七話「先生の行方」
寝起きは最悪だった。
寝ている間にたくさんの夢を見た。どれもぼんやりとしていて詳しい内容は思い出せないが、悪い夢や縁起が悪い夢など―――まるで自分の気持ちを、不安を表しているような――
辺りをざっと見渡すと、やはり病室みたいな、いや牢屋のような質素な部屋にいた。昨日の出来事は全て夢で、目が覚めたら自分の部屋だった、という結末を期待していたが、淡い希望は叶うことはなかった。やはりこれは現実なのだ、と心に深く刻み込む。
何かする気力が湧かない。指一本動かす気さえ起きない。もう一度寝て、現実の俺が目を覚ますまで寝ていたい。けど、これは現実なのだ。決して夢なんかじゃないんだ――。
突然お腹がぐうと鳴った。無気力なのは確かだが、体はなんて正直なんだろう。
しぶしぶベッドから下りて部屋を出る。そしてそのまま一階を目指す。一階に下りてすぐ前に外へ続く出口が見えた。外は今の自分とは正反対の明るさであった。その出口側から見て俺が下りていた階段のすぐ左に奥へ続く通路がある。そこを進むと小さな食堂があり、そこの手前を右に曲がると食料庫がある。昨日先生と草本と合流した後、建物を捜索し、見つけた場所だった。昨晩はここで食事を取った。
通路を進んで食料庫に入る。適当なものを選んでそのまま食べよう。そしたら後は何も考えず寝よう・・・。そう考えていたときだった。
「あれ、谷山? 起きたんだ。私と信原で今から朝食にしようと思ってたから丁度よかった。一緒に食べよ」
この場に似合わないくらいの明るい口調で草本が後ろから話しかけてきた。振り返って草本を見る。こんな状況なのに元気そうだ。
「なあ、草本。誘ってくれるのはありがたいけど、肝心な朝の挨拶というのを忘れてないか」
「あ・・・そういえばそうだね。おはよう、谷山。さて、挨拶も済んだし朝食にしよー」
「お前な・・・まあいいや。行くなら行こうぜ」
なんかひっかかるんだけど、と彼女はムスッとする。そんな彼女の明るさが今は嬉しかった。
俺は彼女を心配させないように頑張って笑顔を作った。
いくつか食料(主に缶詰)を持って食堂に入る。そこには先客がいた。純一だ。
「お、宗谷。おはよ」
「おはよ。・・・あれ、先生は? 朝には帰るって昨日言ってたよなあ。また外行ったのか?」
それを聞いた途端、二人は視線を落とす。
「実はな・・・」
純一は何か言いづらそうだった。
「先生、まだ帰ってきてないんだ」
「・・・え―――」
それを聞いて愕然とする。朝までに帰ってくるって言ってたのに・・・。
イスを引いて座る。
「なんで――」
「わからない。俺が起きた後、この建物を一通り見たが、先生はいなかった。それに加えて、帰ってきた跡もなかった」
「・・・・・・そうか」
空気がこれとないほど重くなる。けど、突然草本がテーブルをバンと叩いて立ち上がる。
「何よ二人とも。なんでもうダメだって雰囲気になってんの。こんなんじゃダメでしょ。諦めちゃダメ。それに先生のことだから、あそこにいた人達が怪我をしていて、心配で帰ってくるのも忘れて看病してるかもしれないでしょ」
草本は場の雰囲気をよくするためにもわざと明るい口調をしていた。
それを聞いて俺たちははっとする。
「そう、だよな。何か事情があってまだ戻ってきてないってこともあるかもな」
「そうそう。だから朝食食べ終えたら例の建物に行こう。場所は大体覚えてるし。昨日は先生に止められたけど、私たちだってもう子供じゃないんだし、それぐらいならいいでしょ」
「ああ、そうだな。ありがとな、草本」
えへへ、と彼女は照れ隠しで笑う。それにつられて俺たちも笑った。
徐々に不安はしぼんでいった。
外は石で造られた建造物が視界の半分を埋めていた。なんだか外国にいるみたいだ。本当に、外国だったらどんなにいいことか。
