十二話「異変」
外からかなりの強さでドアをノックする音が聞こえた。続いて三部屋先にまで届くような声が寝起きの耳を貫く。
「起きろー谷山ー! もう朝だし、朝食だー!」
朝から元気なやつだ。心の底からそう思うよ。
まだ焦点の合わない目を擦りながら渋々起き、ドアを開ける。
「お前な・・・朝から騒がしいんだよ」
「騒がしくしないと起きないのはどこの誰よ。とにかく、朝食出来てるから先食堂行ってて。田辺先輩はもういるから。私は里崎君を起こしたら行くから」
「了解」
そう言い捨てて階段に向かおうとするが、その途中に一度振り返って草本に言ってやる。
「そうそう、その大声なら百m先で眠っているナマケモノでも起きると思うぞ。だから里崎君もきっと・・・いや、絶対起きてる。目覚ましにはちょうどいいかもしれんが、ちょい近所迷惑だと思うぜ。だからもうちょっと声量抑えろ。つうか抑えないと男だと勘違いされるぞ。いや、男じゃなくて獣か・・・。うん、そうだ。獣の咆哮と間違えられる――――」
「言いたいことはそれだけ?」
彼女は笑顔でそう言う。ちなみに彼女の顔には血管が浮かび上がっている。
・・・言い過ぎた。
「とにかくね、そんなこと言ってる暇があるなら―――」
やばい、来る―――
「さっさと食堂に行け――!」
直後、頭・・・というか脳天に凄まじい衝撃が走る。彼女の音速を超える必殺チョップの仕業だった。
床に座り込んで頭の上を回る星と共に頭をフラフラさせている俺をよそに彼女は廊下を歩き出す。そして里崎君の部屋に向かうと思ったら急にこちらに踵を返した。
あれ? 俺、他に何かしたっけ? それともまだ怒りは収まっていないとか?
攻撃が来ると思って腕をクロスし、防御体制を取る。しかしまだ頭はフラフラしているままだ。
そして彼女は口を開いた。
「そういやさ、まだ言ってなかったね。谷山、おはよう」
彼女はニッコリと純粋な笑顔を俺に向けてそう言った。凄く可愛かった。
「・・・あ、ああ。おはよ・・・」
度肝を抜かれた俺はそんな情けない挨拶しかできなかった。
頭が正常に戻ったところで俺は一階の食堂に向かった。草本の言うとおり、食堂には田辺先輩が先にいた。簡単に朝の挨拶を交わし、席に着く。
今日は純一が出発してから三日目。彼らと別れた後は残った人間の中で唯一料理が出来る草本が自然と食事を作るようになっていった。そんな彼女の提案(というよりむしろ命令)で食事は昼は別として朝夕は皆で食べることになっている。俺が強制的に起こされたのはこのためだ。今では目覚まし時計のほうがよかったと心から思える。
そして草本以外の俺たち男三人は外に出て近くの建物を捜索したりしている。といっても俺はこの二人とも違うことをしている。もちろん辺りが暗くなる前には俺も先輩達も帰ってきている。
ただ、いまだに『何か』やここはどこなのかとか、そういう情報は一向に手に入らない。
気づけば草本と里崎君が席に着いていた。「いただきます」と皆で言うなり食べ始めてあっという間にたいらげる。
「じゃ、朝食も食ったし、俺たちは行くかな。里崎、行くぞ」
先輩は立ち上がって里崎君に呼びかける。里崎君は一瞬、違うところに目をやり、すぐに先輩をみすらえて「はい」と返事をする。
「それじゃあ俺たちは先行くよ。また後でな、草本、谷山」
そう言い残して二人は食堂を出て行った。俺はさっきの里崎君の行動が少し胸に引っかかっていたが、飲み込んだ。俺も行こう。
「さて、俺も行くか」
「あれ? 谷山ももう行くの?」
彼女は食卓に並ぶ空の皿をまとめながら聞いてくる。
ああ、と短く答える。
「そっか・・・気をつけてね」
彼女はどこか寂しそうに言った。そう、彼女は食事とかそういうもの以外ではこうやってただ待つだけだ。それに待つといっても二人とか三人じゃなく、たった一人で孤独に。
「ああ。じゃあまた後でな」
