第6話 景子
”森”は、毎週土曜日の私の楽しみだった。けれど、週日に”森”のことをぼんやり考えることはこれまでなかった。いや、もっと正確に言うと、”森”のマスターのことを、だ。彼は、ホントに麻薬みたいだ。知らないうちに少しずつ私の生活の中に浸透してきている。
景子がぼんやりしている私に話しかけてきた。
「ねえねえ、夏休みどうする?」
「夏休みねえ。」
私の気のない返事に景子が私の肩をつかんで顔を近づけてきた。
「あんたさあ。大丈夫?」
いきなり身体の向きを変えられてびっくりした。
「なによ、そんなに顔を近づけないでよ。びっくりするじゃない」
景子はじっと私の目を見て言った。
「ははーん。わかった。」
「何が?」
また、とんでもない事を言い出すに違いない。
「あんたさ、今、恋してるでしょ」
はあぁ〜? あー、やっぱり……
「ち、ちがうわよ。何言ってんの」
「顔に書いてある。私は今、恋してますって」
うーん。彼女に何と説明すればいいのか。
景子は思い込みの激しい性格だ。悪い奴じゃないんだけど、時々とても厄介。
「景子、今度の土曜日、昼過ぎ2〜3時間都合つく?」
私は、説明するのが面倒で、彼女を”森”に連れて行くことにした。直接現場に連れて行った後でじっくり説明する方が手っ取り早い。
「何で?土曜日はアキラと遊びに行くことにしてるんだけど……」
じっと私の目をみた彼女は、急ににやっと笑った。また、何を想像してるんだか……。
「わかった。会わせてくれるのね、その憧れの君に。アキラとのデートは夕方からに変更」
憧れの君ねえ。単に謎のおっさんなんだけど……。景子は携帯を取り出すと早速ボーイフレンドにメールを書き込んでいる。
「ちょっと景子、すんごい誤解してるみたいだけど……。まあ、いいわ。とにかく土曜日に私のバイト先まで来て。知ってるよね、ブック兼平。詳しいことは、その後ね」
指先を動かしながら景子は顔を上げて早口で返事した。
「え? ああ、わかった、わかった」
ホントにわかってるんだか……。
その時、別の同級生が私の腕を揺すって小声で言った。
「先生、来たよ。2時間目、解剖学だよ」
あわてて、私と景子は席に戻った。
土曜日。今日は、景子と約束しているので、12時半くらいから私は落ち着かなかった。マスターのことをどう説明したらいいだろう……
間もなく店員の近藤さんが来られた。
「お疲れ〜。佳代ちゃん、あがっていいよ〜」
私は、土曜日の10時から1時の3時間、ここブック兼平でバイトをしている。あとは、時々、日曜日に頼まれて仕事をすることもある。もう一年近くになる。店長と私の二人。普段は店員の近藤さんと柳さんが交替で店番してるんだけど、どうしても二人とも土曜日の午前中に出てこられないらしい。私はバイト中、店内を回って、乱れた本なんかを綺麗にしながら、次に読む推理小説をこっそり探したりしている。
1時きっかりに景子は来た。ちゃっかりアキラに送ってもらっている。アキラ君、今から尻に敷かれて大丈夫ですか?
景子を車に乗せて、まずは、近くのハンバーガーショップ。
「ねえ、ここにいるの?その人」
始まった。景子の早とちり。
「違う。ここは食料調達だけ。景子、昼食べたの?」
「うん。アキラと激スパ食べてきた」
「何なの、それ」
私は景子といると時々自分がとても年寄りになった気がする。とても同い年と思えない。アキラ君も大変だろうなあ。お願いだから、”森”で粗相しないでね。
バーガーショップで私はフィッシュバーガーを頼んだ。
「あ、じゃ、私コーヒー頼んじゃおっかな」
景子がオーダーしようとしたので慌てて制止した。
「ダメー。この後、おいしいコーヒー店に連れてってあげるから、あんたはここでは水だけ」
「げーっ。何それ」
フィッシュバーガーを頬張りながら私は早口で言った。
「あのさ、今からコーヒー店に連れていくけど、お願いだから黙っててね。後でゆっくり説明するから」
そう言いながら、景子を連れて行くというアイデアが間違っていたのではないかという憂鬱な気持ちに襲われていた。
いつも、お読みくださってありがとうございます。とっても励みになっています。これから、いよいよ物語が少しずつ動き出します。
さて、今日は私は、インドの「パールマウンテン」というコーヒーを飲みました。
インドでコーヒーが作られているなんて、意外でしょう? でも、インドも赤道付近のコーヒーベルト地帯に属しています。それに高い山もあって、しっかりコーヒーに適した条件が整っているのです。
カリブ海系やアフリカ系、ラテンアメリカ系とも違う味わいが楽しめます。
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