四十四粒
目が覚める。室内は和室で横には茶色の花瓶に綺麗な花が飾られていた。ここはどこだろう。
暗闇が全てのあの部屋でもなければ、僕が果てた森の中でもない。服は薄手の着物に変わっていた。
起き上がろうとして手がずきりと痛み、何でだろうと手首を見たら包帯が巻かれていた。長時間手錠をつけていたから腕がうっ血していたのか、それとも擦り切れていたのかよく分からないが何らかの手当ての跡。
もしかしたら別の要因かもしれない。言ってしまえばここまた僕の夢である可能性も捨てきれないのだ。
「よお、起きたか」
襖が雑に開かれ、青みがかったオレンジ色の夕闇の風景が目に入る。あまりの美しさと懐かしさに言葉を失う。
当たり前の景色、ただの沈みつつある夕日。それだけなのにこうも心に響く。
夢だというならこれはいい夢だと思った。
「おい、きいてんのか?」
「あ、はい」
「なんだよ、その道に迷った子供みたいな顔」
「あの、ここは夢の世界なんですか? それとも現実?」
「はっ、相変わらずくっだらねぇこというのな。どっちにしたって関係ねえだろ。それを知って何か変わるのか? お前はこっち側を取った、それだけを覚えていればいい」
彼女はお盆に乗せた温いお茶と二つ粒の薬を僕に飲ませた。胃にゆっくりと温めの液体が零れ落ちるのが分かった。
「飲んだか。じゃあ、行くぞ」
「はい」
僕には拒否権はない。そんな気がする。
それに少なからずあの部屋から僕を出してくれたという恩みたいなものが漠然とあって、逆らえないような呪縛を感じた。
ここの屋敷は彼女の家なのだという。歴史を感じさせる古く手入れのされた家だった。
不安げな僕の表情を読み取ったのか、彼女は今から祭りのようなものあり、僕たちはその会場に向かっているのだと教えてくれた。
「その為に寝てるお前を苦労して風呂にいれてやったんだ。ありがたく思えよ」
「あ、ありがとうございます」
そうまでして起きなかった僕ってなんだろう。
祭りの会場というのは公民館のようなところで、木造のためか年季を感じさせる。玄関では靴箱に収まりきらないほどの履物が溢れていて、人の多さが窺えた。
中に入る。室内は畳の敷かれた和室で生ぬるい人の湿気を感じた。壁際にはバイキングよろしく料理が並べられていて、みなそれを自分の食器に盛って食事を楽しんでいた。
扉が開くのと同時にみんなが僕らに注目して動きを止めた。なんだかその眼差しに居心地の悪いものを感じる。
瑞樹さんは僕に食事を取るようにいうとどこかに消えた。僕は纏わりつく視線に耐えながら食器を取り、自分の皿に盛り付ける。
少し頭がぼんやりとして、手が上手く動かない。何度もおたまを落としそうになる。
一人の少女が僕の元に訪れて盛り付けを手伝ってくれる。表情は酷く慌てていて額に汗が張り付いていた。
「ごごごご、ごめん。こっ、こんなことになるなんてししし知らなかった」
「すみません……どこかでお会いしましたか?」
その言葉に彼女は絶句した。
「おおおおお前、何いって……。もももしかして、瑞樹に変なもの飲まさたりしてないか?」
「ええっと、そういえばさっき瑞樹さんに……」
不意に瑞樹さんが現れて、彼女の手をとった。
「おい、東。こっちにこい」
東と呼ばれた少女は何か言いたげな顔で僕を一瞥するとシュンとうなだれてそのまま人ごみに消えていった。
ああ、そうだ。彼女は東さんというんだっけ。でもどこで会ったんだろう。いまいち思い出せない。あとで聞こう。
その大広間は座る場所、というものが特に決まっていないらしく、みんなそれぞれ好きな場所に陣を取っていて、僕もそれに倣って隅に腰を下ろした。
割り箸を割ろうするが、手の痛みのせいか力が入らず足元に落ちた。
「あれ?」
「あ、あたしがやる」
後ろを見ると先程連れていかれた少女が立っていた。名前は……思い出せない。
彼女は寂しそうな顔で僕の手から箸を受け取り、二つに割った。ありがとうと僕はいって軽く頭を下げた。
ご飯を箸ですくう。しかし、何故かぽろりと膝の上に落ちた。
彼女は泣きそうな顔で先程と同じことをいった。流石に恥ずかしいと思ったけど有無を言わさぬその迫力に僕は首を縦に振った。
煮物やだし巻き卵を口に運んでもらう。気分は雛鳥の親子。
食事が終わるとすることもなくなり、僕らは呆然と隅っこで人々を眺めた。みなここにいる女性は同世代の子が多い気がする。
みな一様に品のある喋り方と笑いで、どこか瞳の奥はギラついていた。時折、彼女たちは僕をチラリと見ているような気がした。
プレゼントを待ちわびている子供の表情だと思った。
「お、お前はこここここの世に神様っていると思うか」
「君……だれだっけ?」
彼女は顔をクシャクシャに歪めて、もう一度同じ質問をした。ぼんやりとした頭をなんとか動かしてその質問の答えを模索する。
「どうだろうね、いたら素敵だと思うけど」
「あああ、あたしはおおおお母様に毎日祈ってれば、正しく生きれば神様それを見てて、幸せを授けてくれると教えられた」
「いいお母さんだね」
「あ、あたしもそのとおりに生きてきた。だだだだっけどそれは、あたしだけを幸せにするものなのか? なら、あたしはちっとも幸せじゃじゃっない」
そういって彼女は膝を胸に抱えて、俯いた。小さく何度も呟く。
神様酷すぎます、彼女たちが何をしたのでしょう、と。
僕は何となくそうすることが正しいように感じて、彼女の頭を撫で続けた。
「みんな、そろそろ始めようか」
瑞樹さんが一番前の席で立ち上がり、声を上げた。
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