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  メスと珈琲 作者:GFJ
第21話 マスターの過去 3
 地中海病院は、外資系金融業会が実質的な経営権を握っている。儲からない医療はやらない。その辺は徹底しているはずで、たとえ、救急車で搬送されてきても、必ず、クレジットカードで分割払いにしたりと収入源の確保はきちんと行う。未収入の場合は、母体の金融業会が動き出し、最終的には取立て屋がどこまでも追いかけていく。
 久保田の話は、まるで、外国のお話のようだった。でも、その内容は、あの日、地中海池の周りを散歩していた入院患者が喋っていたことと合致するものだった。地中海病院は、米国型医療機関なのだ。そういう類の病院でマスターはメスを握っていたということか。
「違うんだよ。こうさんが病院を辞めてから、変わったんだ。」
 久保田は、私の想像を否定した。
「そうだ。私、マスターの話を聞きたかったんです。地中海病院事件の真相」
 私は、思わず身を乗り出した。
「そうだなあ。どこからどこまで話せばいいのか……」
 ハーブティーを一口飲んで、久保田はティーカップに砂糖を入れてかき混ぜた。私も、ストロベリーシェイクを口にする。人工的なイチゴ味が美味しいような不味いような……。

「諸岡先生が受け持った患者さん。68歳の患者さんだけど、本当に不運なことに、入院中に偶然、脳梗塞を起こしたんだ。手術が無事に済んで、退院を目の前にしてのことだった。場所がまた悪くて、脳幹(のうかん)という、生命維持に最も大事な場所らしい。しかも、こうさん、学会の司会で不在にしている時だった。一般人には、病院で偶然脳梗塞を起こすなんて考えも及ばない。ボクも最初、おかしいと思ったし、だからこそ記事にした。病院側が絶対に何かを隠していると、そう思った。説明できないことが、真実を隠蔽していることの何よりの証拠だとしか思えなかった。冷静になってみると、『説明できないこと』には2種類あって、真実を隠蔽している場合と、本当に説明できない場合があるってことに気づくんだけどな。人間っておかしいよな。こうと思い込んでしまうと『偶然』という説明で納得なんかできなくなってしまう」
 私は話を聞きながらドキドキしてきた。看護学校に通う前は、医療事故とか医療ミスという言葉を聞くと、医療機関やミスをする医師達に腹が立っていた。純粋に。だけど、今は違う。これから、自分が責められる立場に立つのかという、漠然とした圧迫感……。正直言って、気が重くなる。
 久保田は続けた。
「ボクが遺族側に立った記事を書いたことで、被害者と加害者が逆転した。マスコミ報道は過熱し、病院も相当に追い込まれていた。脳梗塞を起こした後の患者への対応は、いろんな医師に聞いてみたけど、しごく真っ当なものだったらしい。それに、脳梗塞を起こしたのがたとえすぐに処置ができる病院内であっても、どうしようもないケースが存在するってことだ。ボクは、最初は、医師達が庇いあっているだけだろうと思っていた。先輩記者達からも、医者の隠蔽体質や庇いあいの体質について色々聞いていたからね。違う側面から病院を攻めた報道もあった。主治医がそこにいなかった。手術をしたまま放置というようなね」
 漠然と事件の全体像が見えてきた。
「医療ミスと信じていた久保田さんが、そうではないと180度見方を変えたのはどうしてですか?何か、きっかけでもあったのですか?」
 今まで真剣な顔をしていた久保田が、にーっと笑った。
「君は、時々、鋭いことを言うね。将にその通り。でも、まあ、そのことは後で説明するよ」
 再び、真剣な顔つきに戻って言う。
「ボクの記事がきっかけとなり、『地中海病院の医療ミス』と新聞やテレビが騒ぎ立てるようになってから、色んなことが起きた。最初はミスを否定していた病院側が記者会見を行い、医療ミスと認めて謝罪した。」
 えーっ? そんなことがあるのだろうか。ミスでないものを病院が謝る? おかしいではないか。
「ミスでもないものをミスと認めるって、それっておかしくないですか?」
 久保田は口の右側だけ上げて不気味に笑った。
「おかしいだろ?そうなんだよ。」
 久保田は、一息つくようにハーブティーで口を湿らす。
「ボクも病院側がミスを認めた背景を完全に把握しているわけじゃない。だけど、どうも話は簡単じゃないみたいなんだ」
 私は、ゾクゾクしてきた。ストロベリーシェイクはオーダーミスだったかも。暖かい飲み物にすれば良かった。
「病院側がミスを認める理由はいくつかある。一つは、医療者としては、たとえ、全力を尽くしたとしても、救ってあげられなかったっていう無力の念がある……と、多くの医師達は言う。何らかの経済的保障をしてあげたいと思ったら、ミスであったという形にしなければ手を差し伸べられないという切実な事情があるんだ。それから、話がこじれないうちに早く和解したいとも思う。金で済むものならと思うのは理解できるだろう。実は、記者会見する前に遺族に和解を持ちかけている。ところが、遺族は同意しなかった。そんな問題じゃないと言って。遺族の感情をそういう方向に持っていったのはボクにも責任がある。だから遺族のことを非難する資格はボクにはない。病院側が遺族に和解を持ちかけた以上、何だか病院がミスを犯したという方向に話が向かっていった」
「えーっ? そんなのおかしい」
 私は、段々エキサイトしていく自分を自覚した。
「うん。おかしいけど、こういう例は少なくないと思うよ。早く解決したいと焦った医療機関が、和解を持ち出したことで墓穴を掘ってしまうケース。ただ、この事件では、もっと別の要因が絡んでいた」

これからしばらく、重い話が続きます。覚悟の上お読みくださいませ。

生豆を購入して、まず行うのが、ハンドピックです。袋を開けるとき、どんなコーヒー豆か楽しみであると同時に、ハンドピックは疲れる作業でもあります。
高価な豆だとすでに済ませれており、そのまま焙煎もできますが、私は(趣味ですので)、一通り目を通します。実を言うと、目が疲れるので、あまり好きな作業ではありません。

生豆は、水分を多く含んだものだと緑色をしています。品種によって、また、古くなってくると、水分が飛んで、白っぽくなります。
生豆の匂いは、生臭く、それを焙煎することで、美味しいコーヒー豆になるのがとても不思議です。


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