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  メスと珈琲 作者:GFJ
第28話 クリスマス
 ビレッジビレッジで久保田と話をしてから、私はしばらく”森”へ行かなかった。あまりにもショックが大きくて、マスターと今までどおり普通の会話をする自信がなかった。
 時々、事件のことが頭をもたげてきたが、それなりに忙しい学校生活を過ごすうちに気が紛れていった。
 景子はあれから、小さな喧嘩はするものの、アキラ君と仲良くやっている。アキラ君は、一見景子に振り回されてるように見えるけれど、実は、結構大人だったりする。時々暴走する景子の行動もちゃんと理解していて、タイミングを見て上手にブレーキをかけることも忘れない。
「ごめーん、佳代。クリスマス、ちょっと無理」
「えーっ! なんて、ウソよ。クリスマスは大事よね。アキラ君と喧嘩しないようにね。実は、ちょうど急用が入って、私もクリスマスどころじゃなかったの。だから、かえって良かった、あんたの世話なんてできないからさ」
「えー? 世話? ひっどーい、佳代」
「へへ、ごめんごめん」
 クリスマス。今年も一人で過ごす。こんな美女がここにいるのに、世間の男は見る目がない!いつもは、ボーイフレンドなんて煩わしいだけだと思っている私だけれど、クリスマスだけは毎年ちょっとだけ孤独感を味わう。こういうの、わがままって言うんだろうか。街中のショーウィンドウも木にまとわりついているライトアップもこれ見よがしで大嫌い。クリスマスを恋人の日にしてしまったのはどこのどいつだろう。

 そうして、面白くない気持のまま、来てほしくない24日がやってきた。一人で映画でもと思ったけれど、どうしてイブの日はこんなにカップルだらけなんだろう。ホントに日本人っておかしいんじゃない? 私は怒っても仕方がないことに腹を立てて、久しぶりに”森”に向かった。夕方に”森”へ来たのは始めてだ。
 ”森”の飾りつけはいたって地味だった。玄関に小さなクリスマスツリーが飾ってあって、ライトがピカピカしている。それは、今の私には最適のお出迎え。どこの喫茶店も、沢山の電飾や窓ガラスのサンタクロースで賑やかすぎる。いつもと何の変わりもなく、ただ、一本の昔風のツリーが、ピカピカしながらぽつんと立っている。私に、いらっしゃいと言ってるみたいに。
 カランコロン
「こんにちわ」
 私はそっとドアを開けた。中は暖かかった。濃いコーヒーの香りが私を包む。
「おお、久しぶりだね。いらっしゃい」
 指定席は空いている。でも、窓際の席は、寒そうだから……。本当はそんなことないって知っているけれど、私は心の中でくだらない言い訳をしながらカウンターに向かった。
 マスターは、カウンター越しにグラスとメニューを差し出した。
「外は寒いでしょう?」
 マスターの顔がいつもより優しく見える。
 この人は、どうしてこんなに強いのだろう。壮絶な人生を歩んできて、どうしてこんなに優しい顔が作れるのだろう。
「寒かったです。何だか冬って感じ」
 マスターは何も言わず、静かに笑った。店の中にはお客さんが少なかった。もう少し賑やかだと思っていたのに、それは本当に意外だった。
「マスター、もう少し派手に飾りつけしたらいいのに。そしたらきっと沢山お客さんが来ると思いますけど」
 心にもないことを言ってみる。
 にっと笑ってマスターが答える。
「アドバイス、どうもありがとう。でも、ベタベタしたカップルにここを占拠されるのはあんまり私の意に沿わないんでね。コーヒーを飲みに来てもらいたいんだ」
「うわ。負けた」
 心で思ったことがつい口から飛び出た。
「はっはっは。強がりなんだよ、私は。さて、今日は何になさいますか? お嬢さん」
 私は、メニューを見ながら悩んだ。メニューを見ながら、何にしようか考えていたら、どういうわけか涙が出てきた。いけない。私は焦った。でも、焦ったところで涙は止まらない。
 メニューにぽたっと一粒落ちた。顔を上げられずにいると、目の前にティッシュ箱が差し出された。私はこくっとうなずいて、ティッシュを一枚取った。気恥ずかしさでいっぱいだった。
「今日は、カプチーノだね」
 マスターは一言つぶやくと、後ろを向いてコーヒー瓶に手を伸ばした。
 優しい音楽を破るグラインダーの音が響く。香ばしいコーヒー豆の香り。コーヒーを淹れる音と静かなピアノ曲。いやらしいクリスマスソングじゃないのが私には嬉しかった。
ティッシュ箱にそっと手を伸ばし、2枚目を取った。下を向いたまま、涙と鼻をふく。
 やがて、コーヒーが目の前に静かに置かれた。コーヒーカップには、コーヒーを覆うフォームドミルクに鳥の模様が描かれていた。口をつけるのが、勿体ない。
「いただきます」
 私は小さな声で言った。
 マスターが静かに話し出した。
「最初にあなたがここに来た時、私はびっくりした。あそこの窓際の席にかけて、外を見ていたよね。横顔がね……あんまり私の娘に似ていたから」
 え?
「睫毛が長いところや目尻、それに頬の部分がね、そっくりなんだよ。もちろんあなたよりはずっと美人だよ」

今頃クリスマスの話……になってしまいました。


コーヒーを抽出すると、カップの上にほんのり油成分が浮いているのにお気づきだと思います。コーヒーの保存瓶にも油がつきます。焙煎していると、焙煎途中から、油分が豆の表面に出てきてツヤツヤしてきます。コーヒー豆の種類によってその含有量は異なりますが、大体10%強の脂質が含まれています。コーヒーのコクを出す大事な成分です。

その他にも、糖類、たんぱく質、その他の様々な物質を含み、焙煎することによって、多糖類、たんぱく質の分解とともに、糖とアミノ酸が結合して(メイラード反応といいます)、褐色の物質(カラメル様物質)ができます。焙煎温度や焙煎度合いによって、様々な化学反応の差が生じ、豆の味を変えていくのでしょう。

次回は、1月9日を予定してます。


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