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  相互不認知 作者:
五十四粒
「もう、何ヶ月になりますかね」
「この子はもう三ヶ月になるんだよ」
「いえ……そうじゃなくて」
 彼は何か物言いたげな顔で微笑んだ。彼女は子供を抱いて、カフェから流れゆく景色を眺める。多くの人間がどこかへ流れるように歩いていた。
 狭い店内には彼と彼女、そして従業員しか見えない。
「今は孤児院やってるって聞いたんだよ」
「ええ、おかげさまで。院長になるために勉強とかもしたりしてます」
「孤児院を運営できるってお金だけは沢山あるから?」
 彼は一度コーヒーを口に運び、口の渇きを潤した。
 心の傷を水で誤魔化す。
「……ええ、まあ」
「芸術家になるのかと思ってたんだよ。彼女もそれを望んでいたし、そうなるっていってたから」
「僕のこの手じゃ、もうそういうことは……。まあ、その代わりに苦しんでいる子供を世話しようなんて夢ができました」
「今でも悪夢を見る? あの時のこと、あの里のこと」
「いいえ、もうこれが全く」
 そういって笑う。彼の頬が無意識に痙攣をするのを見て彼女はそれが嘘なのだと分かった。
 今でもいろいろ苦しんでいるのだろう。
 それでも社会復帰ができたのは目標のため、そして坂之上のおかげなのだろうと彼女は思った。
「里の人間はどうしてあれからコンタクトを取ってこないんだよ。それがあたしには分からない」
 ケーキをフォークで崩し、口に運ぶ。
 柔らかいスポンジと生クリームの甘さが舌に広がった。彼は彼女が口に運ぶのを見てから、言葉を発する。
「リスクがどうとか言っていましたけど、そういうことなんだと思います」
「……あたしはそうは思わない。何か誰かの意志を感じるんだよ。例えばあんたのことを庇っている人間が里にいるとか、そういうの」
「どうなんでしょう、僕には思いつきませんね」
 頬が動く。彼女の膝の上で赤ん坊が彼の頬を指さした。
 子供も分かっている。
 そして彼も自分の嘘を理解している。
 では一体彼は何に、誰に嘘をついているのだろうか。
「ま、いいや。本題に入るんだよ。彼女の本当の名前、知りたくない?」
「いえ別に」
 頬は動かない。
「何でなんだよ。正直彼女もそれを望んでいたと思うんだよ。それが彼女にとっても……」
「――知ってますか? アリスに出てくるハンプティ・ダンプティってキャラクター」
 割り込むように彼は言葉を発した。彼女は無言で彼を見つめる。
 彼はコーヒーを口に運んで、ゆっくりと話した。
「塀の上にいる彼はある日、落っこちてハンプティ・ダンプティからハンプティになってしまうんですよ。この歌ってなぞなぞになっていてですね、彼が何者なのかということを考えさせる歌になっているんです」
 焦るような言葉のまとまらないそれに彼女はじっと彼の目を見た。
 それが狂気からなのか、恐怖からくるものなのかじっと目の奥を見つめて探る。
 答えは。
「ふうん、で答えは見つかったの?」
「それが、ずっとずっと考えているんですけど、分からないんです。きっと僕は死ぬまでこのなぞなぞに囚われ続けるんでしょうね。でもそれもいいと思うんです」
「答えは知りたくないんだ」
 またコーヒーを口に運ぼうとして、カップが空なことに彼は気がついた。
「そうじゃなくてですね。なんていうか、それを知ってしまったら彼のしてきた事、彼の人生、彼の全てを知ってしまうような気がして怖いんですよ。生前、どんな人間だったのか知ってしまうのが、すごく恐ろしい」
「結果、どんな人間であっても自分のせいで死んでしまったという事実に目を向けなくてはならないから? それを知ることで罪悪感が増して襲ってくるから?」
「これは、物語の話ですよ?」
「……そうだったんだよ」
 彼女は大雑把にケーキをフォークでひとつきして口に放り込んだ。携帯をつけて、あるのもの現在地を探る。
 どうやら彼は狙い通りここに向かっているようだ。
 紅茶でケーキを流し込むと席を立った。
「もう行かれるんですか? フライト時間?」
「この子の父親がここに来てるんだよ」
「…………なるほど。ではまた」
「さようなら」
 彼女はあった時と変わらない人形のような顔で店を出た。変わった色合いの目をした赤ん坊が指をくわえながら彼をぼうっと見ていた。

 彼は懐から消印の押されていない茶封筒を取り出す。逆さにした封筒から桃の種と笹の葉が音もなく手のひらに転がり落ちた。
「彼女かと思ったけど、やっぱり違うか」
 では誰が。
 どちらが。
 本当に彼女は、彼女たちは死んだのか。
「一生……僕は忘れることができないんだろうな」
 彼は汗ばんだ額を拭うと喫茶店の中にあるトイレに向かった。
 ある一人のウエイトレスはそれを見ると、店に掛かったオープンの札をクローズに変え、店のシャッターを下ろした。
 店に笑い声がこだました。
厨二病をこじらせたような物語を長らく見てくださったことにまず感謝の意を。
これにて終了です。

手癖で書いていたせいで超展開、ありえない物語設計になってしまったことを皆様にお詫び致します。
また何か私が作品を作ることがありましたら、薄汚いゴミが何か作ってるから見てやるかという優しい気持ちで見てやって下さい。

有難う御座いました。そしてお疲れ様でした。
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