第8話 怪しい男
カウンターではマスターがグラスを拭きながらタンザニア男の話相手をしていた。そこへ、いきなり景子が割り込んでいる。私は目の前がクラクラしてきた。いったい何のマネ、景子……。
私は景子を呼び戻すべく走った。多分私の顔は真っ赤だっただろう。頬が熱かった。
突然、タンザニア男の笑い声が聞こえた。
「はっはっは。元気のいいお姉さんだ。あなたのその単刀直入なところ、気に入った。」
マスターが人差し指を立てて、タンザニア男に言う。
「純粋無垢なお嬢さんたちに、余計なことを吹き込むんじゃないよ」
タンザニア男は
「大丈夫だよ、こうさん」
そう言うと立ち上がりくるりと身を翻しこちらへ歩き出した。
一体どういうこと?
あっけに取られている私に向かい、景子は親指を突き出して言った。
「イェイ、大成功。さ、テーブルに戻ろ」
景子はさっさともとの席に戻る。その後をタンザニア男がついてくる。
私には話の流れがさっぱり理解できなかった。
隣のテーブルから椅子を引きずってきて、二人がけのテーブルにはいつのまにか三人が座る態勢ができていた。
「佳代、何ぼさっとしてんのさ。ささ、座って」
景子が無理やり私を椅子に座らせる。続いてタンザニア男が頭をぼりぼりかきながら自己紹介する。
「いやあ、はじめまして。最初、あなた方がここに入ってきたときには、正直言って、何だか騒々しい子たちだなあって思ったんですよ」
え? 何なの?
事態が全く飲み込めていない上に、いきなり『あなた方』ときた。景子と同類に扱われるのが少々ショックだった。
「だけど、ボクのことをただ者じゃないって、いやあ、なかなか今時の若い人は侮れない。あんまり時間は取れないけど、まあ、世間話でもしましょう。ボクは久保田といいます」
はぁ?
景子がはしゃいでいる。
「ねえ、ねえ。名刺とかないの?」
タンザニア男は、小さな黒いポーチのようなかばんから名刺入れらしきものを取り出した。
「えっと、ありますけどね、あれ……」
景子がタンザニア男の腕に手をかけて覗き込んだ時、タンザニア男の手から、バラバラと名刺が飛んだ。テーブルの上に2枚と、床にも数枚落ちた。色々な名刺だった。自分の名刺と他人からもらった名刺を同一の名刺入れに入れているのだろうかと思ったが、それは、間違いであることに気づいた。
テーブルの上にある名刺は一枚がオレンジ色、もう一枚は白だった。オレンジ色には太いゴシック体でフリーカメラマン、久保田敦とあった。もう一枚の白は、ありきたりの縦書きの名刺だった。邦流新聞記者 久保田敦とある。邦流新聞、大手新聞記者?
男はあわてて名刺を拾う。
床に落ちた名刺を拾おうと床に手を伸ばした景子が言った。
「へえ、久保田さんって、ペット販売会社の社長さんなんですか」
タンザニア男、もとい、久保田と名乗る男は、黙っている。床に座り込んで名刺を拾っている男に向かって、景子は言う。
「意外とおっちょこちょいなんですね、久保田さん」
うわ。景子に言われている。
「いえ、あなたの手が当たったから落ちたんですよ」
久保田はムッとしている。
私がカウンターを指差した時、景子は、マスターではなく、このタンザニア男のことだと勘違いしたんだ。それにしても景子ったら、よりによって、こんな怪しい人間と勘違いするなんて。こんな男と知り合いになって大丈夫なんだろうか。私は、そっちの方が心配になってきた。
「ペットって、具体的に何を売ってるんですか」
景子は無邪気に聞いている。久保田は言う。
「いや、この名刺は単なる道具でね、ペットなんて売ってないですよ」
「えー! ウソなんですか?」
景子の声は相変わらず大きい。
「いや、あの、もう少し小さな声で話しませんか? まいったな……」
久保田はすっかり景子に翻弄されている。
「あのですね、うちには亀が一匹と熱帯魚が20匹くらいいます。ですから、そいつらを売ろうと思えば売ることはできるんです。だから、別にウソというわけじゃないんですよ。だけど、本職は違うんです」
景子は、コーヒーカップに口をつけて、目だけはじろりと久保田を見ている。
久保田は、ポケットからハンカチを出すと額の汗を拭き出した。意外と小心者なのだろうか。
たった今、注文していた生豆が到着しました。ワクワクです。
エチオピアの『レッドウルフ』と、2007年のカップオブエクセレンス(COE)で入賞したエルサルバドルの豆です。
どちらも楽しみです。
コーヒーは栽培されたものばかりではありません。もともとエチオピアはコーヒー発祥の地と言われておりますが、レッドウルフは、野生のコーヒー豆です。そのため、種類ははっきりしませんが、ティピカ種だろうと言われています。ごく少量しか収穫できませんので、ソレを頂けるのはホントに贅沢なことだと思っています。次回、感想を述べますね。