がっていって視界から消える。
草本は相変わらずその刀を持つ誰かに向かって泣き叫んでいるようだった。
そして、その彼女に向かって高く掲げられていた刀が振り下ろされる。
それは肩から腰に斜めに走り、その跡から灯りがないせいで黒く見える大量の血が飛び出した。
そこで映像は途切れた。
これは・・・どういうことだ? 草本はこの刀を持っていた誰かに斬られて殺された?
つまり、彼女をこんな風にしたのはこの・・・・・・
「俺・・・・・・?」
身体全体から力が抜けて膝がカクンと抜け、床に両膝をつく。
草本を殺したのは、俺? なんなんだよ、それ。なんで。どうして。そんな・・・。
「ぅ・・・うわあああああ・・・・うわああああああああああああああああああああ!!」
俺は、喉がつぶれるほど、大きな大きな、悲鳴とも咆哮とも聞こえる叫び声をあげていた。
しかしその叫び声は閑散としたこの街に吸い取られていくだけであった。
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