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デートインザストーリー

デートインザナイトメア

作者: フィーカス

 毎度のまえがき。初めての方は「デートインザドリーム」あるいは「デートインザトラベルプラン」からご覧くださいませ。

 ――おい、誰か落ちたぞ!

 教室の外から聞こえる悲鳴、叫び声。

 ――早く、救急車!

 まさか、思わず教室を飛び出す体。

 ――おい、しっかりしろ!

 一体だれが? 窓から身を乗り出す。

 ――先生、田上が――

 え、今なんて?

 ――三組の田上健二(たのうえけんじ)が落ちたんだ!

 ――そんな、うそ……でしょ……?

 遠ざかる景色、消えていく視界。

 ――え、ちょっと、ユウ、しっかりしなさいよ! 先生! 先生!

 フェードアウトする友人の声。

 やけに暖かい、冬の窓側の日向ぼっこ。



 夢で落ちる意識に相反し、ふと意識を取り戻すと、真っ暗な世界のベッドの上に寝ている自分の姿があった。

「またあの夢……か」

 一人呟きながら加藤有子(かとうゆうこ)はベッドからゆっくりと上半身を起こした。

 数多く見ていた、楽しかった夢の中に、たまに見る悪夢。人の死の光景を見るのは、夢の中であっても不快だ。

 わずかに漏れる光。それだけの闇の中、ベッドのデジタル時計を見た。

 示していた時刻は午前五時半。起きるには早すぎる時間だ。

 もう一度寝てしまおうか。そう思って体を倒そうとするが、夢のことを考えると今は眠れる気がしない。

 仕方なくベッドから出て、スリッパを履く。

「有子ちゃん!」

 不意に隣のベッドから声が聞こえ、有子はびくりとする。

「……それ私のクッキーだよぉ……」

 隣のベッドでは、三堂成美(みどうなるみ)が敷き布団と浴衣をはだけさせ、その敷き布団に片足を載せたまま涎をたらして寝ている。

 その姿を見て、有子はクスリと笑った。

「まったく、成美ったら……」

 有子は成美の浴衣を整え、敷き布団をかぶせなおすと、個室のトイレに向かった。


 部屋にいても何もすることがない有子は、カードキーと財布片手に一度部屋を出ることにした。

 外は真っ暗だが、ホテル内はすでに電気が付いていて明るい。

 柔らかいジュータンの上を静かに歩きながら、階段をゆっくり降りていく。

 大浴場に向かってみるが、まだ「準備中」の看板が出ている。朝六時から入れるようになるらしい。

 続いて売店。明かりがついているのでもしかしたら、と思ったが、やはり準備中であった。まだ店員の姿もない。

 ゲームコーナーも、今はどの機械も動いていない。

「さすがに、まだ早かったかな」

 仕方なく、降りてきた階段を上って自分の部屋に戻ることにした。

 途中、大浴場のほうを見ると、従業員らしい人が中に入っていくのが見えた。

 しばらくしたら朝風呂にでも入ろうか。そう考えながら、三階の廊下を歩いていく。

「おや、加藤さん、早起きですな」

 ふと、目の前から太く低い声が聞こえた。思考の世界から戻ると、有子の目の前には浴衣姿の大柄な四十代の男と、その後ろにやや引き気味に小柄な男が立っている。

「鹿屋さん、こんなに朝早く何してるんですか?」

 有子は大柄な男、鹿屋警悟(かのやけいご)を警戒しながら言った。

「そりゃ、パトロール、見回りだよ。何か怪しいことはないか、ってね」

「男二人でこんな時間に歩き回る方が、よっぽど怪しいと思いますけど?」

 不機嫌そうに言う有子に対して、はっはっは、と遠慮しがちな声で笑う。

「まあ、たしかにそうですな。ところでちょうどよかった。話したいことがあったので、私の部屋まで来てくれませんかな?」

「鹿屋さんの部屋まで?」

 有子は少し頭をかしげ、どうしようかと考える。

「いいですよ。特にやることないですし、聞きたいこともありますから」

 有子が答えると、ではこちらへ、と鹿屋は自分の部屋へ案内した。


 四階の廊下も三階とさほど変わらない。少し違うのは、四階のジュータンはひし形の幾何学模様ではなく、赤い無地のジュータンが敷き詰められているくらいである。

 客室が並ぶ中、途中自動販売機が設けられたスペースがあり、そこでは酒類を販売しているようだ。三階に自動販売機は無かったようなので、二階ごとに設置されているのだろう。

