十一話「選択」
四日目の夕方。つまり、ここにきてから三日が過ぎたことになる。 先生が亡くなってからは二日経ったことになる。
昨日今日は特に何もなかった。外には『何か』がいるかもしれないということでこの二日間、外出する者はいなかった。つまりずっと建物の中にいたということで、何も起きるはずがなかった。俺たちは、ただ話したり部屋でのんびりしていただけだ。
確かに何も起きないのはいいことだ。けどそれは何も前に進まないということでもある。このままでいればきっと誰も死ぬことはないし、危険な目に遭うこともない。けどそれでいいのか? このままここに閉じこもってるだけでいいのか? それじゃあダメだろう。ここがどこかもわからないのに自分たちから進もうとしなければ分かることもわからない。
だからこそ、俺は一昨日宗谷に話そうとしたことを宗谷だけでなく、皆に伝えようと考えた。
俺達は食堂で全員で夕食を食べている真っ最中だ。このことを話すのにはちょうどいい。
「―――なあ」
いざ話すとなると声があまり出なかった。自分自身でもまだ本当にこれでいいのかどうかわかっていないからだろう。無意識にためらっているんだ。
けどもう話は振ってしまった。もう話すしかない。
「どうした」と宗谷が反応してくれる。
「ちょっとさ、考えてたことがあるんだけど、皆、俺の意見聞いてくれるか」
そう言うと皆が俺のほうを向いた。それで俺が話し始めるのを待ってる。いいんだよな?
「―――今のままじゃダメだと思わないか。何もしなければ何も起こらない。つまり、危険なことも起きないし、前に進むこともない。分かることもわからない。だからさ、いつまでもここに閉じこもってないで・・・ここを出ないか?」
ああ、言っちまった。もう後には引けねえ。
「俺、近いうちにここを出ようって考えてるんだ。リスクはでかいけど、こうでもしないといつまでたってもこのまんまだと思うから・・・。強制はしない。だからもし、俺と同じように考える人がいたらさ、一緒に行かないか?」
――言い切った。皆、突然の提案に唖然としている。
「それ、マジで言ってるのか?」
三年生の一人、山中先輩が聞いてくる。「ああ」と頷く。
そして沈黙ができる。このことを考えてくれているのだろうか・・・? それから数分が経ったところでさっきの先輩が口を開けた。
「危険な目に遭うのは怖いけどさ、確かにこのままじゃ何も変わらないからな。俺も一緒に行くよ」
「・・・先輩」
「私も・・・私も、そうだと思う。自分達で動かなきゃ・・・。私も行く」
先輩に続き、同学年の吉川さんが続く。
「僕は・・・ここに残ります」
里崎君は弱々しく言った。
もう一人の三年生の田辺先輩に目をやると、彼は首を振って残ることを示した。
「草本と宗谷は?」
「私は・・・残るよ。信原の言うことも一理あるけど、私はそのリスクが怖いから・・・。まあ、たとえ残ったとしてもいつかここを出なきゃいけない時がくると思うけどね。けど、なんでかそのときまではここで過ごしていたいの」
最後のほうは少し疑問に思ったが、彼女が残ることは大体予想がついていた。彼女は一見大雑把に見えるが、結構慎重だから。
ただ問題は宗谷だ。宗谷は結構俺に似てるところがある。この前の夜での会話でも俺と同じような意見を持っていた。だから付いてきてもおかしくないのだが・・・。
「最後、宗谷は?」
「お前を止める」
「―――は?」
「だから、お前を止める。ここから出るのをな。外は危険だし」
予想外の答えだった。
「あのなあ、お前、もっと真剣に・・・」
「―――と言っても純一は絶対に行くだろ。俺が止めても。頑固だしな、お前」
「・・・・・・宗谷」
「俺はここに残るよ。理由は草本とほぼ同じ。それに、ここにいても前に進めると思うんだよ」
「そうか・・・」
「このことだろ?」
「え?」
「あのとき言おうと思ってたことって」
気づいてたのか、宗谷。
「ああ、そうだよ」
笑って言ってやった。
そして深呼吸を一回して気持ちを入れ替えた。
「よし、じゃあ一緒に行く人はもう一度よく考えて欲しい。それでも行くというなら早めに行動したいし、明後日の朝に出発しようと思う。それまでに準備を」
―――結局、最初に行くといった三人が一緒に来ることになり、他がここに残ることになった。
時間はやはり無情にも過ぎていく。
出発日当日の朝。ここを出るメンバーは俺を含めて全員準備は終わっている。これからここで最後の食事を取る。
「じゃ〜ん。今日は早起きして頑張って作りました〜」
草本は腕を大きく広げて言う。確かに、目の前にあるテーブルの上には数々の品々が・・・。パンやコーンスープなど普通のものばかりだが、何より量と数がやばいほどある。ベーコンエッグ、ウインナー、コーヒー、ご飯に味噌汁、漬物、たくあん、焼き鮭等々。他にもフルーツの盛り合わせなど、とにかく豪華だった。とりあえず、和と洋のどちらかに統一したほうがよかったんじゃ・・・。いや、その前に朝からこんなに食べれない・・・・・・。
