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短編集

彼の者は主人亡き後、無に還る

作者: 葵 花

夫に先立たれた女がいた。

悲しみに打ちひしがれた姿は痛々しかった。

女と夫の間には子どもが居なかったことと、まだ年齢的にも若い部類であったことから、まわりは新しい出会いを勧めた。

しかし、女は首を縦に振らない。

女はとても夫を愛していた。

けっして、女は人生を捨てたわけではなく、生活するなりの努力をし、人との付き合いもそれなりにしていた。

けれど、夫との時間が幸せで大切であったから新たな伴侶を得る気にはなれなかった。

夫との思い出と共に生きていくつもりだった。

月日はサラサラと流れてゆく。

夫と一緒に可愛がっていた愛犬も、その寿命のままに彼女の元から旅立った。

一人暮らしの女は、ふとある記事を目にした。


『人型の作業用ロボット』


主に工場や工場で重い荷物を運搬する事を主にした働きのものだった。

ただの気まぐれだったのか、女はそのロボットを購入する事を決めた。

業者は元々は個人に販売する意向はなかったのだが、女の熱意に絆された。

大金ではあったが、亡くなった夫の幾ばくかの資産を残したままにしていた。

後々のメンテナンスも込みの代金を一括で払った。

ロボットは昔のアニメ風で硬質で武骨な姿だった。


一人と一体の暮らしが始まった。

まわりは女を口さがなく噂した。

『人に相手にされないから、ロボットですって…』

でも、女は平気だ。

その昔、知人の顔を立てて男の人に会ったことがある。

初めから、付き合う気持ちがないことを伝えていた。

しかし、相手はその言葉を信じてはくれなかった。

未亡人という立場に対して、勝手な妄想を勝手に抱き、その枠に女が入らないと知るや勝手な理屈で女を責めた。

知人も顔を潰されたと女を責める。


どうして、愛する人がただ一人でいいのだと解ってくれないのか。

どうして、それではいけないのか。

それでよいと思っていることが何故不幸と言われてしまうのか。

女は疲れきっていた。


ロボットの性能は極めて単純なもので。

スイッチを入れて動く、重い荷物を所定の場所まで運ぶ、上げ降ろす、スイッチを切れば停止する。

業者が特注で付けてくれたオプションで緊急時に非常ブザーが鳴る、サポートのためのデータ送信を簡略化してくれたこと。

ロボットはその出で立ちから、いかにも手強そうで防犯としても最適だった。

女にとって、それで充分だった。

大きくて、頼りになって、無口で。

それは、なんとなく亡くなった夫に似ているかもしれないと少し思う。

女はそんな生活に満足していた。


月日は流れる。


一人と一体。

女はもう人生の大半を生きた。

体の異変を感じ始め、人生の終わりも見えてきた。

心残りは同居人であるロボット。

女は購入した会社に相談する。

この頃は家庭用のロボットの導入もさほど珍しいものではなくなっていて。

女の家のロボットはかなりの旧式であった。

しかし、女が丁寧に大切に使用していたので状態はかなり良く、引き取りも可能であるという返事をもらった。

ロボットはメンテナンスをされ新たな雇い主の元へと行く。

旧式ではあるが操作も単純で何より一部のマニアに人気がある型であったため問い合わせも数件あるらしい。

女は安心した。

自分が天に召される前にと、思っていた。

しかし、予期せぬ事が起こる。

カーテンが開かれぬままの部屋。

心配になった知人が訪ねてくる。

女はあまりにも突然、逝ってしまった。

見つけられたのは、数日後だった。

どうしてわからなかったのだろう。

ロボットはプログラム通り行動するはずだ。

彼女の健康状態のデータ入力もサービスの一つとして、後に付加されていた。一定時間に送信されるはずであった。

調べてみた後、わかったこと。

多分、女が亡くなったあたりからぷつりと送信が途切れていた。


ロボットはどうなっていたのだろうか。

彼は停止していた。

いつもの姿で、いつもの場所で。

微動だにせずに停止していた。

原因は基板部分の損傷。

彼の脳とも心臓ともいえるその重要な部分が再生出来ないほど、黒く焼け焦げていた。

ロボットはそのまま廃棄される事になった。

女の望んだ新たな雇い主の側で新たな生活をという事が叶わぬままに。


一人の女と一体のロボットの話。


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