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アンダーグラウンド
作:黒雛 桜



地上のネコ


他人ヒトの心を知ることはできない
どうして、どうして? 知りたいのに

相手に心を許さない限り、永遠に知ることはできないの
だから、だからあなたは冷たいの?

そう、ホントの自分を隠すため。だから……
 

      ◆


 地下で起こる血生臭い惨状とは無縁の地上。
 穏やかでゆったりとした時間がこの世界には流れている。

 柑橘系の爽やかな香りが漂う、清潔で落ち着いた雰囲気の個室に、不快極まりない音声が遠慮なく響いた。

「うぼぇえええええっ、おえっ」

 別の個室に入っていた女子生徒は、思わずびくりと肩を震わせてしまった。
 筒抜けの声に、その場にいた複数の生徒が眉をひそめる。


 聖ローズクロス学園 2階 1学年専用女子トイレ――

 女子にあるまじき嗚咽を漏らしながら、便器に顔を向けて苦しみを吐き出す乙女がいた。
 龍ヶ崎 るちである。


 しばらすると、胃から絞り出されたような声は治まり、本来の静けさを取り戻した女子トイレ。
 しかし、反応の無くなった個室をギャル風の女子生徒が不安げに見つめる。

「るちぃ〜死んだ?!」

 問いかけにもトイレの主は無反応なため、ドアを叩こうと手をかざしたその時。
 突然個室のドアが開き、思わず女子生徒は2、3歩後ずさりした。

「キャハー☆ るち、ふっかぁーつ! お待たせ〜なっちゃん」

 額にピースサインを掲げ、目から涙、鼻から鼻汁、口からは朝に食べた食材が細かくなって唾液と共にあごを装飾していた。

 なんとイタイ子なんだろう、と哀れみの眼差しを向けるなっちゃん。



 どうやら、あの地下空間から地上に出るまでの上りエレベーターはるちにとって、相当キツイようだ。
 やっと地上の薔薇庭園に戻ってきた時はすでに3時限目の授業が終っていた。
 アギト、百哉と別れてるちはこみ上げる吐き気に、慌ててトイレを目指した。
 授業が終わり、メイクを直そうと、たまたまお手洗いに向かっていたなっちゃん。
 
 彼女と遭遇したるちは、ろくに会話もせず勢いよく一番奥の個室に駆け込み、苦しみから解き放たれたわけだ。


 教室へ戻ると、すかさずなっちゃんからの質問攻めが始まる。
 四時限目の授業が始まる数分間、るちにとってはさぞ長く感じることだろう。

「るち、あんた3時間もどこほっつき歩いてたのよ?!」
「えと……」
「まさか興味無いとか言いながら、猫宮先輩と犬飼先輩をこっそり付けまわしてたんじゃないでしょうね?」
「あぅ……」
「今日の数学当てられるから答え教えてくれるって約束してたのに!」
「それ約束してな……」
「うるさいうるさーい!!」

 なんと理不尽な会話か。

 分が悪いるちは反論できずに叱られた仔犬のように身を縮めていた。
 その時、教室のドアを勢いよく開けるものがいた。
 もちろん予鈴はまだ鳴っていないので、教師ではない。

 音の先へ目線を向けた生徒達からにわかに驚き混じりの歓声があがった。

 黄色い声が徐々に音量を上げていく。
 るちとなっちゃんも騒がしくなる教室内を不審に思い、ドアへと目を向けた。

 途端に石のように固まるなっちゃん。
 るちはドアの前に立つ人物を目を丸くして見つめた。

「あ"っ……なんでるちの教室にアギがっ……」

 問題の人物を凝視するうち、苦虫を踏み潰した表情に変わっていくるち。
 その人物とは美しい銀髪をなびかせる、聖クロスローズ学園2年の、猫宮アギト。

「龍ヶ崎! このクラスにいるのは割れてるんだ、速やかに起立しろ」

 ひとクラス36人のため、目的の人物を探し出すのは骨が折れる。
 苛立たしげに教室内に視線を走らせるも、すぐに見つかるはずもなく。

「早くしろ! ……ゲロ女!!」

 止めの一撃を吐くアギト。
 もちろんこの屈辱的な暴言を受け止められるほどるちは寛容ではない。

「ゲロのどこが悪いんですかぁーーーッ!」

 机を叩きながら立ち上がる怒れる乙女、龍ヶ崎 るち。
 否定しないんだ、と一部始終を聞いていたクラスメイトたちが心の中で呟いた。

 るちが立ち上がったその時、額にゴツンと物の当たる衝撃が走る。
 目頭に涙を溜めながら額を押さえ、落下した物を拾い上げると、それはるちの小型ライトだった。
 どこで落としたのだろう? 考えられるのはあの地下洞窟を去って学園に戻る間だろう。
 
「落し物」
 
 素っ気無く一言告げると、アギトは踵を返して教室を後にした。
 るちがネコ先輩の姿を見たのはほんの一瞬にすぎなかった。
 その間も黄色い声は、彼の姿が3階の階段を上りきって見えなくなるまでずっと、キンキン響いていたのだ。

 手の中に納まったライトを見つめ、「まったくもう。あんなヒョロくて見た目運動できなさそうなのに……コントロール抜群だなんて、反則ですっ。ホントは優しいくせに、素直じゃないですねぇアギは」言って、温もりの残るライトをぎゅっと握り締める。
 言葉とは裏腹に、るちの大きな目は嬉しそうに細められていた――


 その後予鈴が鳴るまで、学園アイドルを生で見ることができた、女子生徒たちの興奮は収まらず。
興奮の絶頂に達したなっちゃんは、頬を真っ赤に染め、硬直したままフリーズしている。
質問攻めを怖れていたるちは、憧れの先輩を前にしてとろけてしまった親友を見つめ、しめしめ、と心の中でほくそ笑んだ。

 秘密は、未だるちの胸の中に――












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