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九話「現場状況」
 これで死体を見るのは二度目だが、やはり慣れるものではない。部屋に入ってそれを見て軽い吐き気を催した。純一もそれを見て部屋に入るのを一瞬ためらったが、覚悟を決めたのかゆっくりだけど部屋に入っていく。俺もここにいてはいつまでたっても埒が明かないので純一に続く。
 部屋の奥に進むと、さっき見たときよりもそれは鮮明に見えた。それで最初に気づいたことは、あの引っかき傷は思っていたより大きかったということだ。
 この部屋は入り口から十mぐらいのところまで一人しか通れない細い通路になっていて、そこを超えると四角い空間が現れる。入り口からは左側の部屋の様子は見れるのだが右側は見えない。なので通路を出た今、ようやく部屋の右側が見えた。といってもやはりただの部屋で、壁際に服を入れるためと思われるタンスとそれの側面と壁にくっつく形でベッドが置かれているだけだった。
 しかしそのベッドの様子がおかしかった。見た目はただのベッドなのだが、白い布団は真ん中から円状に赤い何かが広がっていた。そのベッドの下には一人の少年がいた。いや、倒れていた、という表現が正しいか、もしくは‘死んでいる’という表現が相応しいかもしれない。
 俺と純一はそれを見て愕然する。

「・・・先生だけじゃなかったのかよ・・・・・・」
「・・・らしいな。しかも、彼、俺たちと同じ学校だ。うちの高校の制服着てる」

 純一の言うとおり、彼はうちの制服を着ている。

「・・・とにかく、あまり乗り気じゃねえけど簡単にこれらを調べよう。早くこの部屋から、いや、建物から出たいし」
「同感だ。・・・死体は二つあるから手分けして調べよう。宗谷は先生を頼めるか? 俺は彼にしようと思うんだが。どうだ?」
「それでいいよ。さっさと終わりにしちしまおう」

 そう言うと、俺たちは早速作業に取り掛かり始めた。先生のすぐ前に腰を下ろす。・・・さっきまでは平気に純一と話していたが、この現状を見るとさっきまでの平気さが異常に感じた。心が麻痺しているのかもしれない。もう何度か見てるとはいえここまで近距離で見るのはこれが初めてだ。先生の表面は今までみたいに軽く見てるだけでは気づかなかったが、思った以上にかなり悲惨だった。それを見てまた軽い吐き気を催す。それでもやらなければならない。そう決心して先生を覗き込む。
 大きい傷は少なかった。三本の線が左肩から右の腰に向かって斜めに平行に走っている。周りに流れている(今はとっくに乾いている)血の大部分はこの傷のものだろう。他に傷といえば転んですりむいたものぐらいだ。
 そして次に目に付くのは・・・やはり右肩から下だろう。先生の右腕は本来あるべき場所にはなかった。床にもげ落ちているのだ。いや、待て。これはもげ落ちているというより、切れているといったほうがいいのかもしれない。肩を見ると切断面は乱暴になっているというより、包丁で野菜をスパッと綺麗に切るようなそんな感じになっている。つまり、先生は刃物をもった者に斬られて、そして殺された・・・? 確かにそれなら三本の傷も納得・・・できない。刃物で、平行に三本も斬ることは出来るのか。それ以前に斬るとなっても一回斬れば充分じゃないのか。考えれば考えるほどにそう思えてくる。
 なんだ、これは。先生は、これを見る限り、やはり殺されたのだろう。自殺でこれはない。けど、なら、どうやって? 誰に? なんでここまでする必要が? 人間のやることじゃない。これは悪魔がやることだ・・・。まさか、本当に悪魔がいてそいつらに―――。

「なあ、宗谷。これどう思う?」

 純一に呼ばれ、ハッとする。

「どう思うって・・・どうした?」

 純一の方に近寄る。

「彼、制服が血だらけでちょっとわかりにくかったんだけど・・・・肩とか、腹とかが貫かれてる」
「貫かれてる?」
「ああ。ぶっとい杭で打ちぬかれたみたいな感じだ。肉が見えるんじゃなくて、その先にあるはずの床が見えるんだ・・・」
「な・・・こんなの、人間がすることじゃねえだろ・・・」

 彼は先生より悲惨だった。純一が言うとおり、所々だが、肩とか腹とかがないのだ。小さな円状ですっぽりと抜き取られている。
 まず、こんなことを人間が出来るのだろうか。例えやったのが人間だとしたら、そいつは・・・人間の心を持たない、人間の形をした怪物だ。
 純一が話を続ける。
 
「その傷、というか穴といったほうが正しいか? ともかく、それは全部で三つ。肩と腹と胸だな」

 純一はそう言い切ると、小さく唸ってバランスを崩して倒れそうになる。しかし、手をついてそれは防いだ。
 
「おい、純一。大丈夫か?」
「ああ、なんとか。軽い目眩だ」

 と純一は言う。

「・・・もうやめよう。帰ろう。これ以上いたらマジでおかしくなっちまう・・・。俺たちはよくやったよ。そこまで無理する必要はない。だから、早くここを出よう」
「ああ、そうだな・・・」

「ただ、ちょっとだけ待ってくれ」と純一は付け加える。

「わかった」

 けど、純一はもう限界に近いはずだ。俺はそれを見越して「もう帰ろう」と言ったんだ。だから早くしてくれ。お前のためにも。
 純一は血がついていないベッドのシートを荒々しく千切る。更にその千切ったシートを四角に千切り、その四角形の布を二枚作る。なんとなく、それを作る意図がわかった。
 純一はそれを先生と少年の顔に被せる。多分、今の俺たちに出来る唯一の葬り方だと思う。きっと純一は、何もしないよりこうしたほうがいい、と思ったんだろう。

「これでいいかな。今出来る唯一の手向けだ」

 彼の口調は穏やかで、だけどどこか哀しかった。
 純一と俺は無言のままドアに向かう。そこに着くと純一は部屋のほうへ降り返って合掌する。彼は合掌をやめて目を開けるとこう言った。

「先生、いや、大友先生。それと・・・彼。名前はわからないけど、二人とも、いつかまた会いましょう。それまでさようなら」

 いつかまた会おうというのは、俺たちが先生たちと同じ場所に行くことなったときへのことか。それとも―――これは別れではないのかもしれない。
 彼は頭を垂れた。
 俺も純一と同じように頭を垂らす。二人とも、さようなら。またいつか会う日まで―――



 外はとても明るかった。俺たちの心とは正反対だ。
 太陽はさっき見たときよりも高いところにあった。どれくらいここにいたのだろう。
 目を横にやり、先生のメガネを見つけた場所を見る。見つけたのはほんの数時間前のはずなのに、何年も前のことのように思えた。ここで、色々なことがありすぎた。

 「随分と長くここに留まっちまったな。戻ろうぜ、宗谷、草本が待ってる」

 そうだな、と答えて歩き出す。その時、後ろから声が聞こえた。

「おーい! そこのお二人ー! 待ってくれー!」

 俺と純一は驚いて急いで踵を返す。そこには、手を振りながらここに駆けてくる人達がいた。他にもまだ、人がいたんだ・・・。そう考えると顔が自然と綻んだ。純一も同じみたいだった。
 俺たちはその人達に向かって手を振り返す。外はとても晴れている。

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