だからこそ俺は明るく元気に答えた。彼女の不安が、寂しさが少しでも和らぐように。
俺は倉庫に移動した。そしてこの部屋の隅に向かう。そこには四角い淵のある床があり、それに付いている取っ手を掴んで思い切り開ける。すると床があった場所に真っ暗な空間が広がる。その空間に足を入れて、壁を伝うようにあるはしごに足を引っ掛けて下に下りていく。そこを下りきると目の前に防空壕のような、洞窟の奥のような光景が広がる。
ここは純一に渡した刀を探すときに見つけたところだった。あのときは何か床にあるなーって思ってたぐらいでいざ開けてみるとこれだ。
手に持っていたらんたんに明かりを灯す。
「・・・よし。行くか」
気合を入れなおしてその奥へと踏み出した。
「―――とまあそんな感じで捜索してみたけど特に進展はありませんでした」
「・・・あなたは何をしに行ったの? ただ怪我するために行ったの?」
今俺は地下の捜索を終え、草本に怪我の手当てをしてもらっているところだ。怪我は捜索中に鋭く尖って突き出ていた壁に誤って頬を少し切ってしまったのだ。我ながら情けない。
外はもう朱に染まっていた。
「この時間帯ならそろそろあの二人も戻ってくるな」
「そうだね・・・はい、終わったよ。寝る前には剥がしなよ。じゃないと被れるよ」
「わかってるって。とにかく、ありがとな」
「まあ、私は谷山みたいに何かしてるってわけでもないからね。これぐらい当然だって」
草本はそう言って苦笑する。
「そうでもないと思うぜ。草本は食事も作ってくれるし、何より皆を元気にしてくれてる。俺もお前に元気貰ったしな。純一もきっと・・・」
「そうなのかな・・・そう言ってもらえると嬉しいよ」
彼女を励ますつもりだったのになんで俺はこんなことを話しててるのだろうか。
「―――なあ、なんで残ったんだ?」
「え?」
「なんで純一たちに付いていかなかったのかって聞いてるんだ」
「それは・・・前にも話したように危険なことが起きるリスクが怖いから・・・」
「けど、ここを出なきゃいけないときがくるって言ってなかったか? それなら純一たちに付いていってもよかったと思うんだ」
「・・・谷山だって私とほとんど同じって言ってなかったっけ?」
「そりゃまあ、そうだけどさ・・・」
拗ねたように言う。それがおかしかったのか草本はクスリと笑う。
「・・・ねえ、私がその後言ったこと覚えてる?」
「え? ・・・確かそのときが来るまでここで過ごしていたい、だっけか?」
「そう。なんでそう思うのか私もよくわからないんだけどね。けど・・・」
「けど?」
「・・・なんだか懐かしく感じるの。ここにいるとね。こんなところ見たこともないのに」
―――ああ。俺だけじゃなかった。懐かしいと感じているのは。
俺があのとき、「草本と同じ」と思ったところはその「ここで過ごしたい」という場所だった。理由は俺もよくわからない。ただ、何か懐かしいのだ。見たことも来たこともないというのに。最初は早く帰りたいと思ったのに。それでも、ここには何か大切なものがあるんじゃなかっていつしか思うようになって・・・。なんか不思議な気分だ。
「――私、おかしいよね。懐かしいだなんてさ。ここで過ごしたい、だなんて狂ってる・・・」
「そんなことない」
俺は草本の正面に立つ。
「そんなことないし、おかしくも狂ってもいない。だから、そんなこと言うな・・・」
「谷山・・・」
二人とも無言だった。俺たちはただ互いに向き合い、見つめ合っているだけ。自然と顔が近づいていた。俺の両手もなぜか草本の肩に乗っかっている。お互いの吐息が感じられるほど、俺たちの顔は近づいていた。彼女はただ何も言わず目を瞑った。俺はそれに応えるようにさらに顔を近づける。そして互いの唇を重ね合わせ―――ようとしたそのとぎ、ドアの向こうから物音がした。二人ともそれに気づくと我に返ったようにパッと離れた。
