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八話「説得」
「きゃあああああああっ!」

 それ見て最初に悲鳴を上げたのは草本だった。

「う、うわあああああああっ!」

 次に純一が悲鳴を上げた。彼は尻餅をつく。
 その中で俺だけは悲鳴をあげなかった。もしかしたら、まだ目の前で起きていることが現実として受け入れられてないからかもしれない。

「なん、だよ・・・・・・」

 それを見て言う。壁にドッと力なく寄りかかる。

「なんなんだよ、これ・・・・・・」

 声は震えている。

「―――うっ」

 直後、胃袋が悲鳴を上げた。やばい、言葉に表せないぐらい気持ち悪い・・・。こんなに激しい吐き気は初めてだ。口を押さえて必死に押さえる。一瞬口の中で酸っぱい味がしたと思ったら、胃が今まで以上に悲鳴を上げた。口の中に酸っぱい味が広がるが、なんとか耐える。すると激しいそれは消えていった。
 次の瞬間、後ろでドサッと音がした。

「なん、だ・・・?」

 振り返ると、草本が床に倒れこんでいた。



 私が目覚めると、そこは建物の外だった。近くで二人は何か話し合っているようだった。けれど、私が目覚めたことに気づくと彼らは私に近づいて声をかけてくる。

「草本、大丈夫か?」
「どこか気分、悪くねえよな? 無理すんなよ」

 信原も谷山も本気で心配している。
「うん、大丈夫」と言って頷いた。ただ、大きな声で言ったつもりだけど出た声は小さかった。
 ――二人に声をかけられて思い出した。あの、部屋の奥にいた変わり果てた先生のことを―――
 思い出そうとすると頭がズキッと痛んだ。それでも、確認しないといけない。

「――ねえ、先生は・・・? 本当に死んだの・・・?」
 
 返事は返ってこなかった。いや、これが返事なのだろう。
 それが事実とわかって泣きそうになる。あの先生が、死ぬなんて・・・。目尻に溜まった涙を拭いて二人に努めて明るく提案する。

「・・・ねえ、二人とも。もうここにいてもいいこともやることもないし、戻らない・・・? ううん、戻ろう。ね、二人とも」

 それを聞いた二人は俯いたままだった。谷山が口を開く。

「そのことだけど、草本。君は先に一人で戻ってくれ、俺と純一はここに残る」

 二人とも私の意見に賛成するとばかり思っていた。だから、その言葉を聞いて驚いた。

「え・・・? なんで? 二人が残る必要なんてないでしょ?」
「調べなきゃならない。先生はただ死んだじゃない。何かに殺されたんだ。あの傷跡がそれを示してる。なんであんな傷跡がついたのか、なぜ先生は殺されたのか。わかることは少ないだろうけど、俺たちはそれらを調べなきゃならない気がするんだ。それに、先生は俺らに何かを残しているかもしれない。そんなわけで、俺と純一で話し合って、俺たちが残って調べることにしたんだ」

 ―――言ってはいけない。彼らは間違ったことは言っていない。だから、今思っていることは、言ってはいけない―――

「なんで・・・ぜんと・・・るのよ」
「え?」
「――なんでそんなに平然としてられるのよ! 人が、死んだんだよ? しかも赤の他人じゃなくて、私たちの身近な人が。見たでしょ、あの光景を。それなのになんでそんなことを言えるの!? あれを見てもう二度と見たくないとか、普通思わないの? 普通なら調べよう、なんて、そんなこと言わないよ・・・。なんで、そんなこと・・・」

 いつの間にか、頬が濡れていた。

「草本」

 谷山は私を短く呼んだ。そして膝立ちになり、私の肩に手を置く。彼は私の顔を正面から見据えて――彼の顔に一筋の涙が伝った。

「それは違う、草本。平然となんかしていない。まだ、俺も純一も、そして君も。皆まだ先生の死を悲しんでいる。それだけじゃなくて、怖い。最初はこんなわけわかんないとこにいて、それが怖かった。ただ、それでも皆がいたから。誰かが危険な目に遭うことなんてないと思っていたから。特別、もの凄く怖くはなかった。けど今は違う。彼が――先生が・・・・・・。このまま何事もなく帰れると思っていたけど、もうそれは無理なんだ。もうその『何か』は、起きてしまったから。そしてその『何か』はこの後には絶対に起こらないなんて保障はどこにもないんだ。つまり、俺たちだって先生の後を追うようなことがあっても今になってはなんら不思議なことではないんだ。そう思うと、もの凄く怖い。平然となんかしてられるわけ、ないだろ」