「・・・今日は出発の日だからね。二度と会わないってことはないと思うけど、当分の間会えなくなるのは本当だと思うから・・・」
草本の声は徐々にしぼんでいった。この別れを悲しく思ってくれているのだろうか。
「そう、だよな。当分会えなくなるんだよな。だからこんなに頑張ってくれたんだよな。・・・ありがとな」
「・・・うん」
彼女は小さな声で答えた。
「じゃ、食べようぜ」
俺は手を叩きながら皆に向かっていった。いただきます、と皆で言って食べ始めた。
俺は食べながら食事をしている皆を見渡す。すぐ右にいる芳川さんと山中先輩の二人は俺と共に外に行くメンバーだ。向かい側に座っている田辺先輩と里崎君と田辺先輩、それと草本の三人とはここでお別れ―――いや、一人足りない。宗谷がいない。
「なあ、草本。宗谷は?」
「まだ寝てるよ。さっき起こしに行ったんだけど全然起きなくて・・・私のチョップをくらって起きなかったのは谷山が初めてよ・・・!」
起こすのにチョップって・・・。
「そうか。わかったよ」
食べ終わったのは食い始めてから三十分経った頃だった。ちなみにテーブルに出ていたものは全部たいらげた。なんか腹が悲鳴をあげているような気がするけれどきっと気のせいだ。
さあ、後は出発するだけだ―――。
腹の痛みが大分治まってきた頃。俺たちは全ての準備を終わらせて、やることも全部終わらせた。後残っていることはここに残るメンバーとお別れをすることだけだった。
「はいこれ。今日の昼食と夜食用の弁当。それとは別のいくつかの食料。あと最低限の雑貨」
草本から大きな袋を渡される。最低限、と言ってるが、かなりの量だ。まるでこれから山登りするような・・・。それと、昼食はいらない。あんだけ食ってまた食うとなると・・・想像しただけで少し吐き気がする。
宗谷は今の今まで起きてくることはなかった。さっき草本がもう一度起こしてくる、と言っていたが俺が止めた。俺が勝手に考えて行ったことだ。あいつを無理して巻き込むつもりはない。
俺は受け取った袋を背負って告げる。
「じゃあ、俺たちは行くよ。元気でな」
外に向かって一歩踏み出したそのとき。
「―――おいおい。別れだって言うのに、何か一言足りねえぞ」
という言葉が聞こえた。振り向くと、階段に目をこすりながら眠たそうな顔をしている宗谷がいた。
「ったく、こういうときぐらい起こしてくれよ」
いや、起こしたから。
「荷物はもういっぱいか?」
「ん、いや、頑張ればまだ少し・・・」
「なら、これ」
宗谷は俺に向かって何かを投げた。それは一m半ぐらいの細長い刀だった。
「これ・・・」
「外には『何か』がいるかもしれないんだ。護身用だよ。余計な荷物だと思うかもしれないけど、得体の知れない場所にいるんだ。何が起こるかわからないし、先生の件だってある。それを考えると持っておいても損はないと思う。昨日は徹夜でそれ探してたら寝不足で少し寝過ごしたけど・・・。まあ、あの倉庫の中では一番良い刀だと思うぜ、それ」
・・・良い刀とか悪い刀の区別つかないくせに。
「・・・お別れのプレゼントが刀って・・・。宗谷、お前さ、予想の斜め上をいくな」
「そうか?」
「当たり前だ。お別れのときに刀渡すやつなんて見たことないぞ」
「・・・それもそうだな」
宗谷が真面目な顔で答えるもんだから思わず笑ってしまった。
「なんだよ、なんかおかしなことしたか、俺」
「ああ、したよ。かつてないほど。どこかおかしいよ、お前」
「うるせーよっ」
二人で変なやり取りをする。俺と宗谷の二人で笑いあっていた。周りのいる皆は首を傾げてるだろうな。傍から見ればおかしな二人だ。
―――こんな風にいつまでも笑い合えればいいのに。けど、もう、それも終わりだ。
「けど、ま、ありがとな。俺たち、そろそろ行くよ。じゃあな、里崎君に田辺先輩、それと草本と宗谷。元気でな」
「だから違うって言ってるだろ。さっきも言ったろ。一言足りないって」
この期に及んでこいつは・・・。
「違うって何がだよ」
「わかるだろ。それじゃあもう二度と会わない前提で言ってるような感じだろ。同じだよ――先生のときと」
ああ、そうか。彼が言った足りない一言。それは―――
「元気でな。それと―――また会おう」
「ああ、元気でな。またいつか会おう」
今度こそ宗谷は素直に別れの言葉を言った。
皆、口々に別れの言葉を出し合い、俺と吉川さんと山中先輩の三人は建物の外へと踏み出した。
―――このとき、彼はまだ気づいていなかった。後に、彼はこの選択を悔やむことになることを。
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