 しばらく歩くと413と書かれた扉の前で鹿屋が止まり、カードキーを差し込んだ。

 扉を引き、「あまり片付いちゃいないが」と言いながら、鹿屋は有子を中に入れた。

 中は有子たちの部屋とさほど変わりなく、バスルームの奥にベッドが二つ、そして小さなテーブル。鏡台と言った方がいいだろうか。

 有子の部屋と違うのは、テーブルの上の灰皿にたばこの吸い殻があることと、たばこのにおいがすることくらいだろうか。

 一通り部屋を見回した後、有子は鏡台のイスに座った、続いて、鹿屋が向かいのベッドに腰掛ける。

 あらかじめポットにお湯を沸かしていたのか、後から入ってきた小柄の男――鹿屋の部下の山下が、湯呑にティーバッグを入れ、ポットのお湯を注いで有子に渡した。

 手に取って一口お茶を口にすると、時間が経っていたせいか、少し生ぬるい。有子は湯呑を鏡台の上に置いて、鹿屋の方に体を向けた。

「女子高生とお茶会をするのが、今の警察の仕事なんですね」

 有子が皮肉たっぷりに言うと、鹿屋ははっはっは、と隣の部屋に響きそうな声で笑った。

「そうしたいなら、娘とやってるよ。もっとも、娘がやりたがるかどうかは怪しいがね」

 鹿屋が笑っている傍で、山下がお茶を淹れた湯呑を渡す。それを受け取ると、鹿屋も一口お茶を口にした。

「あれ、鹿屋さん、結婚しているんでしたっけ?」

「言わなかったかな。私はもう結婚して、加藤さんと同じくらいの娘がいるのだよ」

 そういいながらお茶を飲む鹿屋を、「へぇ」と意外そうな顔をして有子は見ていた。

「私の話はどうでもいいじゃないか。そろそろ本題に入ろうか」

 そういうと、鹿屋は湯呑をベッドの近くの小さなテーブルに置いた。


「私が鹿屋さんに聞きたいことなんですけど」

 山下がベッドに座ったところで、まず有子が切り出した。

「ああ、大体言いたいことはわかっている」

 有子が言い終わる前に、鹿屋が割って入った。

「我々が、ここに来ている理由、だろう?」

「ええ」

「だと思ったよ」

 鹿屋はそういうと、おいていた湯呑を手に取った。

「昼間も話したと思うが、加藤さんからスキー旅行の話を聞いたとき、山下から報告があってね。それで、何かつかめないかと思って」

 そういいながら、鹿屋は湯呑のお茶を口にする。

「結局、山下さんから報告があったから、ということですか?」

「まあ、結論から言えばそうだが、君たちの行動を見ながら情報を集め、新しい発見があればと思ってね」

「それで、何か新しい発見はあったんですか?」

「今回のスキー旅行のメンバーについて、他の部下に少し調べさせたんだ。すると、いろいろと面白いことが分かったのだ」

「面白いこと?」

 有子も同じく、お茶を手にする。先ほどと比べると、少し冷めているのが、手の感覚を通してわかる。

「まず、主催者である二年生の栗畑千香(くりはたちか)さんだが、一年の頃、屋上から転落した田上健二君と同じ一組だったそうだね。三波彩花(みなみさいか)さんと、高野達人(たかのたつと)君も同様だ。特に、三波さんと高野君については、いつも田上君と一緒に行動していたようだね」

 鹿屋はテーブルに不用心に置かれた手帳をめくりながら、順番に説明をしていく。

「彩花も達人君も、そう言ってましたね」

「そして、中学生の佐藤有斗(さとうゆうと)君。彼は殺された佐藤有子(さとうゆうこ)さんの弟。同じく中学生の佐藤達真(さとうたつま)君と、一年生の新名太志(にいなたいし)君は、田上君からいろいろ指導してもらって、尊敬しているそうだ」

 鹿屋がめくる手帳の一ページ一ページを目で追いながら、有子はじっと鹿屋の話を聞く。

「さらに小塚進(こづかすすむ)君は、佐藤さんと同じ部活の先輩だね。後輩が亡くなったんだ、先輩としては悲しいだろう」

 そこまで言い終わると、鹿屋はめくっていた手帳を閉じた。

「つまり、鹿屋さんが言いたいのは」

 聞きながら口をつけていた湯呑を放し、有子は言った。

「うむ、今回のスキー旅行の参加者は、ほとんど田上君や佐藤さんと何らかの関係がある人が集まっているのだ」

 持っていた手帳をテーブルに置くと、鹿屋はお茶を取って一口飲んだ。

「山下も、生徒一人一人に聞いて回って、情報を集めていたようで、後からいろいろと報告を聞いたよ。こいつ、あんまり事件と関係ないことまで聞く癖があるからな。だが、まれにそれが役に立つことがあるのだ」