 そう話す彼の腕は震えていた。なぜだろう。怖いから、なの?
 信原にチラッと目をやる。彼も心なしかどこか怯えているようだ。

「でも、ならなんで。そう思っているなら、怖いなら・・・」
「ああ、そうだよな。怖いのなら、戻ればいいよな。けどそうじゃないんだ。俺たちが今ここで何かをせずに戻るのは逃げるのと同じじゃないか? ここで逃げて、それでまた同じようなことが起きてしまったら? また逃げるのか? それじゃあダメだろ。先生の死を無駄にするわけにはいかないだろ。もう二度とこんなことを起こさないためにも、何があったか知るべきなんだ。だから、怖いけど、行くしかない」
「なら、私も――」
「ダメだ」

 谷山は首を横に振る。

「なんでよ・・・逃げちゃダメなんでしょ? 先生の最期を無駄にしちゃいけないんでしょ? なら私だって・・・!」
「それとこれとは違うぞ」

 今度は信原が口を開く。

「確かに、草本の言うとおりだよ。でもだからって無理にやることはない。草本が見かけによらず繊細だっていうことは俺も宗谷も知ってる。そんなお前がもう一度見たら心がおかしくなっちまうと思うんだ。それに、あの建物には、いや、この近くにはまだ先生を殺した何者かがいるかもしんないんだ。俺と宗谷は自分の身は守れるけど、お前まで守りきれないぞ。自分だけで精一杯なんだ。まあ、一人じゃ危険かもしんないけど、ここにいるよりも先戻って待ってるほうが百倍ましだ。だから、草本は先に戻ってて欲しいんだ。んで、食事でも作って俺たちを待ってて欲しい」

 彼はニッと笑った。ただ、まだ顔が強張っていて上手く笑えていない。そんな姿を見てクスリと笑う。
 谷山は立ち上がって「ほら」と私に手を差し伸べてくる。その手を掴んで私も立ち上がる。
「・・・わかった。私、先戻るよ。それで、怖さも悲しさも忘れるぐらい美味しい料理を作って待ってる」

 私も、今出来る精一杯の笑顔を作る。

「先に戻るって言ってもこの近くは危険だし、草本もまだ本調子じゃないみたいだし、途中まで送ろうか?」

 谷山の言葉は嬉しいけど、私ばかりが甘えるわけにはいけない。

「ううん、いいよ。一人で大丈夫。心配してくれてありがと」
「・・・そっか」

「あーあ、フられてやんの。ドンマイだ、宗谷。お前にはもっといい子がいるって」と信原がニヤニヤしながら言う。「なっ、お前、誤解を招くようなこと言うな!」と微妙に顔を赤らめて慌てながら谷山は反論する。そのやり取りがおかしくて笑ってしまう。
 ―――この時はまだ心が完全に落ち着いていなかったから気がつかなかったけど、よく考えれば谷山が私のことを・・・・いや、なんでもない。これで私の考えていることが違ったらまたただの妄想になってしまう。
 そろそろ行かないと、二人は何時まで経っても調べられないな。私はそう思って戻ることを告げる。

「私、そろそろ行くよ。じゃないと何時まで経っても二人ともここで突っ立っているだけになっちゃいそうだし」
「そうか、じゃあまたな、草本」
「俺たちが帰ってくるまでには食事作ってろよ。たくさんな、たくさん。腹減ってるから一杯食うぞ、俺」
「うん、わかった。これでもか、ってぐらい作って待ってるよ。・・・また後でね」

 二人は私の言葉を聞いて「じゃあ俺たちも行くか」と言い合って、私に向かって手を振りながら建物に入っていった。
 私も、彼らに手を振りながら道を歩き出した。
 二人の無事を祈ってる。


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