地面はレンガに似た形の石が敷き詰められ、所々にある隙間に灰色の土が埋められていた。石造りの道、という表現がここでは正しいだろう。
太陽は燦々と輝いていて、俺の中にある不安も希望に変わっていくように思えた。
「んじゃ、行こう。正確な場所は分かんないけど大体の場所ならわかる。方角は・・・こっちだ」
純一はそう言って前の方を指す。俺たちはそれに従って歩き出す。そうして例の建物へ向かう。
「それにしても周りの建物、全部石で出来てんのか・・・すげえなあ」
と感心する。
「だよね。私も思った。本当は私たち外国に来てて、先生は例の建物で外人と会って、言葉わからなくて困ってたりして」
「面白いな、それ。だけどそれ本当にありそうでなんかなあ・・・」
「先生、自分では気づいてないけど天然だからな。それ以外にも例の建物への道のりがわかんなくて迷ってるっていうのもありそうだ」
「あー、それもあるかもね。なんかもう先生可哀想」
冗談を言い合い、三人で笑いあう。こうしているとさっきまでの不安が嘘みたいに感じる。単純に楽しかったのだ。こうやって笑いながら話すことが。「それ」を見つけるまでは―――
「んー、ここらへんか? もう少し遠いと思ってたけど案外近いんだな」
「そうだね。少なくともあと五分はかかると思ってた」
「俺もだ。んで、近いのはわかったけど肝心の建物は、ってあった!」
純一はここから少し左のほうを指差した。そこには昨日俺たちが見た例の建物があった。
「すぐそこだな。そこのT字路を左に曲がれば辿り着けるはずだ」
そう言うやいなや俺たちはそのT字路に向かって走り出す。
T字路に着くとTのちょうど線と線が交差して垂線となっているところで「それ」を見つけた。俺はそれをひょいっと拾い上げる。
「これって、メガネ? 先生のか?」
「そうだと思うけど・・・なんでこんなことに・・・・・・」
「それ」は先生のチャームポイントの一つである縁が丸いメガネだった。
昨日までメガネには傷一つなかったというのに今はまったくの逆でフレームは変な方向に曲がっており、レンズは割れてしまっている。まるで何者かに踏み潰されたみたいだった。
「なぁ・・・これ見ろよ」
純一が怯えた声で話しかけてきた。すぐに視線をそちらに移す。目を向けた先は例の建物に続く左の道で、純一が指を指しているところに何かの染みがあった。その染みは、赤い。
―――まさか。
「これって・・・血」
全身から血の気が引いていくのがわかった。
「血・・・じゃないでしょ、これ・・・谷山、そういう冗談はよしてよ・・・・・・」
草本は口では否定していたが動揺は隠せていなかった。
「とりあえずこれはなんなのかわかんないけれど、先に続いてる。行ってみよう」
純一は努めて冷静に言う。立ち上がってゆっくりと歩き出す。俺も草本もその後に続く。
その染みは俺たちの目的地――例の建物に続いていた。入り口を通って建物に入る。
中の構造は俺たちがいた建物とさほど変わっていない。言うのであれば少し狭い。
染みは建物の二階へ続いていた。俺たちはその染みを追いかける。すると二階の一室――「二0二」と書かれたドアの前に辿り着く。染みはここで途絶えてる。
「・・・・・・この中に先生が・・・」
俺はそう言ってから恐る恐るドアを開ける。
―――部屋の奥に何かある。
その奥にある何かを見た者から順に言葉が漏れる。
「な、なんだよ、あれ・・・・・・」
「あ・・・あれって、まさか・・・・・・」
「―――先生なのか・・・」
その「何か」は先生だった。
しかし片腕はもげ落ちていて、体には大きな傷が出来ている。更に目は瞳孔まで開き、体の周りは血の海だった。
彼は、紛れもなく、死んでいる―――。
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