戦いはひとつの真実を暴く II
『バグ』って存在知ってる?
知らない、知らない。それってなぁに?
大勢の人間が知らない存在で、知られてはいけない存在。
ひみつ、ヒミツの『バグ』ちゃん。
だからそのために戦う人間が必要なの、本人が望まなくてもね……
◆
銀髪の少年・アギト、金髪の少年・百哉がたどり着いた場所は、明かりのほとんど無い地下空間。
「オレ、イッチ番乗り〜! アギびりっけつー」
「……ビリ、っつーか……俺と百の二人しかいないだろ」
行き止まりのそこは、通路ではなく講堂に似た一室。
申し訳程度の小さな小さな照明がひとつ、扉の無いアーチ型の入り口をぼんやり飾っている。
あまり広くないが高さを感じさせ、歳月を経た礼拝堂ともいうべき内装。
今まで通ってきた通路には無い、不気味な空気が漂うこの空間に、どこからともなく隙間風が吹きすさむような、僅かな音。
二人は研ぎ澄まされた神経を集中させ、音の出所に目を向けた。
――ズズッ
暗闇にぞろりと鈍く動く、影。
一つ、二つ、三つ……と、黒い世界に次々生まれる血の色の光。
真っ赤な双眸は醜悪な光を帯びて、ギョロギョロ左右に動く。
高い、高い位置から漏れる気味の悪い吐息。
「バグが」
アギトは嫌悪と殺気の混じった真紅の瞳で、その異形の存在――『バグ』を見やった。
「うへぇ〜。今日はいっぱい来てんじゃん、アギ7オレ1ね」
百哉が苦笑し肩をすくめて言ったとおり、闇に蠢くそれは一つではないのだ。
「……なんだその偏った計算は。四体づつ片付けるぞ」
百哉の冗談をするりと交わすと背中に左手を回し、腰に装備されていたバックサイドホルスターから、素早く銀色の装飾銃を抜き取るアギト。
通常の銃よりもはるかに大きく扱い難い銃を、手袋をはめた左手がいとも簡単に操る。
――45口径 グリズリー・ウィンマグ・カスタム――
この国の16歳の少年が持つにはあまりにも禍々しい凶器……
三日月形に裂ける化け物の口から次々と咆哮があがる。
聞くものを震え上がらせる異形の絶叫。
しかし、それらの眼前に整然と立つ銀髪の少年は、
「生まれてきたことを恨め、俺が永久の眠りを与えてやる」
呪詞にも取れる、凍てつくほど低い音を放つ。
斜め上に掲げられたオートマグナムのトリガーは微塵の迷いもなく、しなやかな指によって引かれた。
瞬間。
重く、重く乾いた炸裂音が高い天井に反響し、常人ならば鼓膜を病むであろう。
刹那。
耳を劈くおぞましい叫び声が湧き上がった。
その絶叫はさらに鼓膜をいたぶる。
どちゃり、と暗闇に生まれる不快音。
肉を抉り、骨さえ粉砕する銀の獣は熱気を帯びた硝煙を吐き出している。
アギトは息もつかぬうちに目線と銃口だけを動かし、標的へ容赦なく引き金を絞った。
「じゃぁオレもちゃっちゃと片付けますか♪」
うんと背伸びをすると、百哉の体に異変が起こる。
バキバキと音をたてて肉体が変質していくのだ。
程よい筋肉で均衡のとれた16歳の体はいびつに波打つ。全身から放たれるものは殺気だろうか?
四肢からは暗色の体毛が伸び、爪は鋭く尖り、口から妖しく光の毀れる牙。
百哉の制服を吸収して、肢体に荒々しい被毛が全体を覆った。
それは人間の姿に非ず。
少年の幼顔は消え失せ、代わりに牙を剥き出し、金の目をギラつかせる獰猛なる獣がいる。
百哉は見るも禍々しい野獣へ変貌を遂げ……
「さぁ、どいつから逝きたい?」
まるで人語を操る悪魔の響き。
その低い唸り声は、地下の空気を振動させた。
地面に着いた四つの脚がゆっくりと歩き出し、すぐにピタリと歩みを止めると、重心を低く落とす。
その金色の双眸が睨めつけるは、獲物のみ。
バネのように身を縮め――一気に開放。
驚くことにそのまま室内の壁を垂直に駆け上がったのだ。
梁に身を潜める標的めがけて、狩人の爪牙が襲いかかる。
――ギャガァアアアアアアア……
仄暗い通路にまで届く断末魔の慟哭。
「うげ〜、オレの手、バグの血がべっとり付いてるぅ……なんか拭くもんないかなぁ〜……あ。アギ、その手袋貸してくんね?」
「却下」
真っ黒な血が手の甲にこびり付き、気分悪そうにプラプラと手を振る百哉。金髪が目立つ、いつもの百哉に戻っていた。
アギトは気だるい声で返事を返すと、自分は取り出したハンカチで銃を丁寧に磨きだす。
「あっ一人だけずるっ……! オレにそのハンカチを笑顔で渡すのが友情ってもんぢゃねーの?」
「……」
隣で子供のように口を尖らせ駄々をこねる相棒を黙殺。
アギトは僅かな光に反射する銀色の狂気を黙々と拭いていた。
真っ暗な室内には先の喧騒が嘘のように静まり返っている。
無論、その理由は言わずとも、八つ裂きあるいは肢体を抉られた異形の骸、またはマグナムの威力で穿たれ粉砕された、物言わぬ化け物を見れば明らかだ。
鼻が曲がるほどの異臭は、生臭いような、腐敗臭のような―ー
そんな時、暗闇を照らす人工の光と共に、静寂を破る声が響いたのだ。
「……なっ。何なんですか……この気持ち悪い怪物の死体……? モモの手、血が付いてます。アギ、そのごっつい銃みたいなの……本物、ですか?」
自分達の『仕事』が片付き、気が緩んでいたのだろうか?
気配に全く気付かず、背後から聞こえる声ではじめて振り返るアギトと百哉。
入り口にはその凄惨な光景を訝しげに見つめるるちが、呆然と立ちすくんでいた。
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