一粒
白い壁。施設の壁はとにかく白い。
といってもこの部屋はタバコの煙によって薄っすらと黄ばんでいる。
僕は視線を移し、窓を見る。
朝露に濡れた向日葵、紫陽花。その美しさに僕は心を奪われる。美しさの前では苦しみも痛みも全てが忘れ去られるのだ。
「亮平……元気ないなー? ぴくりともしないし、反応ないとツマンネねーよ。もしかしてアノ日?」
そういって彼は笑う。
もう一人の男がシャワールームから出てきてテレビのチャンネルを変えた。首にタオルを掛けて、片手でビールを空け、飲む。
テレビではニュースキャスターが真面目な顔でローカルニュースと駅前の事件のプラスにもマイナスにもならないことを伝える。
「お前まだやってんのかよ。亮平君も疲れてるだろ。さっさと終わらしてやれよ」
「うるせーなー」
「あんまり長く続かせてると女連中がボロボロだってまた怒りにくるぞ」
「ちっ、わーたよぉ! お……うっ、と」
そう男はいうと僕の中に生暖かいものを吐き出す。体を小さく痙攣させて僕の体を抱き、髪の毛を撫でた。
端的に言えば僕はこの男達に抱かれていた。
いや、そうじゃないな。
僕はこの孤児院で暮らしていて、その職員達に輪姦されていた……が正しいのか。
さっきまで他の男達がいたのだけど自分の“用”を済ませ終えた彼らはさっさと部屋を出て行った。
間違っても僕は決して自分から抱かれに言ったわけじゃない。ただ理由があって抱かれていた。
「亮平ちゃーん、一緒にお風呂で洗いっこしようか?」
「……いやです」
「ははっ、相変わらずクールだねぇ。オジさん元気になっちゃうよ」
テレビを見ていた男が下種な笑みでこちらを振り向く。
僕はタオルで適当に体を拭くと、辺りに投げ捨てられた服を着て、部屋を出る。
フローリングの床を裸足で歩き、真っ直ぐ自分の部屋にたどり着いた。
まず時計に目がいく。時刻は四時をまわったところ。次に安っぽい学習机の上に置かれた写真立てが目に入る。
何だか僕は申し訳ない気持ちになってその写真立てを伏せた。そして棚からタオルを出して一人風呂に向かい、シャワーの蛇口を捻る。
最初の水はまだ冷たい。だけど僕はその冷たさに体を浸した。
写真。
僕の父さんと母さん。
両親は既に他界している。死因は事故。
身寄りの無い僕は各地の施設を“事情”により二転三転したあと、半ば必然的にこの施設にやってきた。できたばかりの施設な上、自分が一番の年長だということに不安を覚えはしたが何とか適合することができた。
他の施設にない何かがあったのだろうか。
いや、むしろなかったのか。
この施設の子供達は自分が不幸であるということをまったく感じさせないほど明るく、今を楽しもうとする活発な子供ばかり。
本来、相容れない年長者であるはずの僕の手を引き、あれをしてこれを弾いてこれを描いて。
気がつけば無表情だった僕は笑っていた。彼らと一緒に虫を追いかけて、庭に種を撒き、歌を歌い、沢山沢山笑った。
ここで骨を埋めるのも悪くない。そう思った。
それが少し歪み始めたのはある日のこと。
一人の男が僕にちょっかいを出してきた。前々から僕のことを変な目で見てきていた彼は僕を抱かせろといった。
僕はその要求を突っぱねた。
次の日、一番下の女の子が犯されそうになった。
僕は彼を殴り飛ばし、言った。
『警察のご厄介になりたいんですか?』
『亮平がヤラせてくれないからしょうがないだろ?』
『通報します』
『……いいぜ、やってみろよ。捕まる前に絶対一人は犯してやる。それだけじゃねえ、俺の仲間にも犯させる。職員に俺の仲間がいないとでも思ってたのか?』
『最低ですね』
『それだけじゃねえ、この施設が問題になって潰れたら施設の子供達はみんなバラバラになる。それがどういうことか分からない亮平お兄ちゃんじゃないだろぉ?』
そういって彼は笑う。娑婆に出てきても狙ってやるといって笑う。
確かにそうだ。
問題になれば別の施設に子供達は移転させられる。そして移転先の職員が必ずしも優しいわけじゃない。移転先の環境が必ずしもいいわけじゃない。子供達に暴力を振るうのが恒例化しているところなんてザラだ。
僕はそういうのを見てきたし実際に“そういう目”に遭ってきた。
『お前が身を差し出せば俺達は何もしない。それによ、知ってるんだぜ? お前、院長とできてるだろ。これってスキャンダルじゃないのか?』
『……………………』
『それにお前の親……例のヤツだろ? ニュースで見たぜ。この施設にもいるんじゃないのか――――お前の親にパパとママを殺されたヤツ』
僕はかっとなって男に掴み掛かった。男はそれを笑い、僕の尻を撫でて答える。
『どうしたんだよ、殴ってもいいぜ。警察に通報してもいい。だけどそれってお互い不幸なだけぜ?』
『……かみさま』
僕の腕は力なく崩れた。日差しはまだ高いはずなのに震えが止まらなくて、涙が出た。
僕の罪滅ぼし。
だから仕方ないのかもしれない。今日のことも、これからのことも。
僕が犯されて、変なもの舐めさせられて笑われてビデオ撮られるのも仕方ないのかもしれない。
それに僕の身ひとつであの子達の笑顔を守れるなら。誰かの笑顔を守れるなら。
「あれ?」
気がつけば僕は涙を流していてシャワーの雨に打たれていた。
どれくらい時間が経っていたのだろう。
僕は急いで体を洗う。平均的な男性よりも長い髪の毛をシャンプーし、注ぐ。
髪についた汚らしいもの、が上手く落ちない。僕は何度も何度も細かくそれを落とす。
お湯で固まったそれを見る度に何かが胃の底から込み上げてきて僕の顔を赤く染めた。
悔しさと羞恥が入り混じったものが僕のプライドを穿つ。
「何を今更……」
プライドなんて、もうどこにもない。初めからそんなものがあったかすら分からない。
しかし、憎しみと悔しさだけは確かにあった。
僕は体内も全て洗い流し、タオルで体を拭く。
壁に掛けたからジーンズとティシャツ、フードつきのパーカーを羽織る。
部屋を出ようとして止まり、振り向く。机に向かい、それを起こす。
「父さん、母さん……いってきます」
僕は部屋を出た。
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