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短編コメディ『考え過ぎ』

考え過ぎ・おでん篇

作者: 笛吹葉月


 突然だが、俺は思慮深い人間だ。

 ……ズボラなどではない断じて。生きるための知恵が溢れてると言って。


 レトルトのおでん、というものをご存知だろうか。ビニールのパックの中に出汁と具がパッキングされていて、ボイルで温めて食べる、冷蔵保存推奨のブツだ。

 こたつでおでん、最高だよね!

 というわけで今夜の夕飯はおでんに決定。俺は料理法もエレガントなのだ。俺が作る焼きそばは絶品なんだぜ。“湯切り時に麺も一緒にバシャー”なんて失態はもうしない。経験の積み重ねは大事。


 さて調理開始。鍋に水を入れてコンロにかける。手際よくやらんとね、うん。

 続いて冷蔵庫から取り出したおでんのパックを水洗い。……え? いやだって、パックの外側が汚れてたらボイル中に汚れが水に溶けだして、ひいてはそれが鍋に付着するわけだろ。そしたら鍋を洗う必要が出てくるじゃないか。それは面ど……いやいやMOTTAINAIでしょ。俺、日本人だし。

 沸騰したお湯にパックをイン! 鍋の縁にビニールがくっつかないように箸で沈める。熱で溶けて有毒ガスとか。超ヤダ。

 温まるのを待つ間に皿を用意。汁が結構多く見えたからな、いちばんたくさん入りそうな深皿で。どんぶり鉢くらいの深さがあればよかったんだが、我が家の食器中ではこいつが最大である。大は小を兼ねる……ちなみに他の大多数の奴らは冬眠中である。埃的な意味で。

 箸でちょくちょく沈めながら、時々ビビって火を弱めながら待つこと五分。そろそろ……と、火を止めて熱い袋を箸と手を駆使して引き揚げる。捕ったどー!

 いよいよ盛りつけに入りますよ。

 汁がやっぱり多いなー。流しに捨てればいいのだが、あれだ、大根の屑が含まれた汁を流すと後で掃除するのが大変だ。考えてもみろ、いざ大掃除しようとなった時のことを。水垢と遠い昔の野菜屑に塗れた排水口……超カオス! 触りたくない!

 だからせめて流すなら液体オンリーで。今回は出汁から具の欠片を仕分けるのは至難の技ゆえ、このまま強行突破しようと思う。いける、いけるはずだ……俺はお前の懐の深さを信じているぜ、皿ぁ!

 まずは汁を注ぎ。次に具を慎重に。大根、がんもどき、牛蒡巻き、昆布、さつま揚げ。難関の卵もクリアし……

《つるんっ、ぽちゃっ》

 キェァァアー!!


 ……少々のアクシデントはあったが、どうにか盛り付けも完了。は、はぁ? 指なんて熱くなかったし。シャツの染みとか見えねぇしマジうける見ないでください。

 しかしまぁ皿のキャパが色んな意味で予想外だったわ。愛してる表面張力! 結婚してくれ!

 ……おほん。

 ここからが問題である。『台所より三メートル先に目標を設定!』……したのはいいのだが、こたつに至るまでに、この爆弾と化したおでんを保持したまま、数々の障害物を絶妙なバランス感覚で乗り越えねばならない。これらの難関も、俺の日頃の積み重ねの結果である。

 『ここはフォーム“SURIASHI”を!』『前方に段差を確認! これよりエリア・リビングに突入するッ。スピードを二段階下げろ!』『た、隊長、複雑に絡み合ったコードの群れです! 母体はラジカセ、ドライヤー、携帯の充電器、そして……こ、こたつです! こたつ側がコードを使って我々に攻撃を!』『慌てるな! 落ち着いて、着実に隙間を見極めるんだ。少しでも傾けばおでんの汁が甚大な被害をもたらすぞ!』『着陸予定地に大量の紙類あり! このままでは雑誌及びマンガが危険です!』『緊急避難を要請!』

 ……幾多の困難を乗り越え、俺はおでんをこたつの天板に――置いたっ! ざまぁ!!

 こたつのスイッチを“入”にして、温まるまでに箸を取りに行く。コードの森を調子に乗って跳ん……だりしたら、それは正真正銘アホの子である。俺はそんな“気を抜いた瞬間に足を引っ掛けて転ぶ”ようなありきたりなミスはしない!

 やっと、おでんとこたつの競演が始まる……! 俺はいそいそと愛しいこたつちゃんの元へ戻り、するりと体を中に滑り入れ――

《ガン》

 アッ――!!



 ふっ……よもや入る瞬間に足がこたつにぶつかり、その衝撃で出汁の氾濫が起こるとは一体誰が予想できたろう……。少なくとも俺にはできなかったさ。

 ああ、出汁のいいにほひがします。とりあえず、食って温まろうか……。


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― 新着の感想 ―
[一言] 昔、何かで読んだ「男の料理」という短編の雰囲気を髣髴とさせるシリーズですね。 描写を極力最低限に抑え、本人の思考中心な展開が、一人称の酔うお手本だと思います。
[一言] 一言「運ぶ前に啜れ」 今回も面白かった! こういう作品好きです。 素敵な時間をありがとうございました。
2011/03/28 02:13 退会済み
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