俺はドアに近づいてゆっくりと開けた。
「・・・何やってんすか。先輩に里崎君」
「え? あ、いや、決して二人のキスシーンを覗き見しようとしてたとかそんなわけじゃないんだ。ただ、先輩として温かく二人を見守ろうとし、里崎はこういったことを学習するためにここにいるのであって・・・」
先輩は慌ててドアから離れるなり言い訳をする。
「もういいですよ。先輩がそういう人間だってことはよくわかりましたから」
あはは、と先輩は苦笑いをした。というか、そういう人間のところ否定してくださいよ。
「ほら、里崎君もいい加減に・・・って、あれ? おい、どした?」
呼びかけるが反応しない。彼はただどこか一点をじっと見ていた。
里崎君、ともう一度呼んで彼の肩に手を置く。すると彼はオーバーなぐらいビクッと反応してゆっくりと俺を見た。
「な、なんですか・・・?」
「いや、なんですか、じゃなくて・・・先輩の悪ふざけにいつまでも付き合ってないで自分達の部屋に戻ろうぜ」
「あ、はい。そうですね」
そんな感じで二人を草本の部屋から離した。先輩が部屋に戻る途中、悪ふざけじゃないやい、と叫んでいたが無視した。というよりもそれを受け入れてしまったらマジだったってことになってしまうから無視したのもある。
それよりも里崎君はさっき何を見ていたんだろうか。草本の部屋の中をじっと見ていたはずだ。まさか草本を・・・? そんなはずないか。でも朝も何か視線がおかしかった。彼は一体どうしたのだろうか。
なんだか嫌な予感がした。
夜になった。未だ見たことのない『何か』対策のため明かりは倉庫から持ってきたランタンのみだ。カーテンは閉めているので光が漏れることはない。
それはそうと・・・本当に『何か』はいるのだろうか。里崎君は見たって言ってたが、見間違い、ってことはないだろうか。まあ、用心に越したことはないが、ここが地球には存在しない空間、いわゆる異世界でもない限り『何か』が存在する確率は極めて低いのだ。ここは人間の世界なんだ。人間以外にも生き物は多くいるが、人の形に似て目が光る、そんな生物は存在するのだろうか。もの凄く生物に詳しいわけでもないので絶対に存在しないとは一概には言えないが、多分いないだろう。『何か』が未確認生物だったとしたら話は別だが。やっぱり『何か』とは人間ではないだろうか。目が光っていたのだってたまたまライトを持っていただけっていうのも充分にあり得る。それにそう考えたなら、先生達はその『何か』と呼ばれている人間達に殺されたと考えられるのではないか? 先生達の体には人間では作れないような傷が出来ていたが・・・。いや、それがあったから俺はその『何か』を人間じゃないと考えたんだ。もし先生達が普通の人間に出来るような傷で死んでいたとしたら、俺はその『何か』はただの人間であると言い張るだろう。
そう考えるとやはり『何か』なんてものはないんじゃないかと思う。明かりをバンバン点けてカーテンを開けて、本当に『何か』がいるのかどうか調べたい。けどそんなことが出来る筈がない。
だから俺は明かりを消し、完全な暗闇にして外を見ることにした。
外には明かりと呼べるものはなかった。あるのは闇とその闇を少しだけ照らしてくれる月の明かりだけ。見た目は普通の街なのに、なぜここはこんなにも孤独なのだろうか。
そのとき、この建物の下で何かが動いた気がした。俺は窓から顔を出してその正体を探った。するとそこには小さな光が二つあった。
なんだ、あれは? ここから見るとまるで目が光ってるような―――
―――「暗かったんだけど、その中で、それの両目は光っていましたから・・・」
唯一『何か』を見たらしい里崎君はそう話していた。・・・もしかして、あれが・・・いや、まさかそんなことが・・・今それは人間だって否定したばっかりなのに・・・。
