三粒
大分時間をロスした。僕はアパートの灰色の階段を登り、目的のドアノブを捻る。
黒い鉄製の扉は難なく開く。玄関に脱ぎ捨てられた運動シューズが目に入った。
「なーんであたしの後にくるかなー」
1LDKの部屋。
黒いショートカットの藤岡さやかさんはソファでのけぞるように僕をみていった。
口には白い棒が付いたキャンディ。黒いタンクトップにブルーのハーフパンツ。
キャンディを口から出してむくれた顔を作る。
「ご、ごめんなさい」
「はやくこっちきてー」
子供のような声で僕を呼ぶ。でも彼女は大学生で僕の施設の院長だ……といっても仮だけど。
僕は靴を脱ぎ、彼女は僕にお茶を入れる為に席を立った。
「そこ座ってて」
自称、百八十センチ未満の彼女はテーブルにお茶を置き、隣に座る。
小中高と陸上部だったらしく体の線は細く、背は平均男性以上に高かい。
彼女は口に入れたキャンディを取ると、口を膨らました。
「もー、折角アパートまで借りたのに何で亮平くんいないかなー。あたしが疲れたら亮平くんがいるってのがいいのにー」
「……でも僕、施設で暮らしてるし」
「え、でも昨日はお暇あったでしょー? 昨日からこれたんじゃないの?」
「昨日は」犯されてて「ちょっと子供達が」
彼女はこめかみを押さえてうーんと唸る。そして目を開く。
片手のキャンディが部屋の明かりを鈍く反射する。
「もう、いらないから殺しちゃおうか」
「え?」
何を。
殺すって?
「だってあたしは亮ちゃんが欲しくてあの施設、パパに頼んだんだけどさ。もう手に入ったし、正直顔出すのメンドクサイし、丁度いいかなーって。大丈夫、亮平くんはなーんにも心配しなくてもいいよ。うちの若いの、そういうの詳しいから」
そういって彼女はまた飴を口に戻す。そして嬉しそうに目を細めて、足を子供のようにぶらつかせる。
ぞっとした僕は彼女を見つめ、枯れる喉で答えた。
「そ、そんなことしたら僕はあなたを……嫌いになります」
「え、亮ちゃんあたしのこと嫌いになっちゃうの? 服とか携帯とか買ってあげたのに? 施設での待遇だっていいでしょ? 望むものは何でも与えてあげてるよね? こうやってアパートも借りたのに、あたしの独りよがりだったかなあ? 何か不満でもあるの?」
「……元々この付き合いは!」
彼女の一方的なものだった。
僕が誰で、僕の両親が誰だったのかをバラされたくなければ付き合えというふざけたものだった。僕がこの施設を好きになった頃に持ちかけた彼女は本当に意地が悪いと思う。
一度は断った。
次の日、何処かのゴロツキだらけの事務所に拉致された。そこで僕は血反吐を吐きながら彼女に電話をかけ、イエスと答えさせられた。
人を傷つけ慣れている人間の拷問は治りが早い上に確実にその人間の心に傷跡を残すものだと僕は知った。
彼女は僕をきょとんとした目で見つめ、次ににっこりと笑う。
「なるほどー、これも亮平くんの泣き所なんだねー。えへへ、ひとついい事知っちゃった。おっけー、殺さないよ。でも亮ちゃんあたしを裏切っちゃだめだからね!」
キャーと一人で小さく盛り上がり、顔を赤く染める。
何だが僕は苛立って、歯を食いしばった。
馬鹿にされたような気がした。僕の大切なものを踏みにじられたような気がした。
「僕はあなたの事は好きでも何でもないっ……!」
そう強くいう。彼女の目は見ず、視線を床に落とす。
それでも彼女はニコニコ微笑んでいた。
「えー、よく聞こえなかったなー。あたしももう年かもしれんねぇ、ふがふが。悪いけど亮ちんもっかい言ってくれんかのう」
「……好きでも何でもない」
「あんだってぇ?」
「あなたの事は好きでも何でもないです!」
今度はしっかりと彼女の目を見る。七福神の恵比寿のように目じりを緩ました彼女はそのまま大きく口を開ける。そしてそのままガキリとキャンディを噛み砕いた。
いつも通りだけど、どこか抑揚のない声で彼女は喋る。
「あたしのこと嫌いなの? そんなわけないよねー? そうでもいいけど、もしもそうなら今から亮平くんの足先から順々に刻んでって花壇に撒くか、魚の餌するかしないといけないなー。そんで子供たちはポルノビデオに出演だね。まあ、もしもの話だからね。気にしなくていいよー、だけど本当に起りえる未来かも? それで……亮平くん、なんだって?」
丸くキラキラした瞳が僕を射抜く。どこまでも澄んだ綺麗な瞳。
しかし一方で口は飴を細かく砕いていく。
彼女はボロボロになった白い棒を僕に口移し。生暖かく甘い香りと紙っぽい異物感が口内を覆う。
首を傾げる彼女の視線から逃れる為に僕は視線を落とした。そしてどこか無気力に答える。
どこか分かり切ったような諦めの言葉。
「…………何でもないです」
「そこは好きっていってほしかったよ。でもまあ、これから好きになってくんだよね。あたしも頑張らないと」
僕の頬をついばみながら、ゆっくりと耳に回る。耳を舌でなぞり、ゆっくり僕をソファに押し倒す。
「髪の毛切った方がいーよー、はむはむ」
耳を執拗になぶり、口の中で転がす。数分で僕の吐息は荒くなり、耳は熱くふやけた。
足を絡ませて彼女は僕と体を重ねる。
「あたしとするセックス、嫌い? いつものも演技? だったら悲しいなーぁ」
「……………………あっ」
彼女は服の上から僕の胸を指で弾き、赤く火照った耳に息を吹きかけた。
僕は腰が砕けそうになり、声を出す。
「んー、その感じてないんだからっ! って表情がぐっどだね。でも亮ちゃん、セックスそんな嫌いじゃないでしょ? いつもドバドバ出すし」
「嫌い、です」
彼女はシャツを脱がし、僕の乳首を舐めるとそのままゆっくりとへそまで舌でなぞる。
そしてズボンを脱がした。
「嫌いな、のは…………自分でしょー」
「――――っ」
乱れた髪の間から見えた時刻は七時丁度だった。
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