15.言葉の真意
次の日は土曜だったけど、午前中は模試のため登校していた。佐藤も根岸も来ていた。進学のため、模試を放棄する気はなかったのだろう。全ての教科が終わった今、ホームルームを残すのみだった。でも、それはまだ始まっていない。
小百合がいなかった。
「諏訪さんはどこに?」
「すぐに戻ってきます」
智哉は即答した。担任はそれ以上何も言わず、待つ姿勢を取った。クラスメイトも智哉の答えを素直に受け止めていた。説得力があった。
智哉の言葉通り、小百合は一分もしない内に戻ってきた。堂々と、前のドアからの登場で。
後ろに藤田先生を引き連れていた。
何をやろうとしているんだ。
「諏訪さん……藤田先生はどうしてここに?」
「諏訪に呼ばれたんだ」
状況がわかっていない教師二人は小百合に答えを求めた。小百合はにっこりと笑って藤田先生を担任の横へと導いた後、後ろ手でドアを閉めた。
教室は完全に閉ざされた。
「もう面倒なんで、終わらせたいんです」
「何を終わらせるのですか?」
担任の素朴な疑問は、黒板にチョークが当たる音に消えた。小百合は黙々と黒板に何かを描いている。
それはあの魔法陣だった。小百合が黒板に向かっている間に、智哉は小百合の横に立った。静かに教壇へと進む智哉に気付いた生徒はいないようだった。僕も全然気が付かなかった。教師二人は小百合たちが何をしたいのかが理解できないようで、じっと見ているだけだった。
それが描き終わると、次に智哉が札に書かれていた不思議な文字を書いた。描き終わったのか、チョークを溝に置いて二人は振り返った。
二つを並べると、それは『呪い』の印象しか持たなかった。
「初めは魔法陣。これは『呪術』の一種よ。でも、ここが間違ってる」
カツカツ、と人差し指の第二関節で示した。何が間違っているのかわからない。
大半が理解できていない中、小百合は淡々と説明した。
「わからなくていいの。ただ、呪いは間違うと呪った本人に戻ってくる。『人を呪わば穴二つ』とはよく言ったものね。まあ、この『呪い』の本質は『言葉』なんだけど」
それは前に智哉が言ったことだ。「呪われている」ということが、何らかの効果として表れる。
呪いが返ってくるということなら、佐藤に対して行った間違った呪術は本人に戻るということになる。確かにその犯人の根岸は札によって呪われた。
何か、話が上手く行き過ぎていないか? それに、返ってきた呪いの形が違っている。
「小百合があの時『呪いが返ってくる』って言ったから?」
小百合に集まっていた視線が一斉に僕の方へと向いた。
良く出来ました、とばかりに小百合は笑い、黒板をバンッと叩いて注目を集めた。
「札の犯人が、それを利用したのよ。魔法陣を根岸さんが描いたのは、わかる人にはわかったはずよ。教室であんなことを言っていたものね。札も間違っていたんだけど、これはただ嫌な流れを作ろうとしただけだから構わないの。この呪いは、根岸さんに影響すればそれで良かったから」
小百合によって、この一連の事件が解かれていく。佐藤と根岸は呪いの仕組みがわかり、安心したようだった。この中で、不自然に緊張しているのは犯人だけだ。
「そこで、早く終わらせたかったから、私は種を蒔いたの」
小百合が蒔いた種。あのときの小百合の発言を思い返すと、それははっきりとわかった。あのときに何故言ったのかわからなかったけど、今ならわかる。
「『由宇が好き』。僕のことを庇ったときか」
「正解。そしてそれは上手くいったわ。昨日由宇を襲った犯人が、札の犯人でもある」
小百合は糾弾するように、志水を指差した。皆の視線は志水に集まった。志水は顔を下に向け、微かに震えていた。少し可哀想だったけど、やったことを考えればこれくらいは仕方ない。
「私と智哉の中に由宇が入ったことを良く思わない人がいるのは知っていたわ。だから、良い機会だと思って利用させてもらったの」
だから、誘き寄せるために僕を一人で帰らせたのか。あんなに良いタイミングで現れたところを見れば、ずっと後ろをつけていたのだろう。
用意周到だ。でも、二人は僕に嘘は吐いていない。あの紙の束は本当だと不思議と確信できた。どちらかが僕の後をつけて、一人で処理するなんて流石と言うべきか。
最後の犯人を指摘してこれで終わりだと思った。でも、小百合は終幕を宣言していない。
「由宇は万屋の部員だったのよ。私と智哉と一緒にいても不思議じゃないと思うけど。佐藤さん、あなたもそう思ってるわよね?」
佐藤は突然呼ばれて驚いていたが、すぐに頷いた。小百合が理由を無言で促すのに気付いたのか、戸惑いながらもはっきりと口を開いた。
「須賀くん、歌が上手いから。文化祭でもそれで優勝したし。あの最初の事件の場所で歌っているのを聞いたことがあるの」
恥ずかしい。認められているのは嬉しかったけど、それでも恥ずかしさが上回った。あのストレス発散の行動を見られていたなんて。万屋部員であったことが、小百合と智哉と友達になるのを自然にさせていたなんて。
あのとき、小百合と真弓が僕ならわからないかも、と言った理由がやっとわかった。僕は自分の歌がどう聞こえているか知らない。
優しい声は、一瞬にして切り替わった。何者も寄せ付けない、冷たい声が教室に通る。
「さて、根岸さんと志水くんの仕業だということはわかったわね。じゃあ、何故今になってこんなことをしたのか。何が原因になったのか」
何故今になって。
今だから。今だから、やったのか。その言葉は何度か聞いたことがあった。
今できることをやれ。それを根岸と志水は大義名分のように言っていなかったか。
それを初めに言ったのは。
「先生方ですよね。この騒ぎを引き起こしたのは」