それをよく見るとこの建物のどこかを見ていることがわかった。どこだ? まさかここ? いや、そんなはずは・・・。ふと空を仰ぐ。
―――そこには光があった。
この階の一階上の三階の部屋から明かりが漏れていた。しかもカーテンは閉まっていない。なんで開いてるんだ・・・? しかもあろうことか明かりも点けて。ただ、三階の部屋を使っている者はいない。だとしたら誰が? 背筋がゾッと寒くなった。嫌な予感がする。
俺はカーテンを閉めると無意識のうちに三階へ向かっていた。例の部屋に辿りつくと力いっぱいドアを開け放った。
そこにはベッドの上でうつ伏せに倒れて必死にもがいている草本と、その上に馬乗りになって、彼女をベッドに押さえつけている里崎君がいた。それはどっからどう見ても里崎君が草本を襲っているようにしか見えかった。
その草本が部屋の前で立ち尽くす俺に気付き、叫んだ。
「谷山! 助け―――」
「くそっ、黙れ!」
里崎君は草本の口を塞いだ。俺はそれを見て我に返ったように動き出した。
「―――なっ、お前、何してんだよ!」
里崎君を草本から無理やり引き離す。そして彼の襟首をつかみ、そのまま壁に押し付ける。
「何やってんだよ、お前」
「・・・見て分からないのか?」
「わかりたくもねえよ」
「そうかよ・・・」
「いいから何したのか早く言え!」
「わかりたくないって言ったのはあんただろ・・・見てのとおりだよ。彼女を襲ってた」
「・・・なんでそんなことを?」
「それも説明するのかよ・・・めんどうだな」
里崎君、いや里崎の言葉遣いや態度は普段とは明らかに違っていた。
「簡単なことだよ。色々溜まってたんだよ。ストレスとか恐怖とか不安とか・・・性欲とかもな。今までは理性で必死に押さえつけてたけど、それも限界でな。ずっとわけわかんないとこに留まり続けて、『何か』とかいうものに怯え続けてて・・・おかしくなっちまいそうだった。だからおかしくならない方法を考えた。答えはすぐ出たよ。あんたにはわかるかい? わからないだろうね? あんたはあの信原ってやつが出てくときも誰よりも平然としていたり、どこかもわからない場所で寝坊しそうになったりと能天気だもんなあ。そんなあんたにも特別に教えてあげるよ。意思に・・・自分の意思に、自分の欲望のままに動く。ただそんだけだよ。簡単だろ? だから欲望のままに彼女を襲ったんだよ」
・・・狂ってる。こいつは、おかしい。
「今なら能天気なあんたにでもわかるんじゃないか? 俺の気持ちが」
「お前の気持ちなんてわからねえよ」
「嘘つくなよ。お前もそう思ってるんだろ? 暴れろよ。欲望のままによ。じゃないとあんたおかしいぜ? さあ、暴れろ。我慢することなんかないんだ。襲っちゃえよ。襲えよ。そして全て壊しちまえ、谷山宗谷あああ!」
「―――ふざけんなっ!」
右手を放して、勢いをつけて思いっきり里崎をぶん殴る。彼は殴り飛ばされて床に倒れた。殴られた部分を手で押さえつけながら「いてえよ・・・いてえよ・・・」と呟いている。
「・・・谷山」
「・・・草本! 大丈夫か?」
「ん、まあなんとか・・・」
よかった、とホッと胸を撫で下ろすが視界の中に窓が映り、思い出す。
――そうだ。あれは・・・あれはどうなったんだ?
もう『何か』が本当にいるのかどうかなんてどうでもよかった。あれが里崎の言ってた『何か』なのかはわからないが、とにかく、あれはやばい。本能が告げている。頭の中で非常ベルが鳴り響いていた。
窓を開けて建物の下を見る。そこには―――あった。光が。それは俺を見つけると、薄気味悪く笑ったように見えた。
次の瞬間、その小さな光はこの建物の入り口に向かって動き始めた。
最悪だ。『何か』に見つかった。『何か』は、ここにやってくる―――――
長編小説ランキングに投票
よろしければ投票お願いします。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。