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  相互不認知 作者:
二・五粒
 少女はソファにもたれ雑誌を見ていた。横には泥だらけの友人。
 髪の毛は乱れ、頬には泥。
 彼女は少女にしがみつくとおいおいと泣いた。
「どうしようどうすればいいどうしてしまおう!」
「知らない」
 今まで話を聞いていた少女は冷たくそう言い放つと住宅情報誌を捲くった。
 彼女は少女の雑誌を取り上げ、横に置くと膝に泣きついた。
「これではどう考えても変質者だ! 想定のミステリアスだけどちょっと可愛い女の子、とは大きくずれてしまった!」
「変質者っていうよりも色物だよ」
 少女は彼女の長い髪を優しく撫でる。神経質な彼女は涙目になり、首を赤く染めた。
「どうすればいいのだ。私は彼と友達になりたかっただけなのに……」
「彼?」
「ああ、彼女じゃなくて彼だった」
「ふうん」
 奇妙な境遇に少女は少し笑う。そして言葉を続けた。
「でもあわよくば、とも思ってた」
「うっ、確かにそうだけど……そうだけども!」
「ラマヌジャン的だね」
「……そうだ。確かにラマヌジャン的ではあった。しかし、彼ほど神秘的でも数学的でもなかった。あれは支離滅裂で何の形もないただの戯言だ」
 そう彼女はいうと目の前の少女を抱きしめる。目からは真珠のような涙を流した。
 少女は首を傾げる。
「泣いてる? 悲しいンだ」
「服も君が貸してくれたものを着た。髪の手入れも君がしてくれた。話方も手ほどきしてくれた……だけ私は何もできなかった。何も変われなかった。寧ろ嫌われてしまっただろう。それが酷く悲しいのだよ」
「あたしに申し訳ないと思ってる?」
「そうだ……そうなのだ。私は君に申し訳ないと思ってる」
 少女は自分にしがみつく彼女を剥し、見詰め合う。そして平坦な口調と顔でいった。
「なら、そのままじゃだめだよ」
「しかし、第一印象は最悪だ! 人の印象は全て第一印象で決まる。それは心理学的にみても正しいことだろう?」
 彼女はそういうと鼻を赤くし、また涙を零す。少女は無気力なままどうしようかと溜息をついた。
 普段の彼女はこんな弱い人間じゃない。
 自分も恋していた時はこんなにうろたえていたのだろうか。
 確かに誰かに助けを求めてはいたがここまで変化してはいなかったはずだ。
「でも最初が最悪ならあとは上がるだけだよ。マイナスというのは概念上の存在であって実世界にはないンだ」
「だがしかし、変なまま話を続けてしまったら私は彼にとって奇行キャラだ! 私はそれが最も最も恐ろしい! もっとこう……可愛らしいものでありたいと思うのは間違いじゃないはずだろう?」
「何も選択しないよりも何かを選択した方が自分にとって幸せである確立は高い」
「確率論ではなくもっと実直な言葉で私を慰めてくれ!」
 少女は少し考えるように首を傾げ、髪の長い彼女を抱きしめる。彼女はそれに鼻をすすり、抱きしめ返した。
 ゆっくりと少女は語りだす。
「あたしは……あたしはね」
「うむ」
「好きな人をPTSDに陥れたり監禁しりしたけど彼のことを諦めなかった。いろんな人を不幸にして、巻き込んで、最悪なことをしたけれど彼を思うことを、その努力を怠らなかったから今幸せなんだ」
 少女は笑い、いろいろ思い出して顔を赤く染めた。その熱に彼女の体がじっとりと汗ばむ。
「そういうもの……なのか」
「そうだよ。世の中、不確定性の上に成り立ってる。だからそんなに気落ちすることない。抽象的な言葉だけど積み重ねていけばいつかは報われるンんだよ」
「世界は不定なのか」
「そう」
 その言葉に彼女は何かを取り戻し、横に座る。
「失敗を糧にしなくてはならないな……」
「次はメイド服で行けば?」
「君は普段そんなのを着ているのか」
「メイド服は彼の」
 一瞬、彼女は眉をひそめる。しかし、目の前の少女はどういう人間かを思い出して考えるのをやめた。
 彼女を通常の概念で捉えようとするのは間違っている。
 目の前の少女は人を殺すことが最短なら迷わず殺す人間だ。
 事実彼女は。
 恋人すら。
「しかし、次はなんていって話そう」
「それよりも次ちゃんと会えるかどうか分かんないんじゃ?」
 彼女はその言葉に凛として答えた。手には手帳。
「それは抜かりない! 彼は計算と観察の結果、明日もあの山を通る! 帰りもあの道を通る可能性があるっ!」
「……ストーカーだよ」
「ち、違う! 列記とした統計学だ」
「でも、ずっと草むらか見つめてた。今日までずっと。来ない日も」
 彼女は顔を赤くして視線を落とす。指先を弄り小さく戸惑ったような口ぶりでいった。
「だ、だって自分がレズビアンかもしれないと悩んでいたし、なんて声をかけていいのか分からなくて、だけど彼の絵が綺麗で、その」
 用は一目惚れだ、と少女は内心笑う。
「でもあたしが恋したっていったらあんた馬鹿にした」
「……君が恋など非科学的なことをいうとは思っていなかったのだ。君は常に機械に向かって会話しているような人間だった。そんな人間にどうすれば出会いが? どうすれば恋などという言葉が? 私はそれこそ最初、機械に恋したのかと思ったよ。そして君に惚れられた男性に心からお悔やみを…………ん?」
 少女は彼女の言葉を無視して、読書を再開していた。それに首を傾げる彼女。
 平坦な口調が彼女の耳に届く。
「もう、服貸してあげないし、服見てあげない。相談も聞かない」
「そ、それは困る! 私は服らしい服など持っていない!」
「スウェットがあるよ」
「……あれしかないのだ」
 しかもパジャマ代わりに使っているようなもの。
 少女はいい物件を見つけたのかページの耳を折り、横目で彼女の顔を見る。
 じっと見つめられた彼女は汗を流し、ソファに座りながら頭を垂れた。
「……すまなかった。思ったことを直ぐに口にしてしまうのは私の悪い癖だ」
「本当だよ」
「よし、アイスを取ってきてあげよう! 君は何を食べる?」
 彼女は立ち上がり、足早に冷蔵庫まで歩く。冷蔵庫の中には年中いろんなアイスが入っていた。
 少女は雑誌を見つめたままいらないといった。
「ん、君ほどのジャンクフードマニアがお菓子をいらないとはどういうことだ? 風邪でも引いたかい?」
「……“お腹”に悪いから」
 そういって少女は顔を赤くした。
 彼女はミルクバーを口に咥えると手で自分を仰ぎつつ、熱い熱いと少女をからかう。
 少女はパタンと両手で雑誌を閉じると立ち上がりいった。
「……やっぱ知らない。服も自分で頑張って」
 彼女は泣いた。


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