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  メスと珈琲 作者:GFJ
第14話 噂
 池を見に行く前に、病院内をもう一度見て回ろうと思った。雨が降っていなければ、池に直行していただろう。病院の待合室には、昨日よりずっと多くの患者がいた。午前中の外来受診のためだ。
 診療科の掲示板を見る。

 総合診療科
 救急科
 呼吸器内科
 循環器内科
 消化器内科
 内分泌内科
 アレルギー科
 放射線科
 ……

 延々と科名が並ぶ。

 婦人科
 ……

 ふじんか? 

 あれ。産科がないんだ。それに、小児科も……。こんなに大きな病院なのに……。
 皮膚科とは別に美容皮膚科か。形成外科……。
 自由診療に、かなり力を入れてるんだ……

 特別診療(自由診療)…日曜日 完全予約制
 え? 特別診療って何?
 昨日は気づかなかったけれど、ちょっと不思議な病院だ。これだけの規模の病院に、産科と小児科がない。

 自動受付機が数台並ぶ一角の横に、スタンドがあって、小冊子がたくさんあった。病院のパンフレット類が一番上、その下には、爪白癬、メタボリックシンドローム、高血圧の話……と、一般向け医療の冊子が並ぶ。
 病院パンフレットと、『地中海の風』という定期発行されているらしい小冊子を取る。全部で4回分あった。
 一般患者にまぎれて待合室のソファに腰を掛け、私は病院パンフレットを開けてみた。
ホームページで見たのと同じような情報が載っていた。けれど、ホームページを見た当時、私は、『地中海病院』自体にそれほど強く興味を持っていたわけではなかった。今日、改めて、それを眺めてみると、普通の病院とは違うところが目につく。

 最新式の医療機器がたくさん導入されている。そして、院内に、宿泊施設まで整えられていた。昨日、私は、一階のレストランで夕食を取った。それとは別に、最上階には、有名ホテルのレストランが入っている。
 『地中海の風』には、一般的な医療の話と共に、自由診療の宣伝とも取れるコラムがたくさんあった。特別診療……それは、VIPを対象にした診療であることがわかった。値段は書かれていない。特別診療室の写真。一言で言えば、豪華。一般診察室とは雰囲気が全く異なる。6階のフロアが全部、自由診療を中心としたフロアになっているのか。

 玄関の方を見ると、いつの間にか雨が上っていて明るい光が差し込んでいた。
 私は、パンフレット類をバックパックに入れて、立ち上がった。『地中海の池』これを見ないことには、ここへ来た意味がない。
 玄関からぐるっと回って庭園に入る。小さなバラ園があり、その横には、ハーブ園とある。
どこも綺麗に手入れされていた。ハーブ園を抜けると、『地中海の池』と書かれた矢印形の木製の標識が立っていた。綺麗な池だが、別段これと言って特別な感じはしない。全周囲300mと説明されていた。白鳥が2羽、優雅に浮いている。魚も泳いでいるみたいだ。地中海の形をしているかどうかは、ここからではよくわからない。こんなものが病院の名前になるのか、というのが正直な感想。ただ、池の周りは歩道になっていて、入院患者さんにとっては、ちょっと気分転換するのによさそうな環境だった。

 気がつくと、私のすぐ後ろに二人連れがおしゃべりしながら歩いていた。夫婦だろうか。男性と女性の声だ。
「一時期は廃院の噂が流れていたけどな、外資系保険会社に買収されてから、本当に変わったよ、この病院」
「え? 保険会社が買収したの?」
「表向きは違うけど、相当金を出してるらしいぜ。だから、経営方針は、エース保険会社の言うなりだって。エース保険会社の母体はエース金融だもんな。6階が豪華な自由診療スペースになってるの知ってるか?」
「6階って、昔、産婦人科と小児科があった階じゃない?」
「そう。真っ先にそこが潰された。産科と小児科はどこも不採算部門らしいからな。金にならない診療はしない。営利企業のやりそうなことだ。その6階を全面模様替えして、金になる科を入れてるんだよ。全部、自由診療さ。そこでの診療はエース保険に加入すると2割引ってわけだ」
「そうだったんだ。私としては、明菜、ここで産みたかったな。本当に突然だったもんね。妊娠4ヶ月目にいきなり紹介状渡されて……」
「そうだったな。あの時は参ったよな。それに、オレだって今回は、何とかここで盲腸ちょん切ってもらえたけど、どうも、ここは保険診療からは完全に撤退したがっているらしいぞ。入院してると色んな噂が飛び交ってて面白いよ」
「保険診療をしないってこと?」
「そう。アメリカ型の医療を目指しているらしい。ただ、医者や看護婦たちの反発があるらしくて。エース保険会社のCEOは政界でも顔が利くらしいからな、日本の保険制度そのものも変えていくつもりなんじゃないか」
「あなた。そろそろ回診の時間じゃない?病室に戻りましょうか」
 二人は、池を一周するとハーブ園横の裏道を通って、病院の建物に消えていった。

 何だか、よくわからない難しい話だった。入院患者さんたちは、噂が好きなんだ。退屈なんだろうなあ、入院生活って。気をつけないと、将来『あの看護婦、大丈夫かなあ』なんて言われかねないぞ。
 私は、自分がこれから飛び込んでいく医療業界に漠然とした不安を感じていた。
 大丈夫さっ。ゴーイング マイ ウェイ。
 京都へ行こう。景子と約束していたんだ。生八ツ橋を買って帰るって。


いつも沢山の方に読んで頂いて、とても嬉しく思っています。気負いすぎず、物語としても面白いものに仕上げていくのが今の私の目標です。

コーヒー豆は、普通2個がペアになって実をつけます。ところが、枝の一番先には、一つだけ実をつけることがあります。これを『ピーベリー』と言います。

普通の豆と違って、小粒で、そして扁平でなくコロコロしています。
このピーベリーは、通常より短時間で焙煎できます。それに、手で焙煎する者にとっては、一生懸命に網を振らなくても、コロコロ転がってくれるので楽です。

穂先に着いているので太陽の恵みをいっぱいに受けて育ったピーベリー。コーヒー豆のごく一部でしかありませんが、見て可愛く、煎って嬉しく、飲んで美味しい特別のコーヒー豆です。


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