 鹿屋が言うと、山下が隣で頭をかきながら照れていた。

「もっとも、役に立った事件は二件ほどだがな」

 そういいながら鹿屋がお茶をすすると、山下はそりゃないですよ、とうなだれた。

「そうですか。でも、それはそうですよ」

 鹿屋と山下が言い合っている間を、有子が割って入る。

「デパートで話したと思いますけれど、今回のスキー旅行、あの事件で落ち込んでる人を集めて企画したんですから。どちらかに関係があるに決まっています」

「ああ、それもそうだね」

「もっとも、成美は関係ないとは思いますが……」

「ふむ、確かに。三堂さんは、佐藤さんとも田上君ともあまり関連がなかった」

 鹿屋が言い終わると、妙な沈黙があたりの空気を重くする。

 ぼんやりと照らす照明が、今だけは気味が悪い。


「それにしても、まだ学校での捜査は終わっていないんでしょ? こんなところでのんびりしてていいんですか?」

 ふと、有子が鹿屋に向かって毒を吐く。

「全部は終わってないな。今のところ、一年生と二年生の調査までは終わった」

「結構進んでるんですね。人数多くて大変だったんじゃないですか?」

「個人情報を調べるくらいならそうでもないさ。ただ、アリバイがな」

 鹿屋はテーブルの煙草に手を伸ばそうとして、「おっと、いつもの癖が」とひっこめた。

「一年生、二年生ともに、佐藤さんの事件のアリバイはほぼ全員なかったし、田上君の事件のときは逆に全員にアリバイがあったのだ」

 ふぅ、と息をつき、鹿屋は続ける。

「もちろん加藤さん、君にもアリバイはあったよ」

 鹿屋の顔は、なんとなく疲れているように見える。有子は鹿屋の言葉に特に動揺することはない。

「それはそうですよ。あの時間、一年生と二年生は全員教室で授業をしてたんですから。欠席している人は調べればわかることですし」

「そういうことだね。だから今のところ、学内での捜査が手づまり状態なのだ」

「だから、関係者がたくさん集まる今回の旅行に?」

「こちらから調べた方が早いと思ってね」

「そうですか」

 そっけない返事とともに、有子はお茶で言葉を飲み込む。

「それで、こっちに来て進展はありましたか?」

 あまり期待がない声で、有子は鹿屋に聞いた。

「いいや、君たちの行動を見ていたが、特には」

「見ているだけじゃ、進まないに決まっています。これから一体どうするつもりなんですか?」

 前に乗り出しながら、抑え目ながらも声を荒げる有子に、鹿屋は一瞬たじろぐが、すぐに落ち着いて湯呑を手に取る。

「とりあえず、旅行が終わるまでは君たちを見届けるつもりだ」

「なるほど、監視という名の覗きですか。趣味悪いですね」

「そういうな。嫌な予感がするんでな」

「嫌な予感……ですか?」

 有子が見ているのを気にせず、鹿屋は湯呑にお湯を注ぎ足した。

「昔から感はいい方でな、どうもここで何かが起こりそうだと思ったのだよ。それが何かはわからないが、とりあえず、万が一が起きた時に備えて置こうと思ってね」

「せいぜい、鹿屋さんがスキーでこけて骨折するくらいだと思いますけど」

「それは大惨事だ」

 何がおかしかったのか、鹿屋ははっはっはと大声で笑い始めた。

「そういうことだから、気を付けてくれたまえ。君たちに何かあったら、私たち警察の面目もないからね」

「そうですね。しっかりストーカーしてくださいね」

「どうも、われわれは嫌われているようだな」

 はっはっは、と笑いながら鹿屋は湯呑をテーブルに置いた。

 薄暗かった部屋も、徐々に明るくなってきている気がした。真っ暗だった窓の外は、少しだけ藍色に近づいてきている。

「そろそろ、朝食の時間ですから、私は失礼しますね。遅れると迷惑なので」

 そういうと、有子は席を立つ。同時に、鹿屋と山下もベッドから立ち上がった。

「少し早いのではないですかな? もう少しゆっくりして行っても」

「女の子の朝は、準備に時間がかかるんですよ」

「そういえば娘もそんなことを言っていたな。女子高生も大変だ」

 鹿屋の言葉をスルーし、有子はそのまま部屋の出口に向かう。

 その後を、鹿屋と山下はついていき、見送ろうとする。

「鹿屋さん」

 かちゃり、と部屋の扉を開けると、有子は振り向かずに言った。

「田上君を殺した犯人、必ず捕まえてくださいね」

 そういうと、鹿屋の返事を待たず、有子は部屋から出て行った。


 一人いなくなった部屋、鹿屋は鏡台の椅子に座り、煙草を手に取ると、手近にあったライターで火をつけた。

 ふぅ、と息を吐き出すと、あっという間に煙草の煙が部屋に充満する。

「ところで、山下、さっきの加藤さんの発言、どう思う?」

 不意に鹿屋に尋ねられ、山下はえっ、とつぶやいた後、少しだけ考える素振りをした。

「そうですね、やはり、恋人が事件に巻き込まれたわけですから、なんとしても犯人を捕まえてほしいっていう気持ちが伝わってきましたね」

 山下がそういうと、鹿屋ははぁ、とため息をついた。

「そういう意味じゃないんだがなぁ」

 煙草を吸い続ける鹿屋の言葉に、山下は首をかしげることしかできなかった。

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