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  相互不認知 作者:
三十五粒
 見よう見まね、記憶を頼りに石を囲んでそれらしき形を作った。そして炭に火を点ける。まだ少しばかり火が弱いのでそこら辺から集めた薪をくべた。
 次第に炎は大きさを増し、パキパキと音を立てながら火の粉を散らす。
「こんな感じでいいのかな」
「いいと思いますよ」
 そういって彼女は少し離れた縁側で桶に入れた水に足を漬け、冷たい麦茶を口にする。
 一度もこちらを見ないあたり、どうでもいいのかもしれない。
「東さん、これでいいのかな」
 お盆を持って現れた東さんはうんと、首を縦に振った。
 川でやれば幾分かは僕に向けられる赤外線的な熱は収まるのだろうけど、ここは生憎と東さんのお屋敷で暑い日照りが僕を照らす広い庭だった。
 最初にこっちで魚を焼こうと言ったのは東さんだった。丁度家にいい酒があるから魚をつまみに一晩中飲み明かそうといったのだ。呉葉さんは酒と聞いて目を輝かせて、行きましょう行きましょうと僕に連呼した。僕としては折角作ったオニギリが無駄になってしまうと思ったけど、それは今こうして焚き火の火を見ながら済ましている。解決だ。
 塩味のオニギリは暑さで疲労している僕にはとても嬉しい。
「も、もうそろそろ魚焼く」
 東さんはそういいながらゴム草履で縁側に出て、地面に串を突き刺した。串はピサの斜塔よろしく斜めに添えられた。上手く地面に刺さらないものは石を枕にする形で火に近づける。
「お疲れ様」
「あ……ありがとう」
 汗をひと拭きして、縁側に近づくと呉葉さんは自分の飲みかけのグラスを僕に手渡した。僕は横に僕用のグラスがあるじゃないかと目で彼女に促すが彼女は首を横に傾けて笑った。
 選択権はないようだ。
 グラスを受け取り、ぐいっと空けた。冷たい液体が喉を刺し、胃に心地よい刺激となって流れ込むのが分かる。まだ十二分に冷たくて美味しい。
「隣どうぞ」
「あ、うん」
 腰を下ろす。彼女は東さんから借りた浴衣のような薄手の着物を着ていて涼しげだ。
「楽しみですね」
「釣ったばかりの魚を、それもああやって食べるのは僕も初めてだから少しドキドキするよ」
「違います。お酒の話しよ」
「く、呉葉はしゅしゅしゅ酒豪。で、酒癖悪いか、から甚六に普段は止められてる」
「あら、私はいつでも私よ?」
「お前は酒飲むと……たた、タガが外れる」
 手をパンパンと払い、近づきながら東さんはいった。
「そういえば甚六さんってこの村の人なの?」
「甚六は私が昔、外で拾ってきた子供。大丈夫よ、私の心も体も亮平さんのものですから」
「お、お前、よよよよくそんな恥ずかしいこといえるな」
 東さんは少し顔を赤らめて、身を引かせた。
 それを見て、呉葉さんは東さんの手を引いて自分の胸元に滑り込ませる。
「あら、私美代子のことも大切に思っているわよ? 同じくらいに」
「ばばばばばばばばか! そ、そーゆーのやめろ」
 顔と唇を撫でる彼女の手を払う。僕は何か見てはいけないものを見てしまったような気がして余所見しながら空のグラスを口に当てた。
「二人ともうぶね」
「そ、そーゆー問題じゃじゃ、ないっ」
 僕もその意見に心から同意した。

 三十分もしないうちに焼き魚のいい匂いが辺りに立ち込めた。大きなオニギリを食べたはずの僕のお腹は節操なくぐうっと音を鳴らす。
 桐生さんは遂にきたかと庭に躍り出た。東さんは白く厚手の軍手で大き目のお皿に串刺しの魚を移している。
「ああ、あついっ」
「ほら、こっちは私に任せなさい。美代子はお酒の準備をしてちょうだい。亮平さんをこき使って構わないわよ。だからお酒を早く!」
「どんだけ酒が好きなんですか……」
 僕は無言で手招きする東さんに連れられてキッチンに向かう。少し冷たい床を歩き、大きな冷蔵庫の前に辿り着いた。中からビールやらチュウハイを取り出し庭に近い部屋に運ぶ。
 四角いちゃぶ台を二枚並べてお酒を置いた。置き切れない分は畳の上に置く。
 後から一升瓶を三つほど胸に抱えてよろよろと現れた東さんを見て僕は言った。
「……誰がこんなに飲むんですか?」
 彼女は既に座って今か今かと待ちわびている桐生さんを無言で指差した。
「早く座りなさい、二人とも。早くしないと勝手に飲んじゃうわよ?」
 手の中に既に飲みかけのビールの缶があるのはどうやら僕の気のせいらしい。

 乾杯の音頭は何故か僕が取った。三人でビールをごくりと飲む。
 塩味の利いた焼き立ての魚は身に染みるほど美味かった。皮はパリっとしていて中身はふわふわと柔らかい。鮎は腸を抜いていないのに苦味も臭味もなく、美味しい。桐生さんはビールが進むと喜び、僕は素直に美味しいと喜んだ。東さんはそれを見てニコニコと笑った。
 東さんはどうやら僕と同じように酒はあまり飲める方ではないらしくチビチビと煽っていた。
 桐生さんをふと見ると既に四本目の空き缶を積み上げていた。
「亮平さんも美代子もガンガン飲みましょーよー」
 少し頬を赤く染め上気した呉葉さんは東さんにしな垂れかかる。
「美代子って、可愛いのね」
「よ、酔うの早いだろっ」
「キスしましょうか」
「ややや、やだ」
「キスしましょう」
「や、ちょ、離れろ!」
 顔を無理やり近づけて呉葉さんは東さんににじり寄った。東さんも近づけまいと顔を遠ざけ、僕に目で助けを訴えた。
 それを助けたら、次に自分が襲われることが明白だったので、魚を美味しいなぁと一人呟き無視した。
「おおおおおお、お前はあいつと、しし、してろよ」
 余計なことを。
 ぴたりと彼女の動きが止まり、にんまりと振り向く。
 抗うことに疲れた東さんはぐったりと床に倒れる。倒れつつもスルメを噛んで憎々しげに僕を睨んだ。
 因果応報だと言わんばかりの瞳。
「そうね、口移しでお酒飲ましてもらおうかしら」
「絶対に断る」
「……断ってみなさい。泣くわよ?」
 その目は少し据わっていて、既に潤み始めていた。
 つまりそれは僕の敗北であり、彼女の勝利が決まったということだった。


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