第19話 マスターの過去 2
2杯目のコーヒーを挟んで、久保田さんは、話を続けた。
「医学知識はボクには全然なかった。今でもないけど。後になって患者サイドからだけの情報で記事を書いたことは間違いだったとわかった。でも、気づくのが遅かったんだ。その影響はあまりにも大きかった。正直、自分の携わっている仕事を怖いと初めて思った。ボクの記事は社会面のトップに大きく出たんだ。」
「……よくわからないんですが、医療ミスではなかったんですか?」
「そういうこと」
久保田さんは、ふーとため息をつくと、コーヒーを一口すすった。
「ボクが、記事を書いたことで、諸岡医師は地中海病院を辞め、そして、今、ここで珈琲館”森”を経営している。そういうことだよ」
久保田さんは話を切り上げたがっている。そう感じた。だけど、私には新たな疑問が次々に湧き起こっていた。医療ミスでないなら、なぜ患者さんは亡くなったのか。そして、医療ミスでないなら、モロオカ医師が病院を辞める必要はなかったのではないか。単純に右手の負傷でメスが握れなくなったから辞めたのか? 久保田さんの言い方では、彼の責任でモロオカ医師が病院を辞めたような印象を受ける。それが本当なら、マスターは彼を恨んでいるはずだろう。そんな様子もないし、おかしいではないか。
質問したいことは山ほどある。一つ一つ聞いていくしかない。
「あのー。医療ミスでなかったというのが、よくわからないんですが……」
久保田さんは、しばらく私の顔を見つめて、ふっと笑った。
「この話は、これでおしまい。マスターには非がなくて、ボクが彼を追い込んだ。それだけを君に伝えたかったんだ」
こんな中途半端に話をされたって、こっちは余計に気になるではないか。
「え。だって……。もう少し詳しく教えてもらえませんか?」
彼は、頬杖をついてじーっと私の顔を見ている。何? 気色悪いなあ。
「どっかで会ったことがあるような気がしてならないんだよなあ……」
沈黙が続いた。何だかやな感じ。
「あのさ。今日は、実はこれから仕事なんだ。それに、こうさんの店でこうさんの話をこれ以上続けることにも、正直言って抵抗がある。彼、仕事しながら気になってると思うよ。実を言うとね、君の事、特別のお客さんだから失礼のないようにって釘を刺されてるんだ。」
え? マスターが? どういう意味だろ……。私に……気があるってこと? 何か気になる言葉だなあ、全く。どう反応したらいいのよ。
「うわっはっは。何、赤くなってんの? まあ、いいや。明日、都合つく? よかったら、別の場所で話をしない? そこの大通りをまっすぐ下って、二つ目の信号を右折して50メートルくらいのところにファミレスがあるの、知ってる?」
ホント、やな奴。でも、マスターの話を聞きたいと思った。この男を信用しても大丈夫かなっていう気持ちは、少し残っているけど。
「えっと、『ビレッジビレッジ』ですか? オレンジ色の建物の……」
じーっと見てる。何だかやだなあ。にやっと笑って久保田は言った。(さんづけはヤメだ。)
「大丈夫だよ。さっきも言った通り、マスターに釘刺されてるから。間違っても君を襲ったりしないよ。ボクの好みじゃないし」
ますますイヤな奴〜〜〜。あったまに来た。負けてなるか。
「何時?」
ぶっきらぼうに聞く。
「10時でどう?」
「わかりました。明日の10時、ビレッジビレッジ」
「ああ、朝の10時だよ。夜じゃないよ」
「あったりまえじゃないですか!」
こうして私は、翌日、正体がいまいち掴めないこの男と”森”の外で話をすることになった。
私の物語は、普通の方からは単なるフィクション(現時点では)、そして、医療従事者にとっては、背筋が寒くなるような話だろうと思います。
なるべくいい終わり方をしたいと思っていますので、どうか最後までお付き合いください。
コーヒーの品質を、ワインで行われているのと同様に、きちんと評価しようという動きが出てきたのは、つい最近のことです。
様々な基準を設けて良質のコーヒーに点数をつけるというやり方で生まれたのがカップ・オブ・エクセレンス(COE)の制度で、生産者のやる気を引き出し、さらに、賞を取れば高値で取引されますので、コーヒー農園を強力にバックアップできます。
スペシャリティーコーヒーは、コーヒーのほんの一部でしかありませんが、贅沢な世界が具現化されることは、コーヒー全体の楽しみ方を広げるいい傾向だと思っています。普段はインスタントで、そして、たまには極上のコーヒーを頂く。そんなメリハリもまた贅沢な楽しみ方の一つだと思います。
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