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  相互不認知 作者:
十七粒
 若干の違和感を覚えて目を開く。知らない天井……というわけじゃなくてどこかで見たことある天井。
 さわさわと黒い毛が僕の頬を撫でていた。微妙なかゆみに少し顔を擦り、その毛を掴む。
 僕の髪の毛は止まり、さやかさんの手も止まった。
「何……してるんですか」
「君の毛を使ってお顔の掃除ー」
「何で僕、布団で寝てるんですか」
「あたしが運んだよー」
「そうですか」
「そうだよー」
 彼女はニコニコと笑いながら僕に密着している。正直、窮屈だ。
 今は何時だろう。外の明るさからするとそんなに遅く起きたようでもない。
 ぽんぽんと僕の肩を叩く細い手。
「ねえ」
「何ですか?」
「えへへ……えいっ!」
「んがぁっ!」
 目潰しされた。彼女のチョキが僕の目を突く。大した力が込められていたわけじゃないけど、痛いことこの上ない。目尻から涙が溢れる。
 下手したら失明とかもありえるんだけど。
 僕は優しく目を揉み、再度攻撃が開始されないようにおっかなびっくり慎重に目を開く。
 彼女はイタズラを成功させた童女のようにニコニコと僕に微笑みかける。しかし、童女というには彼女はあまりにも大きい。
「……な、何なんですか」
「結婚しよっか」
「え?」
「結婚」
「なんで急に?」
「そお? 女の子は十六歳から結婚できるから遅いくらいじゃなーい?」
「……そういう理由じゃないです」
 何故急にそんなことを、と聞いたのだけど。
 彼女はごろりと僕の上に転がり、馬乗りになる。見下ろされる僕。
「昨日、凄く感動しちゃった」
「何か面白い映画でもやってたんですか?」
 しらを切ってみる。
「違うよー、昨日の夜のことだよう」
「僕、何もしてないですけど……」
「うん、何もしてないねー。何かじゃなくてさ、心で通じ合えたって感じ。君の優しすぎる優しさが頭に流れ込んだって分かるかなぁ。あの時の思い出でまだ頭がズキズキするー」
「それ、明らかに二日酔いですよ」
 僕は彼女をどかして上半身を起す。枕元に携帯電話とパーカーがあった。
 僕が脱いだわけじゃないから彼女が脱がしてくれたんだろう。たたまず雑多に放り投げてあるところが彼女らしい。
 携帯に表示される時刻は九時。まだ余裕のある時間帯だ。
「君はどこまで優しいねー。昨日あんなことしたのにいつもと変わらない。人に対する評価が常に一定なんだねぇ。他人に失望とか評価とかあんまり感じないタイプだよね、亮ちゃんは」
「さあ……どうなんでしょう」
 それは他人に何も期待していないってことじゃないのかな。
 何も思わず、自分だけで世界が完結してるってことじゃないのかな。
 彼女は僕の後ろに回りこむと羽交い絞めにしてきた。重い。
 そしてくすぐったい。そして恥ずかしい。
「重たい……です」
「亮ちゃん、今日施設帰っちゃう?」
「その……つもりですっ。午後には帰って子供達と遊んであげないとっ」
「いい旦那さんになってくれそうだねー」
「結婚する前提ですか?」
 今日はこのまま山へいって絵を描きながら坂之上と話をしてそれから子供達と遊ぶ予定。
 そして今夜は。
 今夜。
 今夜か。
「もっと一緒にいようよー。あたし、昨日のあれでもっと好きになっちゃった。不思議だね、何にもしてないのにー」
「僕と一緒にいてもさやかさんの心は安らがないですよ」
「安らぐよ。今も安らいでるもん」
「…………」
 くんくんと彼女の鼻が僕の耳の裏を走る。
「ね、だから一緒に今日はギリギリまで布団の中でイチャイチャしようよ。今日もいっぱいいっぱい泣かしてあげるっ」
 くんくんがレロレロに変わり、ざらざらにゅるにゅるとした舌が首筋を張った。僕は自分でも分かるくらいに顔がかっと熱くなる。
 彼女はノーブラだ。何故、分かるんだよこの野郎。
「……ダメです、不健全です。僕は今日は用があるんです!」
 彼女は僕を絡めとるように腕を素肌に這わす。いつもの無理矢理な感じとは違う感覚に内心僕はわっわっとうろたえる。
「これはお願いだよう。ほんとに君のこと愛しちゃったから、だから……一緒にいたいなー。だめ? 君はあたしのこと歯牙にもかけないって奴ー? あたしは君の子供が欲しいなぁ、それじゃだめー?」
 右耳は水っぽくふやけて重い、いやそれよりも熱くて、背筋がゾクゾクする。
 彼女の湿っぽい吐息が首筋をかすめる。
「あーあーあー、ドキドキしてるー! 無理矢理してるよりも亮ちゃんこういうねちっこいのに弱いんだー。めんこいのうー」
 僕だって知らなかった。
 そうこうしている間に彼女の手が僕のジーンズに侵入し始め、唇が首筋をついばむ。部屋にちゅぱちゅぱと生々しい音。
「わっわっわあ!」
「えへへ、優しくしてやるぜーぃ」
「……あ、朝風呂入ってきますっ!」
 僕は半ば強引に立ち上がり、寝室から逃げた。彼女は僕の顔をニコニコした笑顔じゃなくて何だか女性くさいニヤニヤした笑みで見つめていた。
 彼女が男ならこいつ、あと少しで落とせるなって顔なんだろう。もしくはどう料理してやろうかと思っている野獣の笑み。
 僕はその妙に熱っぽい視線から逃げるように風呂場に向かった。


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